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カクヨム、エロ
○カクヨム
これまで色々な小説投稿サイトを試してきましたが、カクヨムほどエディタ(編集)機能に優れたサイトはないと思う反面、純粋な創作の場としては適当ではないな、と思っています。
いうなれば、カクヨムは「小説SNS」です。小説を通じて作者や読者が繋がる、それに特化したサイトとなっています。よって、「面白い」の基準が渾沌になります。星の数では「面白さ」は測れません。星の数は、カクヨム内での繋がりの多さを示しています。純粋に創作に、執筆に時間を費やしたい人間には本来合わないサイトです。
○エロ
以前のアカウントで、「悔雨」という作品を公開したら、一話目で「公開停止」処分をもらったことがありました。
かいつまんであらすじを話しますと、主人公とヒロイン(大学時代に付き合っていた)がサービスエリアで偶然再会する、ヒロインは主人公の友人Kと結婚したのだが、そのKから暴力を受けて逃げているらしい、主人公はヒロインを連れてともに逃げる、どこまでも執拗に追ってくるKだったが、最後は樹海でKを殺害し、雨が降る中、二人も樹海で迷い死ぬ運命…みたいな感じ。
思い出しながら書いていて気が滅入るようなあらすじですが、精神的に不安定な時ってこういうのを好んで書くものなんですよ、物書きっていうのは。
で、何がダメで「公開停止」を受けたかというと、今考えたら普通にアウトなんですが、一話目の最後の方で主人公とヒロインがセックスするんですね、主人公の車の中で。
もちろん当時としても「ダメだろうな」とは思っていたのですが、「カクヨムで性描写ってどこまで許されるの?」と、それを知りたくてあえて書いた側面もありました。
そのころ、「生ぬるい性描写なんか書いてどうする? 何が”朝チュン”だバカヤロー」などと変な方向に熱を上げていた私は、ガッツリもろに書きました。だから童貞って嫌なんだよ。
まあ「公開停止」処分は至極当然なんですが、これでわかったことがあります。直接的な性描写はダメってことです。つまり間接ならいいと…。
カクヨムには、けっこう性的なキャッチコピーで煽る作品が多い印象があります。一時期問題になって以降は落ち着いたのかな。でも、運営が「サレ夫」「サレ妻」企画なんかやってるわけですし、どうでもいいのかもしれませんが。
話は変わりますが、カクヨムユーザーでお名前は忘れましたが面白いことをいっていた人がいます。その人はライトノベルの書籍化経験があったらしいのですが、いわく、
「ライトノベルは青春ポルノである」
ほう、と、私は手を叩きました。いい得て妙です。
私はほとんどライトノベルを読んでこなかったのですが、それでも、「どんなんかな」と思って何冊か買いました。忘れもしない、最初に買ったラノベは、『涼宮ハルヒの憂鬱』(作谷川流、イラストいとうのいぢ、角川スニーカー文庫、2003年)です。
ご存じの方ならおわかりでしょうが、ラノベは本文の前にカラーで印刷されたページがあって、そこに朝比奈みくるという乳のデカいキャラクターの半裸やバニーガール姿が載っていたりします。
あるいは、『通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?』(作井中だちま、イラスト飯田ぽち、2017年、富士見ファンタジア文庫)ですと、「あれ、俺間違ってエロ本買ったかな」と思うくらいのイラストが載っていてビビります。露天風呂でほぼ裸です。
「ライトノベルは青春ポルノである」…あらためてこの言葉を噛みしめます。出版社角川の、「所詮ラノベを買う層なんかエロで釣れる」という目算がありありと見えるようです。
「くそっ、カドカワああああああっっ……くっ……はあはあはあ」
失礼しました。悔しいですが、エロは好きです。今はどうやって作品に潜り込ませようか、そればっかり考えていたりもします。表現方法もしかり、処分をもらうギリギリの線を攻めたくなるのが、バカな作者の熱意だと思ってください。
好きな食べ物でも、大量にあったり続けて出てきたらげんなりしますよね。あれと同じで、エロは劇薬かスパイスだと思ってその匙加減が大事なのです。
