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歓びの里 [ランド、七日間の記録]編

日録12 三番目の兄弟

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 大変、お待たせしました。

 ランドとヒロインを取り巻く設定説明の回。数話予定。
 一応PRG風小説なので、ここらでレベルアップもね。。。

 思いがけず登場人物が多くなってしまいましたが、
 この章の予定は、そろそろ上限に達します。

 糖度低めですがm(__)m
 ラブのベクトルがなくなったわけではありません。

 おつき合いいただけると、幸いです。

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「まあ、いいだろ」

 ランドの護衛を務める男は、一瞬黙ってランドを見た後、あっさりとそう言って送り出してくれた。

 朝餉の後、フェイバリットへの訪問を申し出た、その返答が冒頭の一言だった。

 送り出すと言ったのは、彼はこの後エンジュへの褒美として沐浴が待っているので、ランドに付き添えないからだ。

 コムジたちはコムジたちで、宣言通り手伝いに加わるつもりらしく、それに向けて今は食後の後片づけでひたすら忙しい。

 食事を頑張ったせいか、エンジュは準備が整うまで休憩をすると、チュンジに付き添われて自室に下がった。その間に沐浴の準備をチャンジが一人で進めておく。

 皆がその段取りで動きだしたので、思いがけなくランドは一人になった。部屋の場所さえわかれば、後はランド一人でも問題はない。それでチャンジにダメ元で申し出たのだ。

 余談に、必死になって頼み込んだ甲斐あって、チャンジが“ランド自身”に変幻することはなんとかまぬがれた。

 ご褒美が成立するのか心配だったが、チャンジの返答は「別に考えがあるから大丈夫」とあっさりしたものだった。なので多分、その辺りはきっと問題ないのだろう。――そう願いたい。

 話は逸れたが、部屋の場所を聞いて、ランドはすぐにフェイバリットの部屋に向かった。

 思えばこれまでランドを一人にしなかったのは、単に彼の世話や護衛の為ではなく、きっと監視の意味も大きかったのだろう。

 そう思い至るとストンと腑に落ちる。朝の身支度で全身をあらためられた。

 その時に、肌身離さず持ち歩いていた小刀もいったん里での預かりになった――つまり、そういうことなのだ。

 庇護されているものの、同時に警戒すべき余所者。そのことを嫌というほど思い知らされる。

 当然だと思う反面――ここは自分の居場所ではないのだと改めて感じてしまう。

 脳裏に、白い顔を思い浮かべる。

(お前も、ヘイルでこんなふうに寂しい気持ちを抱えていたのか…?)

 こちらに来てそれほど経っていないのに、フェイバリットの色々な表情が次々に頭の中に浮かんでくる。

 恥じらう顔――怒った顔――泣いた顔――困った顔。

 驚いて見開いた目がまん丸なのが、とても可愛くて…そして――ふわりと目元を緩ませたかと思うと、ゆっくりと唇の両端を引き上げる。

 ――いつまでたっても慣れない、ぎこちない笑顔が、ひどく恋しい。

 『ランド』『尾白鷲オンネワ』と自分を呼ぶ甘い声がよみがえる。――無性に、声が聞きたくてしょうがなかった。

(あと五日)

 そうたった五日だ。その日が待ち遠しくも、ほんの少しだけ恐ろしくもある。

(本当にこちらに戻ってこれるのだろうか)

 そんな想いを打ち消すように、ランドは首をひと振りする。

 ――何かやりたいことはありますか?

