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第8話 ラスト・マーダー
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足早に階段を上がると、そこはビルの一階だった。八島と出会った、あのビルだ。入口付近にはスタンプカードの景品交換所が設置されており、吸血鬼の仮装をした男性スタッフの姿が見える。
「た、助けて! 殺される!」
鴨井は叫びながら、出口に向かって一心不乱に走った。スタッフは驚いた表情で鴨井のことを見つめている。驚きはすれども、彼に対して何をすればよいのか分かりかねているようであった。
そうして、鴨井はようやくビルの出入り口から外に出た。外の空気はからっとしていて、希望の味がした。
これで助かる……そう思った鴨井の頭上に、突然、何か大きなものが降ってきた。
「うわっ!」
どさり。鴨井は降ってきた何らかのせいで、うつ伏せに倒れてしまった。降ってきたものは、その腕や脚を絡めて押さえ込んできて、立ち上がろうとする鴨井を妨害している。
「逃がすか! ここがお前の墓場だ!」
「おっ、お前!」
上から降ってきたのは、あの八島であった。恐らくビルの上階に先回りしていて、出入り口から外に出る鴨井を待ち伏せしていたのだ。飛び降りというリスクを冒してまで追い詰めようとする八島の執念に、鴨井は慄然とした。蓮江はともかく、少なくともこの男には何もしていない。なのにこの八島という男は、自らの命さえ捨てる覚悟で襲ってきたのだ。そうした異様な執念を、どうして恐れずにいられよう。
「離れろよ!」
鴨井は背中から絡みついてくる八島の左腕を掴んで、そのまま背負い投げの要領で投げ落とした。背を強く打った八島は、歯を食いしばって苦悶の表情を浮かべるばかりで、立ち上がって再び襲いかかろうとはしなかった。
「ねぇねぇ、あれ見て」
「何これ、喧嘩?」
「ってかあっちの男、あのビルの窓から飛び降りてきたぞ」
鴨井と八島、二人の男の周辺は、いつの間にか雑多な仮装者によって人だかりができていた。野次馬根性で集まった観衆は、珍奇なものを見る眼差しを二人に向けている。
急いでその場から逃げ出そうとした鴨井。その背後から、かつかつという急ぎ足の靴の音が聞こえた。真っすぐ向かってくる靴音など、正体は一つしかない。
「ひっ……」
振り向いた鴨井の目の前には、機械の顔を持つ、全身黒タイツの男――蓮江未来が立っていた。恐らく目の代わりなのであろう赤いランプを光らせ、手に持った長柄の大鎌を振り上げるその様は、まさしく死神であった。
他のイベント参加者の目には、何かの化け物の仮装をした仮装者の一人としか映っていなかった。よもや本物の殺人鬼だとは、この場の誰も想像だにしていない。人の背丈ほどもある大鎌さえ、仮装のためのグッズの一つだと思われていたことだろう。
「まっ……待ってくれ! 俺には家族がいるんだ! もうすぐ子どもも産まれる! だから命だけは助け」
「ふざけるな! 未来はお前のせいで子どもを作ることさえできなくなったんだ!」
命乞いを始めた鴨井を、横から八島が罵った。頭からどくどく血を流しているにもかかわらず、よくぞと思えるほどの怒声であった。
八島に罵られても、鴨井はそんな蓮江を憐れだとは思わなかった。蓮江がどんな境遇にあろうと、そんなことは鴨井の関心事になり得ない。鴨井の頭の中にあるのは、自分がいかに助かるか、ということだけである。
「今だ! やれ! 殺せ!」
八島は、これが最後の一声だとばかりに喉を震わせて叫んだ。
「た、助けて! 殺される!」
鴨井は叫びながら、出口に向かって一心不乱に走った。スタッフは驚いた表情で鴨井のことを見つめている。驚きはすれども、彼に対して何をすればよいのか分かりかねているようであった。
そうして、鴨井はようやくビルの出入り口から外に出た。外の空気はからっとしていて、希望の味がした。
これで助かる……そう思った鴨井の頭上に、突然、何か大きなものが降ってきた。
「うわっ!」
どさり。鴨井は降ってきた何らかのせいで、うつ伏せに倒れてしまった。降ってきたものは、その腕や脚を絡めて押さえ込んできて、立ち上がろうとする鴨井を妨害している。
「逃がすか! ここがお前の墓場だ!」
「おっ、お前!」
上から降ってきたのは、あの八島であった。恐らくビルの上階に先回りしていて、出入り口から外に出る鴨井を待ち伏せしていたのだ。飛び降りというリスクを冒してまで追い詰めようとする八島の執念に、鴨井は慄然とした。蓮江はともかく、少なくともこの男には何もしていない。なのにこの八島という男は、自らの命さえ捨てる覚悟で襲ってきたのだ。そうした異様な執念を、どうして恐れずにいられよう。
「離れろよ!」
鴨井は背中から絡みついてくる八島の左腕を掴んで、そのまま背負い投げの要領で投げ落とした。背を強く打った八島は、歯を食いしばって苦悶の表情を浮かべるばかりで、立ち上がって再び襲いかかろうとはしなかった。
「ねぇねぇ、あれ見て」
「何これ、喧嘩?」
「ってかあっちの男、あのビルの窓から飛び降りてきたぞ」
鴨井と八島、二人の男の周辺は、いつの間にか雑多な仮装者によって人だかりができていた。野次馬根性で集まった観衆は、珍奇なものを見る眼差しを二人に向けている。
急いでその場から逃げ出そうとした鴨井。その背後から、かつかつという急ぎ足の靴の音が聞こえた。真っすぐ向かってくる靴音など、正体は一つしかない。
「ひっ……」
振り向いた鴨井の目の前には、機械の顔を持つ、全身黒タイツの男――蓮江未来が立っていた。恐らく目の代わりなのであろう赤いランプを光らせ、手に持った長柄の大鎌を振り上げるその様は、まさしく死神であった。
他のイベント参加者の目には、何かの化け物の仮装をした仮装者の一人としか映っていなかった。よもや本物の殺人鬼だとは、この場の誰も想像だにしていない。人の背丈ほどもある大鎌さえ、仮装のためのグッズの一つだと思われていたことだろう。
「まっ……待ってくれ! 俺には家族がいるんだ! もうすぐ子どもも産まれる! だから命だけは助け」
「ふざけるな! 未来はお前のせいで子どもを作ることさえできなくなったんだ!」
命乞いを始めた鴨井を、横から八島が罵った。頭からどくどく血を流しているにもかかわらず、よくぞと思えるほどの怒声であった。
八島に罵られても、鴨井はそんな蓮江を憐れだとは思わなかった。蓮江がどんな境遇にあろうと、そんなことは鴨井の関心事になり得ない。鴨井の頭の中にあるのは、自分がいかに助かるか、ということだけである。
「今だ! やれ! 殺せ!」
八島は、これが最後の一声だとばかりに喉を震わせて叫んだ。
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