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第6話 恐怖の冷凍ムカデ

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「よかった……無事だったのか……」
「久留米さんこそ」

 安堵した俺は、ふと白石の足元を見た。そこには蓋の開いた木箱があり、中にはUSBメモリやら、青い液体の入った瓶やらが雑然と詰められている。
 
 ――もしかして、さっきの嘆願書にあった、肥育ホルモンとやらだろうか。

「白石さ、足元のそれ……」
「ああ、これが僕の目的っす」
「へ?」
「知ってるんでしょ久留米さん。これの正体」
「ああ」

 これも、口から出まかせだった。さっきの嘆願書から察するに、きっとこの場所では昔、甲殻類の養殖に用いるホルモン剤か何かの研究が行われていたのだろう。だが、類推できるのはそこまでだ。詳しいことは何も知らない。

「吉崎たちはバカだから、気づいてないんすよ。これは世紀の大発明なのに」
「はぁ……」
「これ作ったの、俺の母さんなんすよ。母さんは研究一筋だったもんで、父さん死んでから、僕ぁずっと独りぼっちでした。でも仕方ないっすよね。母さんはこれで人類を救おうとしてたんすから」

 やたらと大きな話だ。人類を救うとは、どういうことだろうか。

「こいつがあれば、エビもカニも昆虫も、これまでの何倍もの速さで生育ができるっす。人類の食糧生産に革命をもたらすものなんすよ」
「で、その木箱を持って逃げようというわけか?」
「もちろん。部屋中から集めたんで。これから持っていくところっす」

 白石が何をしようと、俺には関係ない。一緒に逃げたら、その後は関わりのない人生を送るだろう。

「いいけど、さっさとずらかった方がいいんじゃないのか?」
「そうっすね。さっさと鍾さん探しに行きましょ」

 白石は重そうな木箱を抱えて、来た道を戻る俺の後についてきた。白石の両手は塞がっているから、戦えるのは斧を持った俺だけだ。
 階段を上がり、踊り場をぐるりと回った時のことであった。

 こつこつこつこつこつ……

「……まずいぞ」

 聞き覚えのある足音だ。こんな速くて硬い足音は、明らかに人間のものではない。俺の全身に、再び緊張が走る。斧を持つ俺の腕は、無意識の内にぶるぶる震えていた。
 踊り場からそっと一階の廊下を見上げると、純白の巨大ムカデが廊下をうろうろ往復している。やはり、ムカデは一匹だけではなかった。しかもさっき死んでいたものより大きく見える。目測だが、十メートル以上はあるのではないだろうか。
 あのムカデが廊下に陣取っている限り、俺たちはここから動けない。いや、問題はそれだけではない。多分あのムカデは夜行性で、朝になればどこかでじっとしているのだ。そして、その場所というのは、きっと誰も立ち入らない地下のに違いない。
 進むも死、留まるも死では打つ手がない。一か八か、この斧で一戦交えるより他はない。

「やるしかねぇか!」

 俺は斧を構え、ダッシュで階段を駆け上がった。ぼんやり照る電灯の下、俺は巨大ムカデと対峙した。
 ムカデも俺を敵だと認めたのだろう。まるでキングコブラの如くに、鎌首をもたげて見下ろしてきた。改めて向かい合うと、物凄い威圧感だ。蛇に睨まれた蛙というのは、まさにこのことだろうか。
 ムカデは俺の頭上から、あの白い息を噴きかけてきた。ぞっとするほどの、冷たい息であった。俺はほぼ反射的に、息を避けて階段を駆け下りた。

「……無理だ。あんなやつと戦うのは」
「で、でもあいつをどうにかしないと出られないっすよ」
「無理なもんは無理だ」

 あの白い息は、獲物を凍らせる冷凍ガスのようなものなんだろう。冷凍ガスを吐く巨大なムカデ……まるで特撮映画に出てくるモンスターだ。あのムカデを排除しなければ、外には出られない。しかし、そんなことはどだい無理な話だ。
 
「くっそぉ……あんな化けモン勝てねぇよ……」

 生物としての格が、あまりにも違いすぎる。人間というものが、こうもか弱い生き物だとは。いや、考えてみれば、元々人間は弱いのだ。非力だからこそ、群れを作り、武器をこしらえてここまで発展してきたのではなかったか。
 
「久留米さん!」
「あ――」

 気づけば、ムカデの顔が、俺の目の前にあった。奴が追ってきたのだ。後は凍らされて冷凍食品にされるか、その場で食われるかの違いでしかない。
 死ぬ――俺の運命は、この時決定した。

 ……かに思えた。

 突然、だん、という、物凄く大きな破裂音が鳴り響いた。それと同時にムカデは俺の方から離れていき、廊下を上っていった。

 ――これは、銃声だ。

 もしかして誰か、銃を持つ者が助けにきてくれたのか。一体誰がこんなところに……という疑問はあったが、それよりも自分が助かった、という事実の方がずっと重要だ。
 俺は踊り場から、じっと一階を眺めていた。銃声と思しき轟音が、立て続けに聞こえてくる。ムカデの顎下の辺りから白い液体が噴き出し、その巨体が大きくのけ反った。
 ムカデは急速に活力を失い、弱弱しく脚を動かしながらうずくまった。そしてしばらくすると、もうムカデは微動だにしなくなった。

「もう大丈夫。化け物は仕留めた」

 一階に上がった俺が見たのは、緑色のモッズコートを着た、短い髪の女であった。女が下ろした長身の銃は、白く細長い煙を吐いている。この人が、ムカデを射殺したのか。

「め、メグミ叔母さん!?」

 俺の前に出てきた白石が、うわずった声で叫んだ。
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