LIMITED 8

大沢敦彦

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第3話 FIVE

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「……あなた、もしかして、有限空間の人?」

 清掃員の格好をしたおばさんが八津を覗いている。

「そういうおねえさんは、無限空間の方ですか」

「やだ、おねえさんだなんて、口が上手いわね」

 おばさんの表情は、しかし全然笑ってはいない。

「あんたあれでしょ、あの女の手伝いしてるんでしょ」

「あの女とは」

「とぼけなくていいのよ、あの乳のデカい女のことよ」

 さすがはおばさん、何の恥じらいもない。

「悪いこといわないから、よしときなさいよ。きっとロクなことにならないから」

「それはどういう意味です。何かご存じなんですか」

「やっぱり知らないのね? まあ仕方ないけどさ、いいわ、教えてあげる」

 おばさんが初めて笑った。扉で半分顔が見切れているので余計に怖い。

「あの女はね、あなたを騙そうとしているのよ。あなたいいように使われてるの」

「そんな気は微塵もしませんが」

「上手いからね、男をたぶらかすの。あなたもう寝た?」

「いいえ」

「でも寝たいと思ってるでしょう」

「できれば」

「気をつけなさいね。あの女に誘われても乗っちゃダメよ」

「ご忠告感謝します」

「あの女が何といったか知らないけどさ、結局足掛かりにしたいわけよ、そっちの世界への」

「有限空間へのですか」

「いずれ全部侵食されてしまうわよ? そうなってもあなた責任持てる?」

「有限空間に侵食して何のメリットがあるんですか」

 おばさんがニヤリと笑い、声を潜めた。

「それはね…………よ」

「え?」

 よく聞こえない。八津が近づこうとした時、

「ハイ」

 とびっきり笑顔の外国人が八津の肩を叩いて振り向かせた。

『バタン』

 扉が閉まり、おばさんが消えた。

「コンニイチワ。チョトよろしいですかあ?」

 独特のイントネーションだ。日焼けした笑顔がまぶしい。整列した歯は真っ白だ。

「な、何でしょう」

「ニホンの地下鉄、出口探すのムズかし過ぎマース。8番出口はドコですカ?」

 そんなの、すぐそこじゃないか、百舌鳥と一緒に下りてきた階段を上がれば……と八津は思ったのに肝心の階段がどこにも見えない。

(げっ、階段消えとる)

 さすがの八津も焦った。おばさんと話している間に階段がなくなってしまっていた。

「実ワア、さっきカラおんなじトコロをグルグルグルグル回ってマース。助けてクダサイ、ヘルプミー」

 この外国人は、顔は笑っているが目が死んでいる。八津は寒気がした。だがよく考えてみるとこの外国人も無限空間に迷い込んだわけで、八津と境遇は同じといえる。

「えっと、ここから抜け出すには異変を見つける必要があるんです」

「イーヘン? おかしなトコロってコトですカ?」

「はい。ループする異変、点字ブロックの異変、立入禁止の扉の異変、今のところ3つ見つけています」

 話しながら、八津はあのおばさんも異変の数に含まれるだろうかと思った。それなら4つで、すでに半分は見つけたことになるのだが。

「あの、俺、八津っていいます。あなたは?」

「ワタシ? スミスといいマース」

「スミスさん。どうやらあなたも無限空間に迷い込んだらしい。協力して脱出しましょう」

「ダメよ」

 端末から声が聞こえ、百舌鳥の顔が映っていた。

「八津さん、彼は協力者にはなれないわよ、敵でもないけど」

「お知り合いなんですか」

「ヘイ! ドコかで会ったコトありましたカ~?」

 スミスが画面の百舌鳥を見ていう。

「聴いて。その場所に八津さん以外の人間がいたら、それはすべて異変としてカウントしてください」

「じゃあ、スミスさんや清掃のおばさんもですか」

「おばさん?」

「立入禁止の扉が8つあるんですが、そのうちの1つから、清掃員の格好をしたおばさんが話しかけてきたんです」

「何を話したの」

「えっと……」

 八津は口ごもった。本人を目の前にしていえる内容ではない。

「いえないの」

「あ、はい、ちょっと」

「つまり、わたしのことなのね」

 百舌鳥は思案顔になった。

「わかった、無理に話さなくてもいい。ただ、さっきから端末が正常に作動しないから、何らかの妨害を受けていると考えられる。その清掃員も関わっているかもしれない」

「百舌鳥さん」

「なに」

「信用していいんですよね」

「もちろんよ」

 画面が真っ暗になった。発見済みの異変は、5つ。

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