【完結】愛され妻は演技です 〜愛されない公爵夫人は「旦那様溺愛計画」を実行中〜

針沢ハリー

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22.平気な演技も得意です!そのはずです。


 私には出された料理の味も分からないまま、旦那様とエリザベス様との晩餐は終わった。

 そして、そのまま三人でサロンでおしゃべりをすることになった。エリザベス様はそのためにいらしたのだ。

 私が疲れたと言ってこの場を後にすれば旦那様はさぞ喜ぶのではないかという、卑屈な気持ちが生まれてしまう。
 当然そんな感情は押し殺して、私はずっと微笑んでいた。

 エリザベス様は、ソファに落ち着くや否や少し顔を赤らめて言った。

「今はドレスの形で体型をごまかしているけれど、じきに赤子が生まれてくるの。今日はそれを伝えたくて。本当はもっと早くに言うべきだったのでしょうけれど、なかなか体調が安定しなかったものだから」

「そうでしたか。もうお加減はよろしいのですか? 姉上」

 旦那様は心配そうな顔をして、彼女を見つめている。
 私はそれを確認しつつ、きちんと義理の姉のおめでたを祝う。そうしなければいけないと思うと、自然に出来るものらしい。

「まあ! おめでとうございます!」

「ありがとう。ミレニア様。ずっと待ち望んでいた子なの」

 その美しい人は、お腹を愛おしそうに撫でる。立っている時には気づかなかったけれど、座るとその膨らみがはっきりと分かる。

 彼女は結婚してから四年以上経っているはずだ。なかなか子供を授からなかったら、さぞ周りがうるさかっただろう。
 前世でも結婚をした友人から悩みを打ち明けられたことがあった。
 だから、大げさすぎるくらいに喜んでいる演技をする。

「楽しみですわね!」

「ええ。待ち遠しいわ。とても」

 旦那様は何も言わなかった。でも、幸せそうに微笑むエリザベス様に夢中なのは分かる。ずっと視線が彼女を追っているから。
 他の男性の子どもをお腹に宿していると分かっているのに、彼女にそんな顔を向ける彼に無性に苛立ってしまうのは、私の問題だ。

 愛している振りをしているうちに、何か錯覚してしまったのだろうか。まさか、私は彼を愛してしまっているのだろうか。

(でも、旦那様にお友達になろうと言ったのは私だもの)

 そのうち、迎えの馬車の到着が告げられて、彼女は帰って行った。

 最後まで朗らかで明るくて優しい、とてもいい人だった。
 嫌味の一つも言ってくるような人なら旦那様の見る目のなさを笑えばよかったけれど、エリザベス様は本当に好きになって当然の女性だった。


 それから、一番嫌だったのは、帰り際に旦那様がお芝居を見に行く予定だと彼女に話してしまったことだ。

 そして、「私も夫におねだりしようかしら」と言うエリザベス様に、私たちが劇場へ行くのと同じ日に二人分の席を贈ると彼は約束してしまった。
 劇場で会ってしまうに違いない。それは嫌だった。でもそんなことは言えない。



 夫婦の寝室で二人きりになってから、旦那様はあの人の前とは打って変わって饒舌になった。寝酒を飲んだからだろうか。
 楽しそうに昔二人でしたという遊びについて語っている彼の言葉を、私は耐えられなくなって遮ってしまった。

 もう人目がないから愛され妻を演じなくてもいい。だから、あえてはっきりと言った。

「あなた様が愛していたのはお義姉様だったのですね」

 旦那様は驚いた顔をした後、眉をしかめる。

「……違う。ただ姉上だけが私に優しく接してくださった。だから、特別だとは思っている」

「でも、お義姉様を見つめるあなた様のお顔は恋でもしているようでしたわ」

 彼は苦しそうな表情を見せ、ついには横を向いてしまった。もうこれ以上は何も言いたくないという意思表示だろうか。

(愛する振りも、セフレになるのも、全部お遊びで考えついただけだもの)

 私はただ結婚運がよかっただけなのに、それをもっと楽しもうと思ってしまって失敗したのだろう。
 昔、お茶会で突飛なことをして皆から好かれようとした時と同じだ。

 前世の記憶を持っているからと、異世界小説を楽しむように遊び半分でいたのだ。

 でも、この世界は今の私にとっては現実だ。それを忘れてしまっていた。現実は甘くないなんて、嫌というほど知っているのに。

 せめてもの強がりで私はベッドを出た。

「愛され妻ごっこは飽きました。もう私もあなたを愛しません。今までも振りだけでしたけど」

「……好きにしろ」

 私は夫婦の寝室を出た。熱を出したときを除いて、結婚してから初めてのことだった。

 翌朝、メイドのユリヤと二人きりになった時に何かあったのか心配されたので、私はつい甘えて愚痴をこぼした。

「貴族にありがちな冷め切った夫婦の出来上がりだわ。でも始めの頃の旦那様の態度を思えば、これでも頑張った方ではないかしら」

「喧嘩でもなさったのですか?」

「喧嘩も何も、大して仲よくもなかったのよ」

(そうよ。ただのセフレだったのだもの。愛なんていらなかったのだもの)

 閨事も恋らしきものも体験できた。だから、これでいいのだと自分に言い聞かせる。

「これからお菓子は、お茶と一緒にお出しするように伝えてちょうだい。私はお持ちしないから。これで、うっかりつまみ食いをしてしまわずに済むわね」

 私は笑いかけたのに、ユリヤは何も言ってくれない。
 彼女は困ったような顔で微笑むとお辞儀をして部屋を出て行った。

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