3 / 6
第三話 ベアー・アタック
しおりを挟む
桃李は走った。艶やかな黒いポニーテールを揺らしながら、鬱蒼と茂る木々の下をひたすら全力疾走した。
辿り着いたのは、川の畔であった。そこに、おかっぱ頭をした小柄な少年が立っている。その周りには誰の姿もない。少年の足元には、竹で編んだ籠が置かれている。
「理央!? どうした!?」
「桃李……桃李なの……?」
桃李の予想は的中した。そこにいたのは、荻原理央本人であった。そして、彼が何故叫んだのかも分かった。
理央の背後の、少し離れた茂みに赤いものが倒れていた。その周囲には、小うるさい羽音を立てながら蝿が飛び回っている。それが何であるかを理解してしまった桃李は、反射的に目を逸らした。
――あれは……人間の死体だ。
桃李の心臓が跳ねた。何が起こっているのか正確なことは何も掴んでいないが、よからぬことであるのは想像がつく。
「ど、どういうことなんだ……」
「あ、あのさ……あっちの土の地面の方にさ……その……見ちゃったんだ」
「何を?」
「クマの足跡……たくさんあった」
理央の一言は、桃李の心胆を寒からしめるものであった。クマの恐ろしさは、祖父からさんざん聞かされている。祖父の友人にも、クマに襲われて死んだ人がいるという。
「逃げよう。理央」
「で、でもクマが何処にいるか分からないし……下手に動いて出くわしたら……」
「お爺ちゃんの小屋が近くにある。ひとまずそこに隠れて助けを呼ぼう」
そう言って、桃李は理央の小さい手を握り、小屋のある方へ走り出した。
桃李の祖父は、ここからそう遠くない場所に休憩小屋を作っていた。そのことを思い出したのである。
二人の少年が走る川原には、砂利を踏む音と水の流れる音だけが響いていた。
「あっ!」
「大丈夫か!?」
理央が、岩につまずいて転んでしまった。桃李は理央の手を引いて引っ張り起こした。
理央が起き上がった時、その目がいっぱいに見開かれた。まるで、何か見てはならないようなものを見てしまったかのように……
「理央……」
「あ……あ……クマだ……」
理央が向いている方に、桃李も振り向いた。そこには理央の言う通り、一番見たくない、一番出会いたくないものの存在があった。
黒い毛、ずんぐりとした体、爛々と輝く双眸、恐れていたものが、二人の少年の方へ近づいてきていた。
「奴と目を合わせながらゆっくり歩くんだ」
「分かった」
桃李は祖父から教えられたことを思い出し、理央に伝えた。桃李は理央の手を引きながら、ゆっくりとクマから距離を取ろうとした。クマの狩猟本能を喚起させないためには、この方法が一番良いと教わったのである。
だが、クマは見逃してくれなかった。クマは真っ直ぐ、四つ足でこちらに向かってくる。クマの足は速い。本気で逃げても追いつかれる。人の足の速さで撒けるような相手ではない。
このままでは、二人とも危ない。桃李は意を決して立ち止まった。
「え……何をするの……?」
「俺が奴を食い止める」
そして、桃李は持参した弓を構え、矢をつがえて引き絞った。
「これでも食らえ!」
桃李は、引き絞った矢を放った。なんと、桃李はクマに向かって弓射を敢行したのである。
一射目は外した。矢は砂利の上に空しく落ちた。四足歩行する獣の前面投影面積は小さく、的としては狙いづらい。
桃李は歯噛みしながら二射目を放った。二本目の矢は、見事クマに命中した。クマはのけぞり、苦しんでいる。桃李はクマの体の何処に矢が命中したのかを確認しないまま、踵を返して逃走を始めた。
「今の内に逃げよう」
「え……」
「あれじゃクマは死なない」
桃李が矢を射かけたのは、クマが怯み、足を止めている隙に逃げるためだ。そもそも競技用の矢は、昔の合戦で使われていた実戦用の矢と比べれば殺傷力は低い。それでも直撃すれば人間の骨を貫通するような威力は持っているのだが、タフなクマを仕留めるにはいささか不足である。
桃李は理央の手を引いて、砂利道から林の方へ入った。
「あそこだ」
桃李が向かった先には、トタン屋根の木造小屋があった。古くてみすぼらしいが、隠れるにはよさそうだ。桃李がその扉を開けると、二人は中に入った。