これまで色々な小説投稿サイトを試してきましたが、カクヨムほどエディタ(編集)機能に優れたサイトはないと思う反面、純粋な創作の場としては適当ではないな、と思っています。
いうなれば、カクヨムは「小説SNS」です。小説を通じて作者や読者が繋がる、それに特化したサイトとなっています。よって、「面白い」の基準が渾沌になります。星の数では「面白さ」は測れません。星の数は、カクヨム内での繋がりの多さを示しています。純粋に創作に、執筆に時間を費やしたい人間には本来合わないサイトです。
○エロ
以前のアカウントで、「悔雨」という作品を公開したら、一話目で「公開停止」処分をもらったことがありました。
かいつまんであらすじを話しますと、主人公とヒロイン(大学時代に付き合っていた)がサービスエリアで偶然再会する、ヒロインは主人公の友人Kと結婚したのだが、そのKから暴力を受けて逃げているらしい、主人公はヒロインを連れてともに逃げる、どこまでも執拗に追ってくるKだったが、最後は樹海でKを殺害し、雨が降る中、二人も樹海で迷い死ぬ運命…みたいな感じ。
思い出しながら書いていて気が滅入るようなあらすじですが、精神的に不安定な時ってこういうのを好んで書くものなんですよ、物書きっていうのは。
で、何がダメで「公開停止」を受けたかというと、今考えたら普通にアウトなんですが、一話目の最後の方で主人公とヒロインがセックスするんですね、主人公の車の中で。
もちろん当時としても「ダメだろうな」とは思っていたのですが、「カクヨムで性描写ってどこまで許されるの?」と、それを知りたくてあえて書いた側面もありました。
そのころ、「生ぬるい性描写なんか書いてどうする? 何が”朝チュン”だバカヤロー」などと変な方向に熱を上げていた私は、ガッツリもろに書きました。だから童貞って嫌なんだよ。
まあ「公開停止」処分は至極当然なんですが、これでわかったことがあります。直接的な性描写はダメってことです。つまり間接ならいいと…。
カクヨムには、けっこう性的なキャッチコピーで煽る作品が多い印象があります。一時期問題になって以降は落ち着いたのかな。でも、運営が「サレ夫」「サレ妻」企画なんかやってるわけですし、どうでもいいのかもしれませんが。
話は変わりますが、カクヨムユーザーでお名前は忘れましたが面白いことをいっていた人がいます。その人はライトノベルの書籍化経験があったらしいのですが、いわく、
「ライトノベルは青春ポルノである」
ほう、と、私は手を叩きました。いい得て妙です。
私はほとんどライトノベルを読んでこなかったのですが、それでも、「どんなんかな」と思って何冊か買いました。忘れもしない、最初に買ったラノベは、『涼宮ハルヒの憂鬱』(作谷川流、イラストいとうのいぢ、角川スニーカー文庫、2003年)です。
ご存じの方ならおわかりでしょうが、ラノベは本文の前にカラーで印刷されたページがあって、そこに朝比奈みくるという乳のデカいキャラクターの半裸やバニーガール姿が載っていたりします。
あるいは、『通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?』(作井中だちま、イラスト飯田ぽち、2017年、富士見ファンタジア文庫)ですと、「あれ、俺間違ってエロ本買ったかな」と思うくらいのイラストが載っていてビビります。露天風呂でほぼ裸です。
「ライトノベルは青春ポルノである」…あらためてこの言葉を噛みしめます。出版社角川の、「所詮ラノベを買う層なんかエロで釣れる」という目算がありありと見えるようです。
「くそっ、カドカワああああああっっ……くっ……はあはあはあ」
失礼しました。悔しいですが、エロは好きです。今はどうやって作品に潜り込ませようか、そればっかり考えていたりもします。表現方法もしかり、処分をもらうギリギリの線を攻めたくなるのが、バカな作者の熱意だと思ってください。
好きな食べ物でも、大量にあったり続けて出てきたらげんなりしますよね。あれと同じで、エロは劇薬かスパイスだと思ってその匙加減が大事なのです。
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