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3章 自由の章

ケアマッシュ

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 エルニスたちは、森を東へと進んで行くと、
木々が開けて行き、マジカの町に到着とうちゃくしました。
とんがり帽子のような屋根に白い壁という家々が目立つ町中を、
とんがり帽子をかぶり、シックなローブをまとう魔法使いたちが行きかっていました。

「へえ、ここが魔法使いの町マジカか・・・なんかおもちゃみたいな家だね」
「なんか、煙突えんとつからは、何かを焼いているような、いい匂いがするのう」
すぐるとリリスは初めて見るマジカの町中を見回していました。

「ここは、以前と変わらない、平和そのものだね」
「そうですね、さあ、この本をマーシャル家に返しに行きましょう」
キャンベルがそう言うと、四人は町の北側にある赤い屋根にレンガ造りのひときわ立派なお屋敷の方へ行きます。
 屋敷の前に、スーツ姿にひげをたくわえた
初老しょろう執事しつじが立っていたので、話をしてみました。

「あの、この本を返しにきました・・・」キャンベルが本を差し出して言いました。
「ああ、この本はアトラス牧師にそうとして、
何者かに盗まれてしまった本ですね。取り返してくれたんですか、
ありがとうございます。これはアトラス牧師ぼくしに渡してくれませんか」

「わかりました。それじゃ失礼します」
キャンベルが会釈えしゃくをして屋敷を後にすると、執事はこうつぶやきました。
「それにしても、リンおじょうさまはどこに行かれたのでしょう?」

 マーシャル家のお屋敷から東の方に行くと、病院をねている、
分教会の教会が建っていました。中に入ってみると、
そこには聖母像せいぼぞうかかげられた祭壇さいだんがあり、
上の壁には色とりどりのステンドグラスがはめこまれていて、そこから日の光が差し込み、
荘厳そうごん雰囲気ふんいきを出しています。

祭壇の前に、ひげをたくわえ、慈悲じひぶかい光を放つ目を持つ、
この病院の院長であるアトラス牧師が立っていました。
その緑色の僧衣そういをまとったその体は、
たるんでいる所は一つもありません。キャンベルは牧師に話しかけました。

「あの、アトラス牧師、あの本を渡しに来ました」
「ああ、あの魔導書ですね、盗まれたと聞いて不安だったのですが、
取り返してくれたんですね、ありがとうございます。
これで、あの子の治療法が分かります」
アトラス牧師は、魔導書を見てみると、軽くうなずいて言いました。

「やはりですね、あの子を治すには、あれが必要みたいですね」
「あの子?あれって何ですか?」キャンベルがたずねます。
「詳しい話は病室でしましょう。ついてきて下さい」
アトラス牧師は、キャンベルたちを、二階の病室へと案内しました。

 教会の二階にある病室に来ると、
そこでは、ケガや病気などで、ベッドで寝込んでいる者たちが多くいて、
牧師は、その中の一つのベッドで、苦しそうに息をしながら寝込んでいる、
幼いお下げの少女の前に来ます。

「この子の病気は普通の治療ちりょう魔法まほうでは治せませんでした。
やはり、この子を治すには、『ケアマッシュ』という、特別なキノコを使った薬が必要ですね」

「ケアマッシュですか・・・それだったら、この近くにある洞窟どうくつおくに生えていますね・・・」
キャンベルがそう言うと、牧師は、思い悩んだ様子で言いました。

「そうなんですが・・・今はケガや病気に苦しんでいる患者かんじゃが多いので、
ここをはなれられません。それどころか、ここにいるナースの資格しかくを持ったシスターたちでも、
治療が追いつかない状態が続いています・・・」苦しそうにしている少女を見て、リリスが言いました。

「ならば、わらわがそのケアマッシュを採りに行こうぞ!」それを聞いた牧師とシスターは驚きました。
「えっ!?あなた一人で!?」
「言っておくけど、ケアマッシュは本当に必要としている人にしか見つけられないキノコよ!
悪魔のあなたにれっこないわ!」それを聞いたリリスはこう言いました。

「困っておる時に、人も悪魔もあるまい!」
「そうだね、一緒に探しに行こう!」すぐるが言うと、リリスは右手で制して言います。
「いや、すぐるたちは、回復の魔法で他の患者の治療を手伝ってくれぬか、妾一人でも大丈夫じゃ」
「リリス・・・わかったよ、お願いね」

 こうしてリリスは牧師に教えられた東の方にある
洞窟どうくつへと急いで足を進めたのでした。
リリスは教会を出て、東の方を目指しました。
そして、程なくして洞窟の入り口がぽっかりと口を開けているのを見つけると、
リリスはすぐさま中へと入って行きました。その様子をじっと見ている者たちがいます。

「おい、見たか?今度は一人だ」
「はいボス、以前、二人の旅人からケアマッシュをうばおうとして、
返りちにあったッス。今度の相手は大したことないっすよ」

 洞窟の中は暗く、リリスは炎を軽く吐いてランプに灯をつけ、
洞窟の奥へと進んで行くと、すぐさま分かれ道に差しかりました。
「むぅ・・・どちらにいけばいいのじゃ・・・?」
リリスはしばらく考え込んでいましたが、キャンベルが言ったことを思い出しました。

「地底のキノコえんに行くには、明かりのある道を進んで行くんですよ」
「そうか、明かりのある道は・・・あれじゃな!」
リリスは暗闇で、青白く光るキノコがある道を進んで行き、
さらに地底へ入って行くと、目の前が鈍い緑色の光につつまれ、リリスは驚きました。