辿り着いたのは、川の畔であった。そこに、おかっぱ頭をした小柄な少年が立っている。その周りには誰の姿もない。少年の足元には、竹で編んだ籠が置かれている。
「理央!? どうした!?」
「桃李……桃李なの……?」
桃李の予想は的中した。そこにいたのは、荻原理央本人であった。そして、彼が何故叫んだのかも分かった。
理央の背後の、少し離れた茂みに赤いものが倒れていた。その周囲には、小うるさい羽音を立てながら蝿が飛び回っている。それが何であるかを理解してしまった桃李は、反射的に目を逸らした。
――あれは……人間の死体だ。
桃李の心臓が跳ねた。何が起こっているのか正確なことは何も掴んでいないが、よからぬことであるのは想像がつく。
「ど、どういうことなんだ……」
「あ、あのさ……あっちの土の地面の方にさ……その……見ちゃったんだ」
「何を?」
「クマの足跡……たくさんあった」
理央の一言は、桃李の心胆を寒からしめるものであった。クマの恐ろしさは、祖父からさんざん聞かされている。祖父の友人にも、クマに襲われて死んだ人がいるという。
「逃げよう。理央」
「で、でもクマが何処にいるか分からないし……下手に動いて出くわしたら……」
「お爺ちゃんの小屋が近くにある。ひとまずそこに隠れて助けを呼ぼう」
そう言って、桃李は理央の小さい手を握り、小屋のある方へ走り出した。
桃李の祖父は、ここからそう遠くない場所に休憩小屋を作っていた。そのことを思い出したのである。
二人の少年が走る川原には、砂利を踏む音と水の流れる音だけが響いていた。
「あっ!」
「大丈夫か!?」
理央が、岩につまずいて転んでしまった。桃李は理央の手を引いて引っ張り起こした。
理央が起き上がった時、その目がいっぱいに見開かれた。まるで、何か見てはならないようなものを見てしまったかのように……
「理央……」
「あ……あ……クマだ……」
理央が向いている方に、桃李も振り向いた。そこには理央の言う通り、一番見たくない、一番出会いたくないものの存在があった。
黒い毛、ずんぐりとした体、爛々と輝く双眸、恐れていたものが、二人の少年の方へ近づいてきていた。
「奴と目を合わせながらゆっくり歩くんだ」
「分かった」
桃李は祖父から教えられたことを思い出し、理央に伝えた。桃李は理央の手を引きながら、ゆっくりとクマから距離を取ろうとした。クマの狩猟本能を喚起させないためには、この方法が一番良いと教わったのである。
だが、クマは見逃してくれなかった。クマは真っ直ぐ、四つ足でこちらに向かってくる。クマの足は速い。本気で逃げても追いつかれる。人の足の速さで撒けるような相手ではない。
このままでは、二人とも危ない。桃李は意を決して立ち止まった。
「え……何をするの……?」
「俺が奴を食い止める」
そして、桃李は持参した弓を構え、矢をつがえて引き絞った。
「これでも食らえ!」
桃李は、引き絞った矢を放った。なんと、桃李はクマに向かって弓射を敢行したのである。
一射目は外した。矢は砂利の上に空しく落ちた。四足歩行する獣の前面投影面積は小さく、的としては狙いづらい。
桃李は歯噛みしながら二射目を放った。二本目の矢は、見事クマに命中した。クマはのけぞり、苦しんでいる。桃李はクマの体の何処に矢が命中したのかを確認しないまま、踵を返して逃走を始めた。
「今の内に逃げよう」
「え……」
「あれじゃクマは死なない」
桃李が矢を射かけたのは、クマが怯み、足を止めている隙に逃げるためだ。そもそも競技用の矢は、昔の合戦で使われていた実戦用の矢と比べれば殺傷力は低い。それでも直撃すれば人間の骨を貫通するような威力は持っているのだが、タフなクマを仕留めるにはいささか不足である。
桃李は理央の手を引いて、砂利道から林の方へ入った。
「あそこだ」
桃李が向かった先には、トタン屋根の木造小屋があった。古くてみすぼらしいが、隠れるにはよさそうだ。桃李がその扉を開けると、二人は中に入った。
0
あなたにおすすめの小説
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる