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聖夜のゴーストジョーズ
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空は、もう薄暗くなりかけていた。昏黒が近づく空の下、結乃は真咲に連れられて彼女の住むアパートの一室に通されていた。
「あの……いいんでしょうか?」
「え? 何が?」
「彼氏さん、いらっしゃるんですよね。僕の他にも……」
おずおずと尋ねる結乃に対して、真咲は一瞬意外といった風に目を丸くしたが、すぐにその表情は元に戻った。
「ああ、やっぱり気づいてたかぁ……彼氏はお仕事で休めなかったんだよね……可哀想だけど」
真咲は平然と、少しの動揺も見せずに答えた。それを聞いた結乃は、偶然の幸運を喜ぶとともに、新たな疑念も生じさせた。
――もし、その彼氏と過ごせるのであれば、自分ではなく彼が今隣にいたのではないか。
そのような懊悩も、いざ寝床に入ってしまうと、たちまちに霧散してしまった。子孫を残そうとする有性生殖動物の欲求の前では、あらゆる思考はしまい込まれて蓋をされてしまう。
そして、自らの欲望を真咲に放った結乃は、一切の思考を放棄して虚脱し、彼女の胸に倒れ込んだのであった。
***
結乃の播種を受け入れた真咲は、汗の匂いに包まれたベッドの上で、この少年の持つ、男子にしては長めの黒髪を指ですいていた。その絹糸のような手触りに、真咲は病みつきになってしげく触っている。
まだ慣れぬ快楽に溺れる結乃の初々しさや必死さ、そして少女めいた中性的な容貌でありながら男子の機能をしっかりと備えているという不思議さが、真咲にとって愛おしくて仕方なかった。成長の中途段階である彼の体は、か細いながら男子らしく角張りを感じさせる。その体つきも、まさしく在りし日の弟を思わせるものであった。
真咲は、弟を愛していた。兄弟姉妹の間の愛情というよりは、異性として認識しているようなところがあった。初めてそれを意識したのはほんの一年前、実家に帰ってきた時のことだ。見目麗しい美少年に育った怜の、吸い込まれるような黒い瞳を見て、彼女は恋に落ちてしまった。昔はただの弟でしかなかった。それなのにその時から、あの雪のように白く、少女めいた可憐さを持つ弟に、密かな粘質の慕情を向けるようになってしまったのである。
それから、真咲はアパートに戻った後も、弟のことを思って煩悶していた。労働によって摩耗した心は、彼への煩悶でさらにすり減らされた。彼氏は何かと心配をかけてくれたが、真意を伝えることなどできようはずもない。
そうしている内に、弟が死んでしまった。岩崖からの転落という不可解な死に方であったが、その時周囲に人の姿はなく、ひとりでに落下したのだという。
彼の死は、真咲にとってある種の解放であった。葬儀の時、真咲は自分が全く涙を流していないことに驚いた。それとは対照的に、血縁もないのにまるで自分の身内のことのように怜の死を悲しみ、愁絶に沈んでいる少年を発見した。その少年こそ、不義の相手、葛城結乃である。
「ごめんなさい。僕そろそろ帰らないといけなくて……本当は一緒にいたいですけど……」
シャワーを浴びた後、結乃はそう言って帰り支度を始めた。確かに、中学生の無断外泊は色々と禍根を残すであろう。一夜を明かせないのも致し方ないことである。
結乃が肩掛けバッグをかけ、スマホをズボンのポケットにねじ込んだ、その時であった。
台所の方から、青白い光が発せられていた。先にそのことに気づいたのは、結乃の方である。
「ねぇ、あれ……」
「何だろう……台所の電気なんてつけてないけど……」
結乃が指差した青白い光を真咲が確認した、まさにその時であった。
台所から、大きなサメが姿を現した。
「出たぁ!」
二人の叫びが、部屋の中にこだました。
「あの……いいんでしょうか?」
「え? 何が?」
「彼氏さん、いらっしゃるんですよね。僕の他にも……」
おずおずと尋ねる結乃に対して、真咲は一瞬意外といった風に目を丸くしたが、すぐにその表情は元に戻った。
「ああ、やっぱり気づいてたかぁ……彼氏はお仕事で休めなかったんだよね……可哀想だけど」
真咲は平然と、少しの動揺も見せずに答えた。それを聞いた結乃は、偶然の幸運を喜ぶとともに、新たな疑念も生じさせた。
――もし、その彼氏と過ごせるのであれば、自分ではなく彼が今隣にいたのではないか。
そのような懊悩も、いざ寝床に入ってしまうと、たちまちに霧散してしまった。子孫を残そうとする有性生殖動物の欲求の前では、あらゆる思考はしまい込まれて蓋をされてしまう。
そして、自らの欲望を真咲に放った結乃は、一切の思考を放棄して虚脱し、彼女の胸に倒れ込んだのであった。
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結乃の播種を受け入れた真咲は、汗の匂いに包まれたベッドの上で、この少年の持つ、男子にしては長めの黒髪を指ですいていた。その絹糸のような手触りに、真咲は病みつきになってしげく触っている。
まだ慣れぬ快楽に溺れる結乃の初々しさや必死さ、そして少女めいた中性的な容貌でありながら男子の機能をしっかりと備えているという不思議さが、真咲にとって愛おしくて仕方なかった。成長の中途段階である彼の体は、か細いながら男子らしく角張りを感じさせる。その体つきも、まさしく在りし日の弟を思わせるものであった。
真咲は、弟を愛していた。兄弟姉妹の間の愛情というよりは、異性として認識しているようなところがあった。初めてそれを意識したのはほんの一年前、実家に帰ってきた時のことだ。見目麗しい美少年に育った怜の、吸い込まれるような黒い瞳を見て、彼女は恋に落ちてしまった。昔はただの弟でしかなかった。それなのにその時から、あの雪のように白く、少女めいた可憐さを持つ弟に、密かな粘質の慕情を向けるようになってしまったのである。
それから、真咲はアパートに戻った後も、弟のことを思って煩悶していた。労働によって摩耗した心は、彼への煩悶でさらにすり減らされた。彼氏は何かと心配をかけてくれたが、真意を伝えることなどできようはずもない。
そうしている内に、弟が死んでしまった。岩崖からの転落という不可解な死に方であったが、その時周囲に人の姿はなく、ひとりでに落下したのだという。
彼の死は、真咲にとってある種の解放であった。葬儀の時、真咲は自分が全く涙を流していないことに驚いた。それとは対照的に、血縁もないのにまるで自分の身内のことのように怜の死を悲しみ、愁絶に沈んでいる少年を発見した。その少年こそ、不義の相手、葛城結乃である。
「ごめんなさい。僕そろそろ帰らないといけなくて……本当は一緒にいたいですけど……」
シャワーを浴びた後、結乃はそう言って帰り支度を始めた。確かに、中学生の無断外泊は色々と禍根を残すであろう。一夜を明かせないのも致し方ないことである。
結乃が肩掛けバッグをかけ、スマホをズボンのポケットにねじ込んだ、その時であった。
台所の方から、青白い光が発せられていた。先にそのことに気づいたのは、結乃の方である。
「ねぇ、あれ……」
「何だろう……台所の電気なんてつけてないけど……」
結乃が指差した青白い光を真咲が確認した、まさにその時であった。
台所から、大きなサメが姿を現した。
「出たぁ!」
二人の叫びが、部屋の中にこだました。
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