 不意に、エンジュの言葉が脳裏をよぎった。

 やりたいことは何も思いつかないが、今、自分が出来ること、やらなければならないことなら考えればいくらでもありそうだ。どこから手をつけようか。

 ぼんやり歩いているうちに、方向を見失ったことに気づく。屋敷自体はそれほど広くもなさそうなのに、壁も廊下も特徴がないので、分かりづらい。

 一度、さっき通った場所まで戻ってやり直した方がいいだろうか。

 そう思った時、前方から足音がした。足音ははっきりとこちらに近づいてくる。

 その場に立ち止まって音の先を見守っていると、やがて足音は角を曲がって姿を現した。

 その人物も、同時にランドの存在に気づいたらしく、目鑑めがねの奥に見える瞳がわずかに見開いた。

 その場に立ち竦んだ男を、ランドはじっくりと眺める。淡い緑の瞳に、翠玉色の髪。短く整えているのかと思ったら、後ろに残した髪を細く一本に編んで、首に巻きつけている。

 チャンジよりも上背はないものの、明らかに男性と思われる背丈と肩幅。すらりとした体躯は、足首まである裾の長い衣裳に身を包んでいる。

 分厚い目鑑めがねといい、間違っても武芸をたしなむようには見えない。

「……あ」

 男の口から小さく声が洩れた。ランドは相手をまじまじと観察していたが、はっと我に返ると慌てて名乗る。

「あ――の。俺、いえ私は、こちらでお世話になっている旅の者です…その」
「ああ…お眠りになっている方のお連れ様ですね。存じておりますよ」

 男は、見るからに人の好さそうな笑みを顔面に浮かべた。

 分厚い鏡玉レンズと一部がぴょんと跳ねた、ポヤポヤと柔らかそうな髪。そのせいか、これまで会った、美形揃いの中では驚くくらい素朴で、言い方を変えれば垢抜けない印象を見る者に与える。

 眼鏡を指で押し上げた後、男は改めてまっすぐ姿勢を正した。つられて、ランドの背筋もピンと伸びる。

「ご挨拶が遅れました。僕は”薬指ヤクジ”。以後、お見知りおきください」

 人差し指コムジ中指チュンジに続いて”薬指ヤクジ”。これまで、同じ名前を持つ瓜二つの双子という流れが続いていた。

 だが目の前に立つのは彼一人。それが気にかかり、おそらく変な顔をしていたのだろう。

 ヤクジが「どうしましたか?」と不思議そうに首を傾げた。

「あ、いいえ――その…もしかしてもう一人、”薬指ヤクジ”と呼ばれる方がいるのではと思ったもので」
「ああ、なるほど。おっしゃる通り、ヤクジはもう一人おります。あなたとは一度会っておりますが、もしや挨拶もしていなかったのでしょうか?」

 ヤクジが困ったように笑う。
 一度会っていると言われたものの、そんな記憶はない。ランドは足もとに視線を落として、ゆっくりと思考を巡らせる。

 ――それらしい人物と会った覚えはない、よな?

 そんなランドの想いを見透かしたように、ヤクジが言った。

「あなたのお連れの方を癒やした治癒師がいたでしょう? あれは僕の双子の妹。妹の”薬指ヤクジ”です」
「双子の妹」
「ええ。かくいう僕も治癒師を務めております。古くは、患者を助ける者を”薬師くすし”と呼んだそうですが、”薬指ヤクジ”の名前の由来も、そこからきているのだとか。だからでしょうか。僕と妹は、この里のあらゆる”治癒”を担っているのです――光栄なことに」

 「治癒師」とランドは口の中で繰り返した。そう言われれば、この出で立ちや穏やかな雰囲気など、目の前の男にまさにぴったり当てはまる。

 だがもう一人の治癒師のことは、どれだけ思い出そうと頑張ってみても、おぼろげにしか思い出せなかった。

 女性だった、思い出せるのはそのくらい。記憶にないのとほぼ等しい。

「すみません…。あの時はとにかく彼女のことで頭がいっぱいで、とても気にする余裕など」
「いえ。責めているわけではありません。本当なら今ここにいるのは妹で、あなたと会っていたはずなのです」

 「お恥ずかしい話ですが」といったん言葉を切ると、ヤクジは目鑑めがねの山の部分を指で押さえる。

「妹はいわゆる『研究バカ』というヤツでして…昨夜から部屋にずっとこもりっきりで何やら励んでいる始末」

 呆れた妹ですと言いながら、口調が優しい。その様子に妹思いの兄だと知れた。

「そんなわけで、今朝は僕が代理で、お連れ様の診察に向かうところだったのです」

 ヤクジはふと黙り込むと、ランドの顔をのぞき込むように見る。

「もしや、お客様もこれからお見舞いに行かれるところだったのでしょうか?」
「はい…途中でした」

 正確に言うと、道に迷っていたところ――だ。

「では行き先は同じですね。もしよろしければ一緒に行きませんか」

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 次話は3日後、更新予定です。
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