1 / 6
おちんちんネード
しおりを挟む
県道を、一台の大型トラックが走っている。その荷台には格子状の檻が積まれており、その中には黒い毛に覆われた、逞しい体つきの動物――ゴリラが収容されている。
ゴリラは荷台に揺られながら、水田の広がるのどかな外の景色を興味ありげに眺めている。もう実りの時候で、右を向いても左を向いても、金色の稲穂が首を垂れている様を見ることができる。
トラックが交差点に差し掛かったその時、左方から一台のワゴン車が走ってきていた。トラック側の信号が青に変わり、トラックが走り出しても、ワゴン車のスピードが緩まることはない。
「あっ!――」
トラックの運転手が気づいた時には、遅きに失していた。
事故の原因は、ワゴン車側の居眠り運転であった。トラックの運転手は目立った外傷こそないものの、頭を打っていたため救急搬送された。
この時、檻の中にいたゴリラのオスが一匹、いなくなっていたことに気づく者は誰もなかった。
***
神川市神川区の中央公園では、大人も子どもも男も女も、様々な人々が入り混じってせわしなく動き回っている。
テーブルが並べられ、飲食店の準備がなされているのと同時に、金色で塗られた、縦に長い物体が長方形をした木製の台に並べて置かれている。その物体は大小さまざまで、小さいもので五十センチメートル、大きいものでは二メートルを超すほどである。
この金色の物体というのが、明日に行われる祭りを珍奇なものたらしめている。これらは全て、屹立した男子の象徴物の形をしているのだ。
祭りというのは、この神川市の全域で行われる、「かんまら祭り」と呼ばれるものである。
この祭りは毎年、九月最後の日曜日に催されることとなっている。男根を模した金色の木像は、この祭りに用いられる祭器だ。この祭器は「大魔羅槌」と呼ばれ、神川区の会場だけでも二百五十体、同市の他の区のものも合わせると合計千五百体以上が野外で展示される。
この奇祭の起源は今からおよそ五百年前、戦国時代にさかのぼる。
戦国時代の中期、北条氏と大森氏による戦いでのこと。北条氏が軍を発して大森氏を攻撃したものの、大森方が城壁に依って守戦に徹したことで北条方の攻略は難渋し、泥沼の長期戦に突入していた。その時北条氏方の家臣神川義光が、子孫繁栄を祈念して神川神社の祭壇に飾られていた巨大な男根を接収した。北条方はこれを破城槌として前線に投入し、城門を破って城内へ侵入し、敵城を見事落城せしめたのである。
それからというもの、神川神社の祭器は「大魔羅槌」と呼ばれるようになり、毎年九月に子孫繁栄と武運長久を祈念して、神社の周辺一帯でこの大魔羅槌を大量に並べる珍奇な祭りが催されるようになったのである。
「それにしても今日は寒いなぁ……」
一人の男が、木陰で水筒の茶を飲みながらぼやいた。この日は朝からずっと曇り空で、長袖を着ていても震えてしまうほどであった。おまけに時折吹き寄せる風が、会場設営に取り掛かる人々の体を冷やしている。
「ん、あれは……?」
その男は、北の方角に何かが立ち上っているのを発見した。空まで立ち上るそれは、下の部分がすぼまっており、上に行くほど幅が広い。まるで漏斗のような形状をしている。まじまじとそれを眺めていた男は、ほどなくしてそれの正体に気がついた。
「た、竜巻だ! みんな逃げろ!」
北の方角にあったもの――竜巻は、徐々に会場側へと接近していていた。これは危険な兆候である。早急に避難しなければ、人的被害が出る恐れが高い。
会場にいた人々は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。竜巻は渦を巻き、あらゆる物を巻き上げ、空気を攪拌しながら会場に近づいていく。そして、とうとう会場に至った竜巻は、金色に塗られた巨大な男根たちを残らず吸い上げていってしまった。
ゴリラは荷台に揺られながら、水田の広がるのどかな外の景色を興味ありげに眺めている。もう実りの時候で、右を向いても左を向いても、金色の稲穂が首を垂れている様を見ることができる。
トラックが交差点に差し掛かったその時、左方から一台のワゴン車が走ってきていた。トラック側の信号が青に変わり、トラックが走り出しても、ワゴン車のスピードが緩まることはない。
「あっ!――」
トラックの運転手が気づいた時には、遅きに失していた。
事故の原因は、ワゴン車側の居眠り運転であった。トラックの運転手は目立った外傷こそないものの、頭を打っていたため救急搬送された。
この時、檻の中にいたゴリラのオスが一匹、いなくなっていたことに気づく者は誰もなかった。
***
神川市神川区の中央公園では、大人も子どもも男も女も、様々な人々が入り混じってせわしなく動き回っている。
テーブルが並べられ、飲食店の準備がなされているのと同時に、金色で塗られた、縦に長い物体が長方形をした木製の台に並べて置かれている。その物体は大小さまざまで、小さいもので五十センチメートル、大きいものでは二メートルを超すほどである。
この金色の物体というのが、明日に行われる祭りを珍奇なものたらしめている。これらは全て、屹立した男子の象徴物の形をしているのだ。
祭りというのは、この神川市の全域で行われる、「かんまら祭り」と呼ばれるものである。
この祭りは毎年、九月最後の日曜日に催されることとなっている。男根を模した金色の木像は、この祭りに用いられる祭器だ。この祭器は「大魔羅槌」と呼ばれ、神川区の会場だけでも二百五十体、同市の他の区のものも合わせると合計千五百体以上が野外で展示される。
この奇祭の起源は今からおよそ五百年前、戦国時代にさかのぼる。
戦国時代の中期、北条氏と大森氏による戦いでのこと。北条氏が軍を発して大森氏を攻撃したものの、大森方が城壁に依って守戦に徹したことで北条方の攻略は難渋し、泥沼の長期戦に突入していた。その時北条氏方の家臣神川義光が、子孫繁栄を祈念して神川神社の祭壇に飾られていた巨大な男根を接収した。北条方はこれを破城槌として前線に投入し、城門を破って城内へ侵入し、敵城を見事落城せしめたのである。
それからというもの、神川神社の祭器は「大魔羅槌」と呼ばれるようになり、毎年九月に子孫繁栄と武運長久を祈念して、神社の周辺一帯でこの大魔羅槌を大量に並べる珍奇な祭りが催されるようになったのである。
「それにしても今日は寒いなぁ……」
一人の男が、木陰で水筒の茶を飲みながらぼやいた。この日は朝からずっと曇り空で、長袖を着ていても震えてしまうほどであった。おまけに時折吹き寄せる風が、会場設営に取り掛かる人々の体を冷やしている。
「ん、あれは……?」
その男は、北の方角に何かが立ち上っているのを発見した。空まで立ち上るそれは、下の部分がすぼまっており、上に行くほど幅が広い。まるで漏斗のような形状をしている。まじまじとそれを眺めていた男は、ほどなくしてそれの正体に気がついた。
「た、竜巻だ! みんな逃げろ!」
北の方角にあったもの――竜巻は、徐々に会場側へと接近していていた。これは危険な兆候である。早急に避難しなければ、人的被害が出る恐れが高い。
会場にいた人々は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。竜巻は渦を巻き、あらゆる物を巻き上げ、空気を攪拌しながら会場に近づいていく。そして、とうとう会場に至った竜巻は、金色に塗られた巨大な男根たちを残らず吸い上げていってしまった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる