唯一無二〜他には何もいらない〜

中村日南

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歓びの里 [ランド、七日間の記録]編

閑話・ソジの個人指導③

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 リヴィエラ――師であり養父でもある、の人。
 学びの庭ではフェイバリットと常に一歩距離を置いて、あまつさえ突き放しているようにも見えた。

 冬の湖面を思わせる凪いだ蒼い双眸。一見冷静に見えながら、その眼差しはいついかなる時もフェイバリットを必ず視線の先に捉えていた。

 ――言いかえれば、常に彼女の一挙手一投足を目で追っているも同然だ。だからこそ、わずかな変化にもすぐ気づくことができるのだろう。

 彼女の身を案じるが故の行動と言えば聞こえはいいが――。相手の全てを知りたい、何をしているのか把握しておきたいという執着めいた気持ちを、どうしてもランドはそこに垣間見てしまう。

 いつかの日にランドに見せた眼差しを、今でもまざと思い出す。あれは嫉妬の色を浮かべた、紛れもなく恋慕する男のものだった。

(もしかしたら本人はそうと気づいていなかったのかもしれないが)

 思いがけないフェイバリットの帰郷に、あの美しい養父はどれほどの喜びを覚えたことだろう。ソジの存在は正しくこちらに戻すかどうかの見張り番だと認識したのかもしれない。

 二人の蜜月を邪魔するなとばかりに、リヴィエラがソジを追い払うさまが目に浮かぶようだった。

「あの方は…存外、束縛が強くて嫉妬深いところがあったんだな…」

 ポツリとランドが呟けば、いかにも嫌そうにソジが盛大に顔をしかめてみせる。

「ええぇ? なんやのそれ。そんなん絶対、つきうたらアカン彼氏みたいやん…」
「彼氏?」
い人のことや。で、大丈夫やのん? ちゃんとこっちに戻してくれるんやろか」
「大丈夫ですよ」

 ランドは大きく頷いた。即答するランドに、なぜそう言い切れる?とでも言いたげな目が向けられる。

「あの方は…彼女を何より大切に想っている。たとえ彼女が残りたいと口走るようなことがあったとしても…こちらに戻されるでしょう」

 ―――幸せに
 
 ランドの脳裡で、山荷葉さんかようの小さな白い花が一斉に風にそよぐ。

 愛しい娘の旅立ちを飾ったあの花は、雨に打たれて白から透明にみるみるうちに色を変えていった。

 あの美しい光景は、つい昨日見たばかりのように、今も鮮やかに思い出される。

 涙をこぼす娘に、手を振るように花が揺れる中で、生きて幸せになって欲しいという師の想いは、見ているランドにもひしひしと伝わってきた。

 こうして生きて再び相まみえることが出来たのは、二人にとって本当に降ってわいた僥倖だ。

 たとえこれが仮初かりそめのものだと知っていても、今ひとたび互いの温もりを忘れまいとする二人を思うと、ランドの胸にも熱いものがこみあげてくる。

「…今度は師に代わって俺が彼女を支えていく番です」

 そこでランドは思い出した。フェイバリットの纏う“色”のことだ。厄介ごとを招くあの稀有な色をなんとかせねばならない。

 かつてリヴィエラがそうしていたように、髪色と目の色を隠す術を自分も修めなくては。決意を胸に傍らの少年を見ると、そこには面白くないといった表情のソジの姿があった。

「師匠…?」
「気に喰わんな――やっぱりお前は要注意や」

 忌々しげに吐き捨てる。機嫌を損ねるような真似は一切していない…いや、していないはずだ。

 師の不興に身に覚えのないランドは、ひたすら怒りが過ぎ去るのを待つばかり。

 相手になろうとしないランドに、ふんとソジが大きく鼻を鳴らしてみせる。ランドはなるべくそちらを見ないようにしながら、会話の糸口を探った。

「ええ…と、お師匠様――いえ“疾風迅雷の鎌風かまかぜ”…」

 ちらりと目の端で相手の姿を捉える。二つ名を口にした途端、ぴくりと子供の肩が揺れるのが見えた。

「――おべんちゃらで俺の機嫌を取るつもりか? それがなんやっちゅうねん」
「いえ…“疾風迅雷の鎌風”と呼ばれるほど高名な呪術師様に、折り入ってお願いがあるのです…」
「奥歯に物が挟まったような言い方はせんでええ。はっきり言え」

 したたかに舌を鳴らす。とは言え、お気に入りの名前を連呼されたせいか、乱暴な口ぶりの割に険悪な様子はない――むしろ。

 ランドは素早く相手を盗み見る。
 うっすらと頬を紅潮させたソジの顔。丸みを帯びた頬がわずかに緩んで得意げになるのを見て取り、ランドはそっと膝を折る。

 その場に跪くと正面から相手の目を見据える。きょとんと素の表情になる少年に向かってランドは切り出した。

「この不肖の弟子に、どうか髪色・瞳の色を変える術を授けていただきたい」

 どのように振る舞い、どう言えばこの可愛らしい少年をてのひらで転がせるのか、だんだんとランドにも分かってきた。

 言い終わった後で、思い出したようにランドは言葉をつけ加える。

「――ちなみに自分を変えるのではなく、人に施す術です。俺には難しいでしょうか…?」
「ああ――なんや、そういうことか。あのの為やな」

 ソジは何かを考え込むと、最後に大袈裟な溜め息を吐いた。

「……。結論から言うと術を授けることは出来る。そやけどお前がやりたいことは、長い時間その状態を保つことやろ?」
「はい。その通りです」
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