天才魔法使いに求婚されて困ってるんです

糸巻真紀

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好きすぎて困ってるんです

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魔法なんてものは、ちまちまやって理解出来るもんじゃない。やり方を聞いてコツを掴んでも、一定のレベルにしか到達しないことがほとんどだ。天才はある日突然ピンと来る。連立の綻びを見つけた時なんか脳汁ドバドバだ。
「天才魔法使い」なんて呼ばれ出したのがいつだったのかも覚えてない。気付いたらそうなっていた。そうか、俺は天才だったのか、と合点がいったのは随分経ってからだった。

幼い頃から神童なんて呼ばれていたせいか、無意識に周りの人間を見下していた。十五にも満たない子供より論理を理解できない大人なんて、知る価値もないと思っていたこともあった。魔法が世界の全てではないのに、頂点に立った気でいた。
そんな風にクソ生意気だった俺は、なんやかんやあって鼻っ柱を折られまくりながら、何年もかかってようやく偏見と態度を平らなものにした。


魔法使いの正式な資格の籍は、国に属している。そのせいか都会に住んでいるとあれやこれやと任務ばかりが舞い込んで、自分の研究なんか出来やしない。次の異動では絶対に誰も俺のことを知らないような田舎にしよう、とそう決めていた。
その判断は正解だった。田舎であればあるほど、俺に関わる人間が向こうから遠ざかっていく。天国のようだと思った。第二の故郷と仰いで、骨を埋める覚悟すらした。

数年住めば、馴染みの店も出来る。食事処、雑貨屋、日用品を売る店、――ルチアの薬屋は、街に一つしかないせいもあったが、魔法使いである俺にとっても必要不可欠な存在になっていた。
週に三度は通い、他愛ない世間話もするようになった。ルチアは、浅瀬を漂う波のような穏やかな口調で、俺の青臭い話を微笑みながら聞いてくれた。朗報を一緒に喜び、悲報を一緒に悔しがり、まるで自分の親のように接した。
息子夫婦は大きな事故で亡くなり、忘れ形見の孫は都会で元気に暮らしているのだという。俺はその孫を純粋に羨んだ。ルチアに慈しみながら育てられた、見たこともない孫を、ずるいとさえ思った。


さて、そんなルチアが病院へ運び込まれた。棚の上のものを取ろうとして、踏み台から足を踏み外してしまい腰を強く打ったからだ。なぜ詳細を知っているのか?それは一部始終を目撃した俺が、病院へ連れて行ったからに他ならない。
俺のような魔法使いや、ルチアのような薬師が出来ることといえば、せいぜい傷の応急処置くらいだ。長期的な治療は、通院するしかない。

俺は肉親ではないから、ルチアがその後どうなったかは知らされなかった。病院の受付に、「都会に『カトリー・ル・ヴィニヨン』という孫がいる」とだけ伝えて、もし退院したら知らせて欲しいと頼んだ。知らせが来たのは、それから二週間後のことだった。
準備を整えて、すぐルチアの元へ向かった。知らせを受けた際、もう一人で生活が出来るのかと問えば、お孫さんが面倒を見ているはずです、と答えた。そうか、帰ってきたのか。


「どうも」
「……どーも。ばーちゃんの知り合い、ですか?」

最初の印象は、静かな声で喋るんだな、と思った。見た目はルチアに一切似ていないが、声音というか、口調というか。話し方がよく似ていた。

俺が訪ねた時はルチアはまだ寝たきりで、身の回りの世話は全て孫であるカトリーが補っていた。都会の役所に勤めていたというだけあって、身なりがきちんとしている。無理を言って薬屋を開けてもらい、週三回の薬剤の調達をカトリーへ引き継いで貰った。

カトリーが世間から疎まれているのは、すぐに理解した。
ルチアが倒れたせいで覇気がないのかと思っていたが、他の原因があったことで納得がいった。カトリーは外へ出ればジロジロと値踏みするように凝視され、困ったことがあっても誰も助けてくれない。無知な子供は、口に出して罵っていた。
本人は大して気にしていないようだったが、居心地が良いはずもなく、表情は段々と曇っていった。やがてここで生きることに何の楽しみも見出せなくなって、灰色の毎日を送ることになるだろう。

――ああ、だ。

無性に親近感が湧いて、期待にも似た興味を持った。距離を近づけて会話をすれば、警戒して逃げていく。ルチアに頼み込んでカトリーを遣いに寄越して貰えば、いやいやながらも通ってくれた。
手を伸ばせば逃げていく野良猫のようで、啄くと反応を示すカトリーが可愛くて仕方なかった。

それでも本気で手を出すつもりはなかった。あの日までは。


その日は、稀にみる大雨だった。
数日前まで続いていた日照りが解消される、と、畑を持った爺さんが泣いて喜び、雨の来訪を歓迎していた。ちょうどカトリーが屋敷へ薬剤を届けに来ていて、家に残したルチアが心配だからと、蜻蛉返りするところだった。

「子供じゃないんだから、ルチアもいちいち心配される謂れはないって言ってなかったか?先週それで大喧嘩になったんだろ?ある程度は放っておいていいと思うがね」
「……うるさいなぁ、あんただって裏の川が氾濫しないとも限らないだろ。そんなに悠長にしてていいのかよ」
「おまえ、俺をなんだと思ってるんだ?とっくにルチアの薬屋も、この屋敷も、三重にかけた防御壁に包まれてるんだぜ」

一瞬、ぽかんとした顔のカトリーがこちらを向く。何故そんな顔をするのか分からずに、似たような表情で首を傾げると、見る見る目尻に涙が溜まっていった。

「カトリー?」
「……よか、…ったぁ…」

くしゃりと歪んだ顔を両手で覆い、膝をついてその場にへたり込んだカトリーの肩に触れる。俺を見上げた黄金の目は、涙に濡れていた。

「ばーちゃん、ひとりで怖い思いしてるかも、って思ったら俺も怖くなって……、ほんとに、よかった……」
「当たり前だろ、俺を誰だと思ってるんだ」
「ん、……オルゴがいてくれてよかった」

軽口のつもりで放り投げた言葉を、カトリーが丁寧に拾い上げては俺のもとへ返す。
『いてくれてよかった』なんて、魔法使いになって初めて聞いたよ。

カトリーの肩を支えて、立ち上がるのを手伝うと「ありがとう」と珍しく素直に礼を告げられる。その「ありがとう」は、俺が手を貸したことに対する感謝なのか、それとも家とルチアを守ろうとした姿勢に対しての感謝なのか、それともその両方なのか、俺には分かり兼ねた。

「礼なら、おまえを貰おうか」
「……オルゴ、またそんなこと言って」
「冗談なんかじゃないぞ」

ぐ、と耳元へ口を寄せる。
硬直したまま動かないカトリーへ「おまえが欲しい」と囁いた。




顔を真っ赤にしたカトリーを寝室へ連れて行くのは容易だった。軽くて、細くて、不安になる。玄関から寝室までの距離が、とても遠くに感じた。寝台の上に横たわらせた、雨に濡れた身体を物理的に温めようと、上着の釦を一つずつ外していく。指先が地肌に触れるたびに、カトリーの全身がびくびくと反応していた。

ああ、早く一つになりたい。
その時、俺の感情を支配していたのは、性欲よりも、カトリーの本性を暴きたい、出来れば奥まで知りたい、カトリーの全てで満たされたいといった欲求だった。

「カトリー」

ぺたり、と冷え切った頬に手のひらを当てる。強張った身体を弛緩していくように、優しく触れた。

「ん……ぁ、オルゴ、…ん…」
「カトリー…」

薄く開いた唇へ、自分の舌を潜り込ませ、中を探る。口内を暴れると、くすぐったいのか、びくびくと震えた。
もっと、もっとだ。もっと奥が、知りたい。おまえの全てを、俺が暴きたい。

好意的な感情は勿論あった。かわいいな、と思った場面も一度や二度ではない。

「カトリー」
「ん、んん……」
「滅茶苦茶にしてもいいか?」

びく、と大袈裟に肩が鳴る。顔を真っ赤にしたカトリーが、恐怖や不安に勝る期待に濡れた目をして、かすかに、頷いた。


◇◇◇◇

「……っ、ぁ……」

全身をぶるりと震わせて、カトリーが何度目かの絶頂へ至る。僅かに芯を持っていたペニスの先端から、透明な液体がとろりと溢れた。軽く握って上下に擦れば、上ずった声がひっきりなしに漏れる。

「や、っ…オルゴ、待っ…て!そ、それ…だめ…っ♡」
「気持ちよくないか?」
「きもちいいっ、…よぉ…♡」

腕を伸ばして俺の動きを阻止しようとするが、力が入らないようで、手を添えるだけになってしまう。きゅう、と胎内の肉襞が蠢いて、俺自身も限界に近付いた。

「…っ、あんまり、締めるな」
「オルゴ、がっ…♡うごく、からぁ…♡」

熱のこもった呼吸を繰り返して、俺の手首を力なく握りしめる。唇に噛み付いて、カトリーの膝の裏を持ち上げた。

「んぁぅ…っ♡や、やらぁ……♡」
「入ってるとこ丸見えだぞ?…ヒクヒク動いてて、やらしーなカトリーは」
「あっ♡おっ、オルゴっ、あ♡はっ♡あ、ぁっ♡」

浅めのピストンを繰り返し小刻みに動かしてやれば、可愛らしい悲鳴が断続的に響く。快楽を貪ろうとするその声にまた下肢が疼いて、激しい律動に焦がれつつも理性で抑えることに尽力した。

