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21.義姉の訪問
私は王太子妃殿下とのお茶会の次の日から、二日ほど熱を出して寝込んでいた。
他の人に移るような風邪ではなくてよかった。
医者には疲れが出たのだろうと言われたらしい。皆の視線は温かいものの呆れの色も見えるから、夜に頑張りすぎていると思われているのかもしれない。実際そうだと思う。本当に毎日疲れ切っていた。
そんな私の体調がすっかり回復した頃、他家に嫁いだ旦那様の血の繋がらない姉であるエリザベス様が屋敷に来ると知らされた。何かお話があるらしい。
エリザベス様とは私たちの結婚式では会ったものの、式の最初から最後まで外せなかったベールのおかげで直接お顔は見ていない。
とはいえ、肖像画があるから顔は知っている。派手ではないがとても綺麗な人だ。
旦那様が帰宅してから、夕食も一緒にとってから帰るらしい。
私はそれらの支度を全てメイド長に一任した。下手に私が口を出せば、お義姉様の知る公爵家ではなくなってしまって、変に気を遣わせてしまうかもしれない。
せっかくの実家なのだから、出来るだけ寛いで行っていただきたい。
私はお化粧をしてもらいながら、メイドたちに彼女について聞いてみた。主人家族の噂話はしないように教育されているだろうけれども、「お義姉様のお人柄を知って、きちんとおもてなししたい」のだと話すとメイドたちも口を開いてくれた。
エリザベス様は、派手なことがお好きだった前公爵夫人であるお母様とは対照的な方だったという。社交界にも出来るだけ顔を出さないようにしていたと聞くと何やら親近感が湧いてくる。
「大勢の方と関わるのが苦手でいらしたのかしら」
「そのようですね。とても謙虚でおしとやかなお嬢様で、刺繍がお上手でした」
「奥様も見習われて、今からでも刺繍を習われたらいかがですか? 花嫁修業でも結局中途半端で終わってしまって」
せっかくエリザベス様と仲良くなれそうだと思っているところなのに、実家からついてきたユリヤが水を差す。
私だって、「おしとやか」と聞いた時点で自分とは違うのだろうと分かりかけていたから、とどめを刺さないで欲しかった。私は刺繍の話は無視することにした。
「では、結婚されたお相手とはどちらで?」
「実のお父様のご友人でいらしたミューラー伯爵家のご子息と早くに婚約されました。幼馴染だったお二人は将来を誓い合っておられたとか。前公爵夫人もエリザベス様のご希望を叶えて差しあげたいと、再婚の条件にされていたほどだと聞きました」
「まあ。お母様の再婚で家格が違ってしまうのに、愛を貫き通したと……」
「はい」
「素敵ねえ。ファルケン公爵家の縁者ともなれば、どのようなお家にでも嫁げたでしょうに。幼い頃の恋を実らせたなんて」
私はうっとりしてしまった。異世界らしき世界に生まれ変わったのだから、そんな経験が出来たら素敵だっただろう。
とはいえ、政略結婚の方が前世ではありえない話だったので、今の状況には満足している。
「里帰りも前公爵様のお葬式に出席してから初めてなのでしょう?」
「はい。さようでございますね。ミューラー伯爵家は堅実なお家柄とお聞きいたしますから、公爵家との繋がりを利用したりもなさらないとか」
(まあ。お父様とミューラー伯爵は気が合うかもしれないわ。特に繋がりのないお家だから、知らなかったけれど)
私もなんだか実家が恋しくなってきてしまった。お母様のお小言を聞きたくなる日が来るなんて思いもしなかった。
「私もたまにはお父様やお母様のお顔でも見に行こうかしら」
「よろしいのではありませんか? 旦那様も反対はなさらないでしょう」
「そうね。今度お聞きしてみましょう」
私がメイドのユリヤとそんな話をしていると、旦那様がじきにお帰りになると執事が知らせに来た。
「まだお昼過ぎなのに。ずいぶんと早いお帰りね」
「ご結婚されてから初めてではございませんか」
「お支度を早めに始めてよろしかったですね、奥様」
私は意外に思いながら、帰宅した旦那様を出迎えた。
「ミレニア」
ご機嫌な様子の旦那様は、最近私を名前で呼ぶようになった。少しこそばゆいけれど、まったくもって悪くはない。
「病み上がりなんだから、寝ていてもいいのだぞ」
「もうすっかり元気です。失礼のないようにしませんと」
「無理はするなよ」
(本当に絶好調ですよ。熱を出してから一度もしていませんし!)
そうなのだ。もう何日も前に一緒に夫婦の寝室で眠るようになったけれど、手は出されていない。
旦那様は自分が私よりもはるかに体力があり、それに付き合っていたら私が倒れてしまうとようやく理解したわけである。
出来たら私が倒れる前に気づいて欲しかった。
まあ、気持ちよくなって受け入れてしまった私にも多少の責任はある。
夫婦間の閨事情を話すような友人もおらず、前世でも男性とお付き合いをした経験のない私は、一般的な回数を知らないけれど、ほぼ毎日三回するのは私にとっては回数が多すぎたのだろう。
着替えをしにご自分の衣裳部屋に向かった旦那様を見送ると、私は自分の部屋に向かった。お化粧をしている最中に王太子妃殿下からお手紙が届いていたのだ。
旦那様と王太子殿下の関係性のおかげで私が熱を出したのも筒抜けになってしまった。メレディス様はご自分のせいで私が風邪を引いたのではと、体調を気遣う手紙を届けて下さっていた。
それに「すっかりよくなった」とお返事をしたので、またお手紙を返してくださったわけだ。回復の祝いの言葉と、お茶会へのお誘いまでいただいてしまった。
私はいろいろあって友達がいないから、お手紙のやり取りだけでもとてもうれしいのに、また王宮にお邪魔してもいいのだろうか。
とはいえ、お断りする理由もないし、私もメレディス様と王太子殿下のその後の様子が知りたくて仕方がない。
私は招待を受ける旨の手紙をしたためてメイドに預けたのだった。
私と旦那様は晩餐の少し前に我が家を訪れた義姉のエリザベス様を迎えた。
彼女は茶色の髪に青い瞳の優し気な女性だ。肖像画よりも少し顔が丸みを帯びている気がする。きっと幸せに暮らしているのだろうと私は思った。
エリザベス様は、私に笑いかけてくれた後、旦那様にも微笑みかける。
「クライド。もう帰っていたのね。ずいぶんと早いのではなくて?」
「姉上が来てくださると聞いたので、気が急いてしまいました」
私は、本当に何気なく旦那様のお顔を見てしまった。彼の頬は上気して、はにかむような笑顔を浮かべている。
その、見たことのない表情に胸がざわつく。
彼のエリザベス様に対する態度は単なる姉に対するものではない気がした。
旦那様は見たことがないほど幸せそうで、そして他のものの存在なんて忘れてしまっているように見える。
会話をする二人にだけスポットライトが当たっているかのようだった。
私は出番を待つ舞台袖にすらいない。ただの観客になった気分だった。
言葉も出せないし、手すら上手く動かせない。
(もしかして、旦那様が愛していたのは……)
そんな私の内心など知る由もないエリザベス様は、こちらにも話題を振ってくる。なんとか無難な返事は出来たと思う。
でも私はその人がうらやましくて仕方がなかった。旦那様に愛されるその人が嫌いかもしれないと思うくらいに。
(知らなかったわ。私は旦那様を独占したいと思っているのね。まるで彼を愛しているみたい……)
私はグッと拳を握ると、愛され妻の仮面を被った。
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