「おお・・・!辺り一面、光るコケにおおわれておる・・・!
そして、大小様々なキノコ・・・そうか、ここが地底のキノコ園なのだな、
それで、ケアマッシュはどれなのかのう?」
リリスが地底のキノコ園の中を歩き回っていると、あることを思い出しました。

「そうか・・・ケアマッシュは本当に必要としている者の思いに反応すると言っておった・・・!」
リリスは、あの病気の少女を助けたいと言う気持ちでキノコ園を歩き回っていると、
通りかかったリリスの思いに反応して、にぶく黄色に光る二十センチくらいのキノコを発見しました。

「おお、妾が近づいたら光った!これがケアマッシュなのだな!」
リリスはケアマッシュをることができて、喜んでいたその時です。

「おい、ケアマッシュ探し、ご苦労だったな!」突然した声に反応して、
リリスが振り向くと、緑のヘルメットをかぶり、棍棒こんぼうを持ったゴブリンが、
子分と思われし一回り小さいゴブリンを二人引き連れてやって来ました。

「なんじゃ!?お主たちは・・・?」
「おい、命が惜しければ、そのキノコをオレたちに渡すんだ!」
親玉ゴブリンがおどすように叫ぶと、リリスも負けじと叫びました。

「なぜ、お前たちに渡さねばならぬのじゃ!」この問いに対し、
親玉ゴブリンはあっけにとられて言いました。
「お前、悪魔のくせに、そんな事も知らないのか?
ケアマッシュは様々な薬の材料として、高値で取引されるんだぞ!
闇マーケットで売れば、さらに高く売れる!
さあ、わかっただろ?そのケアマッシュをよこせ!」

「それはできぬ!病気で苦しんでおるわらしのために必要なのじゃ!」
その答えに、ゴブリンはまたもやあっけにとられました。
「これはこれは・・・悪魔のセリフとは到底とうてい思えんな!
お前も結局、金儲かねもうけが目当てで採りに来ただけだろう?
もし渡せば、売り上げの分け前をくれてやってもいいぞ!」
リリスはぶれることのない目でキッと親玉ゴブリンを見据え、叫びました。

「このたわけが!さっさといね!妾の口が火を噴く前に!」
リリスはすでに、怒りのあまりはいしゃくねつし、
口からは火の粉がき出しています。

「意地でも渡さないつもりか・・・!だったら、痛い目にあわないと分からないようだな!」
ゴブリンたちは一斉いっせいにリリスに向かって行きました。
リリスは大きく息を吸い、口から激しい炎を吐きだします。炎はゴブリンたちを包み込みました。

「うぁちぃーっ!」
「あちちちちちち!」
「あっつー!」ゴブリンたちはたまらずあつさにのたうち回ります。
「この女、本当に火を吐きやがった!っちぃ!」
「このアマ!」

 子分のゴブリンはナイフを取り出し、リリスに向かって行くと、
リリスはスッとナイフをかわし、その腕を取って投げ技をかけ、
仰向あおむけに転ばせました。

もう一人の子分ゴブリンもリリスが足払いをかけてバランスを崩した後、
腹にこぶしをねじ込んで下します。
「さあ、あとはお前だけじゃ!おとなしく去れば、これ以上手は出さぬぞ!」

「う・・・うるせー!」親玉ゴブリンはナイフを抜き、リリスに襲い掛かると、
リリスは左手でナイフをそらし、右手の手刀を差し出し、
指先のあかつめでゴブリンの腹を突きました。

「がっ・・・ああああ・・・!」親玉ゴブリンはひざをついてうずくまり、倒れ込みます。
「・・・なんだこれは・・・!?く・・・苦しい・・・!」リリスは笑みを浮かべて言いました。
「フフフ・・・!爪から妾の毒を注入ちゅうにゅうしてやったわ!」
「く・・・くそう悪魔め・・・!覚えてろー!」子分ゴブリンたちは、
親玉ゴブリンを抱えて逃げ出していきます。
リリスはこうして、ケアマッシュを教会に持ち帰ることが出来ました。

 リリスが教会に戻ると、シスターは驚きを隠せませんでした。
「わあ!それは間違いなくケアマッシュ!まさか、本当に採って来るとは思いもしなかったわ・・・!」
「よく一人で採って来てくれましたね、さあ、それを渡して下さい。薬を作る準備をしましょう」

 アトラス牧師は、リリスからケアマッシュを受け取り、病気に効く魔法薬を完成させました。
 ケアマッシュの薬を病気の子供に飲ませると、青かった顔にどんどん赤みが増していき、
容体ようだいも落ち着いてきます。

「ありがとう・・・牧師さん・・・私はもう大丈夫だよ・・・」これに、牧師はこう答えました。
「いや、お礼なら、あの魔族の娘に言っておくれ、
彼女がいなかったら、この薬は作れなかった・・・!」お下げの少女はリリスに向き直り、お礼を言いました。
「ありがとう、魔族のお姉ちゃん・・・」それにリリスは笑顔で右手を軽くふって言います。

「礼にはおよばぬよ。妾はリリスと言う者じゃ。お主は・・・?」
「私は・・・エイミだよ。よろしく、リリスお姉ちゃん・・・」
アトラス牧師は、ケアマッシュを採って来てくれたリリスや、
治療の手伝いをしてくれたすぐるたちにお礼を言い、すぐるたちは、スピネルへと戻って行きました。
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