可愛いカトリー。俺の全てで、満たしてあげたい。

「あ、あっ♡オルゴ、オルゴ…っ♡もうイッ、っちゃう…♡…っあ…!♡」
「……はぁ、…カトリー……」

身を縮めるようにぎゅっと力を入れて、俺のものを締め付けながら中イキする。カトリーの肉孔はとっくに性器に変わっていたが、決して外部の力が働いているわけではない。俺が魔法として使ったことといえば、潤いを保つためにジェル状の液体を何度か分泌させただけだった。

「カトリーのナカ、生き物みたいにグネグネ動いてるな…食われそうだ」
「っ、やだ…オルゴのばかぁ…変なこと言うなよ…」
「褒めてんの。…さっきから気持ちよくて、俺もイキそう」

無意識に流れ出したカトリーの涙をぺろりと舐め取る。頬や鼻の先に、啄むようにキスをして、深く唇を重ねた。

「どこに出して欲しい?」

意地悪く笑って見せれば、カトリーの顔が段々と朱へ染まっていく。恥ずかしくてたまらないんだろう、俺はその顔を見るのが大好きだった。

「…ぉ、オルゴのばか…わかってるくせに…」
「おまえの口から聞きたいんだ、俺は。…どこ?」

目に涙をたくさん溜めて、泣きすぎて充血して真っ赤になったカトリーの琥珀が、俺の目をまっすぐ射抜いた。

「な……なかにだして…」
「…ふふ、分かってる。愛してるよカトリー」
「オルゴ、……ん、…っ♡ぁ、やっ♡激しいっ♡ああっ…♡」

細い腰を引き寄せて、唇を塞いだまま律動を開始する。
さて、俺が限界を超えるまでにカトリーは何回イッてしまうだろうか。好奇心が抑えきれず口の端が吊り上がりそうになるのを、手で覆って隠す。

カトリー。可愛い俺のカトリー。
愛してるよ。


◇◇◇◇

「よく来たなカトリー!今日も可愛いなおまえは」
「……もう慣れたけどさ、真顔で言うの、恥ずかしくない?」

心外だな。心の底からそう思っているのに、カトリーはいつも冗談だと思っているらしい。俺はとっくに、おまえに惚れているよ。

俺に本気になるのが怖いみたいで、いつも避けるように逃げ回っている。歯の浮くような台詞も、セックスの最中の睦言も、全て本心なのに。

「昨夜のおまえは素直で可愛かったのに」
「だ…っ!だから、そういうことを…!……そういうことを言って、俺を困らせるのが楽しいんだろ、おまえは」

俺は気の利く男だから、そういうことにしておいてやってもいい。
まあ半分は、その通りだけれど。

「そういえば、この間取り寄せていたラングドシャが届いたんだ。ハーブティーを淹れるつもりなんだが一杯どうだ?」
「え、…いいの?」
「もちろん。おまえのために淹れてあげよう」

別室へ移動して、カトリーの目の前でハーブティーを淹れる。嬉しそうな顔をして、湯気のたつ暖かいハーブティーを口へ含んだ。焦げ色のついたラングドシャをひとくち齧って、またハーブティーを飲む。蕩けるような笑顔で、午後のひと時を楽しんでいるようだった。

そのラングドシャにも、ハーブティーにも、天才魔法使い特製の気分が昂ぶる薬が混入している。そのうち身体が疼いて、発情してくることだろう。
あまりにも無邪気に笑うものだから、つられて笑顔が隠せない。

悪態をつきながら俺を受け入れるカトリーの姿が、ありありと目に浮かんだ。

こうやってセックスに持ち込むために薬を仕込んだことは、一度や二度ではない。そのたびにカトリーは面白いほど引っ掛かってくれるのだから、もはやこの一連の流れは様式美とも言える。
それほどまでに俺を信頼しているのか、騙されてもいいと思える存在になっているのか、と自惚れてしまう。そうやって簡単に手篭めにされてしまうところも、好き過ぎて困るんだ。

「カトリー」
「……ん?」
「愛してるよ」

ぴくり、と、桃色の髪の毛が揺れる。手を伸ばして、柔らかそうなその髪を撫でた。
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