死に戻ったお飾り王妃は、愛を知らない成り上がり国王の最愛になる

針沢ハリー

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マリアーナは運命に逆らう

3.革命の日

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 昼の光が曇り空に打ち勝とうとしているかのような、雲の切れ間から光が降り注ぎ始めた空の下。
 明るい色のドレスを着た花嫁と凛々しい貴公子の頭の上から花々が降り注いでいる。

 マリアーナは目立たないように、少し離れた場所から侍女や護衛と共にその光景を見つめていた。

 花嫁は、もうすぐ隣国へ嫁ぐマリアーナの侍女を五年以上勤めてくれた、男爵令嬢のセシリアだ。彼女はマリアーナよりも一つ年下の十八歳である。

 侍女であり、友人でもあったセシリアは、婚約者ができてからすでに一年以上が過ぎており、何度か王宮勤めを辞めるようにマリアーナから促されていた。
 にも関わらず、マリアーナが嫁ぐまではそばにいると言い張っていた。

 けれど、マリアーナは彼女の結婚を急がせた。
 マリアーナの輿入れ先のベランク王国から、嫁いだ後も側で仕えてくれるという侍女や護衛が来ていて、人手も足りている。
 だから結婚準備はもとより、生活面でも問題はないのだから、自分の幸せを考えて欲しいのだと、マリアーナはセシリアを説得したのだ。


 薄いベールで顔を隠したお忍び姿のマリアーナの元に、花嫁姿のセシリアと花婿のクスター・サイシオ子爵がやって来て挨拶をしてくれた。
 特別扱いはしないで欲しいと伝えてはあったものの、長い付き合いの彼女は「殿下のお幸せを願っております。どうか頑張りすぎないで下さいませね」と小声で言ってくれた。

「私はあなたの幸せを願うわ」

 マリアーナはそれしか言えなかった。自分の幸せなんて、もうずっと前に諦めている。
 でも笑顔は崩さずに、二人の背中を見送った。

 セシリアにはよく注意されたものだ。マリアーナが時間を忘れて本を読んでいる時も、それ以外の時も。「休憩は必要ですよ」と彼女は譲らなかった。
 マリアーナはその時のやりとりを思い出して小さく笑った。
 しかし、すぐに重苦しい感情に支配される。

 よほど運がよくなければ、もう二度と彼女とは会えないだろうからだ。それは、国外に嫁ぐからではない。

 マリアーナは自身の無念な死が近づいてきているのを知っている。

 
 マリアーナは、セシリアの嫁ぎ先であるサイシオ子爵家の手入れの行き届いた邸宅や、今自分がいる庭を見渡して、深く息を吸い込んだ。

 この家は上級貴族ではないけれど、堅実な領地経営をしていて財政的にも安定している。花婿にも悪い噂はない。
 十代の前半から近くにいてくれた彼女はきっと幸せに暮らしていけるだろう。
 マリアーナはそうなることを心の底から願った。

 そして、侍女と護衛の二人に「そろそろ帰りましょうか」と話しかける。
 少しだけ声が震えてしまっていたかもしれない。
 でも、何事もなかったように歩き出せば、二人は静かに後ろから着いてきた。


 マリアーナは馬車に乗り込んでその時を待った。
 馬車が走り出し、行きと同様に替えの馬車の置き場所として確保していた貴族街の空き家に向かう。

 この状況を経験するのは二度目だ。

 カーテンが締め切られた小ぶりな馬車の中の様子も、空き家の馬車止めや、蔦に半分覆われた建屋の様子も、マリアーナの脳裏に深く刻み込まれている。

 空き家の庭には豪奢な馬車が停められている。王宮に帰るために目立たない地味な馬車から、それに乗り替えるのだ。
 しかし、その馬車に近づいている途中、馬を全力で走らせてきたらしい見知った兵士が門から飛び込んできた。

「殿下! 王宮へは戻れません! 革命軍と名乗る者達によって、国王陛下や主だった貴族が捕えられました!」

 マリアーナのすぐ横にいた隣国から来ている侍女が、彼に落ち着いた声で問いかけた。

「なぜそのような事態に?」

「まだ何も分かりません! 御前会議の最中だったとかで。とにかくあっという間の出来事だったと。とにかく、殿下を安全な場所へ」

「当然そうすべきですな。ここは立ち寄り先として報告済みだ。早く見つからない場所に……」

 それまで黙って周囲の人々の話を聞いていたマリアーナは一歩踏み出した。すると彼らは何かを感じ取ったのか黙ってこちらを向く。
 

 マリアーナは少しも慌てていなかった。この革命が起こるのを、三年前から知っていたからだ。
 マリアーナは一度この先の生を少しの間生き、そして死んだ。その記憶がよみがえったのが三年前だった。

 それからというもの、どうしたら以前辿った運命に逆い、殺されずに済むのかを考え続けてきた。

「私はこの場に留まります。お父様が囚われているというのに、私だけが逃げ出すことはできません」

「……殿下……。だからこそです。国王陛下は……大変不敬な発言をお許しいただきたいが、もう命を奪われておられるかもしれません」

「王宮におられるご家族も同様です。殿下お一人でも逃げ延びなければ、王家は断絶いたしますぞ」
 
 必死な形相の彼らには悪いと思いつつ、事情を説明するわけにはいかない。
 マリアーナはただ首を横に振った。

 マリアーナは、あの記憶にある自分が死ぬ前の状況を考え抜いて、ここからは逃げないと決めた。
 以前の生では護衛たちの勧めに従って彼らと共に家族を置いて一人で逃げた。しかし捕まった。

 マリアーナが死んだ時、まだ家族は全員生きているようだった。
 でも、その後、妹が簒奪者の新たな花嫁として牢から連れ出されたはずだ。自分を殺した者たちがそう言っていた。

 マリアーナが動かないと知ると、護衛たちは互いに顔を見合わせだした。そして、頷き合うと、こちらを必死な形相で見つめ、「逃げるべきだ」と説得を試みてくる。
 気持ちは分かるけれど、それが成功しないのをマリアーナは知っている。

「逃げたいのなら、あなた方だけで逃げて構わないわ」

「くそっ! あんたがいなけりゃ、褒美は出ないだろうよ」

「え……?」

 彼らの形相は完全に変わっていた。敵意すら感じるのは気のせいだろうか。
 その様子にたじろいでいると、彼らはマリアーナの腕をつかみ、馬車に押し込もうとしてきた。

 助けを求めて侍女を見る。けれど、彼女は護衛の一人と何やら話し込んでいて、こちらを見てもいない。
 その時、彼らの国の言葉が耳をかすめた。

『予定より早いわ』

『急がなければ……』

 あの二人は輿入れ予定だった隣国のべランク王国から来た者たちだ。

 彼らは何としても本来の主人の元に、婚約者であるマリアーナを連れて行こうとするはずだ。あの記憶の中では、彼らの先導で隠れ場所を何度も変えた。

 しかし、今二人が話していた『予定』とは何のことだろうか。


 マリアーナはどんどんと大きくなる不安に気づかない振りをした。そうしないと動けなくなってしまいそうだったから。

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