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落ちぶれ王妃と成り上がり国王
22.歩み寄れるものならば
しおりを挟むマリアーナは温室へたどり着いて、小さくため息をついた。また先ほどと同じ量の苗を運ばなければならない。
腰に痛みがあるので、そこをさすりたかったけれど、手が土だらけなのでやめておいた。
着ているのは一番簡素なドレスだとはいえ、わざわざ汚したくはない。
その時、温室の入り口の方が騒がしくなる。何事かと視線をやると、国王であるアルベルトが護衛も連れず、たった一人で歩いて来ていた。
マウリとエンシオに気軽に声をかけた彼は、彼が来たのを気にせず籠を持ち上げていたマリアーナの前に立った。
そして、マリアーナが持っているのとは別の、床に置かれた籠を持ち上げて、そしてすぐにそれを下ろした。
「こんなに重い物を持っているのか? 手にタコができるかもしれないぞ」
そんなことは、もうマリアーナにとってはどうでもいいことだった。でもすぐに、この人は、そんな手をした女を好まないのかもしれないと思い至る。
彼におずおずとそう聞くと、彼は驚いたように瞬きをした。
「いや、気にしない」
「そうですか。では、何も問題はありませんね」
「……まだ残っているな」
そこにはウル爺さんが用意してくれていた籠が二つ残っている。先ほど彼が持ち上げて、すぐに下ろした物だ。
「後でまた取りに来ます」
「面倒だろう。俺が持つ」
マリアーナは驚いてしまって彼を止めた。国王が荷物を運ぶなんて、しかも土だらけの苗を運ぶなんて聞いたこともない。
マリアーナはそう思って止めたのに、彼は何か勘違いをしたらしく、みくびるなと言いたげに眉を上げた。
「その細腕で持てるものくらいは俺も持てる。両手が塞がっていても、今はこいつらがいるから、襲われても問題ない」
「あ、いえ、そういう意味ではなく……」
マリアーナは、護衛の二人がまさか本当にアルベルトにそれを運ばせるとは思えなくて、どちらかがその役目を変わると言い出すだろうと思った。
それを期待して二人を振り返ったのに、彼らはなぜか笑いを堪える表情で口を閉じている。
「ほら、行くぞ。あの爺さん、早いな」
「え、あ、はい……」
マリアーナは急ぎ足で彼を追いかけたけれど、足の長い彼に置いて行かれてしまう。
アルベルトはすぐにウル爺さんも追い抜かして行く。その横にはマウリがいて何か話をしていた。アルベルトの不満そうな横顔が見えただけで、彼らが何を話しているのかは分からない。
エンシオがゆっくりとした足取りでついてくるのを横目に見ながら、懸命に足を進める。やがてウル爺さんに追いついたので、並んで歩く。
足も手も痛かったけれど、アルベルトが籠を運んでくれているので、その分往復しないで済むのはありがたい。
ウル爺さんも、台車に籠を三つも乗せて運んでくれている。
彼は横を歩くマリアーナに言った。
「今日植える分はこれくらいにしておかないと、明日お前さんは起き上がれまいよ」
間違いなくそうだろうと思ったから、マリアーナは力強く頷いた。
ウル爺さんは、ちょうど今日、マリアーナが植えられるだけの分の苗を用意してくれていたのだろう。
マリアーナが籠を置くと、その隣に籠を下ろしたアルベルトが遠くを指差した。
「あちらからは、まず見えないだろうな」
マリアーナは彼の指先を追って、立ち並ぶ棟を見つめた。そこには大勢の貴族やマリアーナの家族が囚われている。
ここから見ても、いくつもあるはずの窓の穴は小さすぎてよく見えない。そのどれかの下に妹と弟がいるはずだ。でも、たとえ小窓が見えたとしても、昼間でも明るいとは言い難い牢の中が見えるわけもない。
二人から花が見えるようにするためにはかなり広い範囲に花を植えなければならないと考えて、ウル爺さんにもそう言ってあった。
マリアーナは花を植え始めようと苗を手に取り、そして気づいた。
アルベルトが籠を運ぶのを手伝ってくれるためだけにここに来るはすがないと。
「そういえば、何かご用があっていらしたのでは?」
横でまだ塔の方を見ているアルベルトに問いかけると、彼は「今日の夕食は大勢で集まるから、あんたを誘いに来たんだ」とこちらを見ずに言う。
それならば、使いを寄越してもよかったのではないかとマリアーナは思った。でも、もしかしたらマリアーナが何をしているか、直接確認したかったのかもしれない。
王妃が急に王宮の敷地の端に花を植え始めるのはおかしなことだろうから。
「私が参加してもよろしいの?」
「官吏たちから王妃も呼ぶべきだと声が上がったんだ。彼らにとっては、別の部署の人間との交流の場でもある。新顔も多いし、人数もずいぶん増えたからな」
「でしたら、皆様だけで交流なさった方が……」
「王宮内を歩き回るのに、王妃の顔も知らないのは、万が一出会った時に非礼があるといけないと思ったらしい。王女であったあんたと直接会ったことがあるような家格の者はほとんどいないんだ」
「そう言うことでしたら」
「参加だな。侍女長にも伝えておく。では、その時に」
アルベルトは護衛たちに軽く声をかけると、たった一人で温室の方向に戻って行った。
「国王ともあろう方が、護衛も連れていないのね? あなた方のうちどちらかがついて行って差し上げた方がいいのではなくて?」
マリアーナがマントをひらめかせながら歩く彼の広い背中を見ながら言うと、マウリとエンシオが珍しく笑った。
「あの人に護衛? いりませんよ、そんなもの」
「下手をすると足手まといになるんですよ。戦場では、真っ先に狙われるあの人の盾になるように、何人もつけさせますがね。それすらいらないという人ですから」
「それほどの強さがなければ、こんなに大勢の兵士があの人について来ていないんでね」
マリアーナは彼のことを何も知らない。少しの間、護身術として短剣の使い方を教わって、少しは知れた気になっていたけれど、それだけだった。
寝室でも私的な会話はほとんどしない。
このまま一緒に時間を過ごしていけば、もっと彼のことを知れるのだろうか。
今回夕食に招かれたのは、そういった意味でも、いい兆候のような気がした。
それに、先ほどの話からすると、官吏たちからも多少は王妃として認められていると期待してもいいのではないだろうか。
マリアーナは作業を再開し、それを終えると、急いで部屋に戻った。
汚れてしまったので軽く湯浴みをし、ドレスを選び、荒れてしまった手には手袋をする。
派手すぎないか気にして選んだドレスと、小さめな宝石を身につける。
着飾っただけでも、少し気持ちが高まる。
一人きりではない夕食は、とても楽しいものになる気がしていた。
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