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33.甥っ子との対面。そして……
あのお茶会、と言う名の断罪イベントの後も、王宮内はそれほど混乱しなかったらしい。
クライドは相変わらずあまり話をしないから、この情報は手紙でメレディス様が教えて下さっている。
とはいえ、クライドは忙しいらしく王宮に泊まり込むこともあるから、話をする時間がないのが実際のところだ。事後処理などに手間取っているのだと思う。
政敵であるはずのドラスゴー公爵の派閥でもほぼ同時に同じ罪で捕まった者がいるはずだけれども、そちらについてはまだ何も知らない。
そんな日々がしばらく続いていたある日、喜ばしい知らせが飛び込んできた。義姉であるエリザベス様が無事にご出産されたというのだ。
「本当にお祝いは私が選んでもいいのですか?」
私はクライドの夜のお仕事時間に、休憩のお供のお菓子を持ってきていた。
最近忙しいクライドは私が起きている時間に帰宅をしていなかったから、以前は習慣だったお茶の時間は久しぶりだ。
そんなクライドもエリザベス様の出産の知らせを聞いて、仕事を持ち帰ってはいるものの、比較的早く帰って来たというわけである。
生まれたのは男の子だと言う。お姉様の出産後の体調も良好だと知らされたクライドは、とてもほっとした顔をしていた。
私だって、本当によかったと思った。エリザベス様は、私の恋敵ではあるものの、あちらはそんな気は全くない。だから、私ももう彼女がクライドの心の中にいたとしても気にしないことにした。
本当は少しは気になるけれど、幸せを願っている。
そんな大仕事を終えたエリザベス様は、血の繋がりはないとはいえ唯一の家族であるクライドに、ぜひ落ち着いたら甥っ子を見にくるようにと手紙を送ってきた。もちろん私も招待されている。
私はその時に持っていくお祝い選びを任されたわけだけれども、全く自信がない。
私はこれまで、前世の記憶があるばかりに突飛なことをして、散々失敗してきた。
「分からないことがあれば、メイド長に相談すればいい。姉上の好みを知っている」
「そうですわね! ぜひともそうします!」
私は自分で決める必要はないのだと知って、胸を撫で下ろした。
控えていたメイドの方を向くと、彼女は万事心得たとばかりに笑顔で頷いてくれた。きっとこの件はすぐにメイド長に伝わるはずだ。
そうして贈り物の準備も終わり、エリザベス様が嫁いだミューラー伯爵家へ向かったのは、薄曇りだけれども、過ごしやすい気候の日だった。
クライドと私が馬車を降りると、伯爵家のご当主と、エリザベス様の夫である令息が出迎えてくれた。
まだエリザベス様には大事をとらせていて、あまり歩き回らせないようにしているのだと言う。
柔らかな色の壁紙が落ち着く雰囲気を演出しているサロンに通されると、赤ちゃんを抱いているエリザベス様が腰掛けていた。子供を抱いた彼女はとても幸せそうだ。
「座ったままでごめんなさい。たった今この子が寝たところで……」
声を低めてエリザベス様が言うのに、私は黙って笑顔でうなずいた。せっかく眠った赤ちゃんを起こしてはいけない。
やがてミューラー伯爵はクライドに挨拶をして去って行き、残った私たちはエリザベス様の夫の令息に促されるまま、彼女と赤ん坊に近づいた。
私はエリザベス様に「どうぞ」と言われて、彼女の隣に腰掛ける。
そこに座ると赤ちゃんの顔が見えた。まだ顔立ちは分からないけれど、ふわふわとした茶色い髪の毛が生えている。
名前はマークと名付けられたと聞いている。
「なんて小さくて可愛いのかしら」
小声で私が言うと、エリザベス様が笑う。
「ふふっ。ミレニア様、少し触れたくらいならば起きませんから、よろしければ」
「触れてもいいのですか?」
「ええ。どうぞ」
こうやって友達の赤ちゃんに会った前世の記憶がよみがえってくる。そういえば、怖々と抱かせてもらったこともあった。
その時に、赤ちゃんはふにゃふにゃとしているけれど、思っているよりも弱くはないのだと言われた気がする。
私は小さな小さな甥っ子の顔を覗き込み、その手に触れてみた。開いていた手の平に指を当てると、きゅっと握ってくれる。
それだけで胸が温かくなって、嬉しくなってしまう。
でも、その指を彼の手から引き抜こうとしても、軽く引いたくらいでははずれない。私は困ってしまった。
「あら、放してくれないわ。どうしましょう、エリザベス様っ」
「マークはミレニア様が気に入ったのね」
「そうなのですか? 力を入れて指を抜いたら、起きてしまうでしょうか」
「大丈夫ですよ。ゆっくり抜いてみてください」
指を引き抜いても、赤ちゃんは起きなかった。私はほっとして、そこでふと、クライドが私のように赤ちゃんに触ろうとしていないのに気づいた。
小さすぎて怖いと思っているのだろうか。
赤ちゃんを触らせてもらってはどうかと言おうとして振り返った私は、彼の顔を見てぎょっとした。
静かな表情の彼の頬を、涙が一筋流れている。
私は立ち上がって、クライドの袖を引っ張ると彼はこちらを向いた。でも彼は「何だ?」と、自分が涙を流しているのに気づいていない。
エリザベス様たちも驚いた顔をしている。
「すみませんっ、すぐに戻ります!」
私は慌てて彼を部屋から連れ出すと、こちらも驚いているメイドに「部屋をお借りできる?」と聞いた。
他にもやりようはあったのかもしれないけど、その時の私は必死だった。クライドの涙を隠さなくてはいけないとしか考えられなかった。
近くの部屋に通されると人払いをする。
されるがままに腕を引かれて来たクライドに涙を流しているのだと教えると、彼は驚いた様子で自分の目元を触り、その濡れた指先を見て呆然としている。
私はハンカチで彼の目元を拭った。
「あの、大丈夫ですか……?」
彼は少しうつむいていたけれど、ぽつりと言った。
「姉上が赤子を見る目は、初めて会った頃、私を見ていた目と一緒だった」
「……ええ。そうかもしれませんね」
慈愛に満ちた母性を感じるお顔だった。初めてできた弟にも彼女は母性を見せたのだろう。
「姉上は、家族として、私を愛してくださっていたのだな。分かっていたつもりだったのに……」
私は何も言えなくて、彼を引き寄せて肩を貸す。そして私の肩に頭をつけたまま静かに泣いている夫の背中をさすった。
失恋の辛さは分かるから。
私は彼が落ち着くまで、そうしてしばらく彼を抱きしめていた。
サロンに戻ると私たちはとても心配されていた。彼がさらに泣いていたのも、目元の赤味で分かってしまうだろう。
私は「夫を支えるしっかり者の妻」の演技をしながら、皆に笑顔で説明をする。
「感動してしまったようですの。エリザベス様のご様子を、ずっと気にしていましたから」
クライドも、私が先ほどの部屋で教えた通りに「姉上が幸せそうで安心してしまいました」と微笑みながら口にした。きっと頑張って笑っているのだと思う。
エリザベス様はそんな弟を微笑ましそうに見ている。
「私もあなたが幸せそうでうれしいわ。ミレニア様を今まで以上に大切にして差し上げてね」
私は赤ちゃんやエリザベス様を疲れさせてはいけないからと理由をつけて早めに帰ることにした。
クライドがこれ以上無理をして笑わなくてもいいように。
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