わたしはいない

白川 朔

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ここにいない

4.

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    昨日は思い切って君を連れ出す約束をしてしまったけど、君は嫌がっていたような気がする。ここは山の中の私有地だから僕と君以外誰もいない。静かなものだ。朝は鳥の声がするし夕刻には虫も鳴いている。
    そろそろ君は起きただろうか。朝食を用意して君の部屋をノックする。返事があれば鍵を開けて中に入るし、なければカメラを確認し起きるのを待つ。窓の明かりは実際の時間に合わせてあるからもう明るくなっているだろう。君が外に助けを求めないように地下室を改造したが、逃げる意思は鼻からないみたいだった。
「おはよう。」
「おはようございます。」
部屋では、君が布団を畳んでいた。慣れてないようでなかなか綺麗に畳めてはいないけれど、君は部屋を綺麗に保っている。
「先に顔を洗っておいで、その間に朝食の用意を済ませてしまうから。」
この部屋にはトイレと洗面所がある。外につながる扉とは別にもう一つの扉があり、個室になっている。
「はい。」
君が顔を洗っている間に歪に畳まれた布団を畳み直して、食器を机に並べる。君が洗面所から出てくれば朝食をとる。この流れが日課になりつつある。食事中はあまり会話をしないけど、必ず一緒に食べるようにしている。
「ごちそうさまでした。」
今日も残さずに食べてくれた。不味くはなかっただろうかと自信なく出しているから全部食べて貰えるとほっとする。
「あの...」
君が口を開いた。君から話し始めることなんてあまりないことだ。いつも何かを考えているようだけど、何を考えているか、わからない。ただ君はあまり笑わない。
「どうしたの。」
「本当に外に出てもいいのでしょうか。」
「もちろん。」
言いづらそうに切り出す君はどうしたいのだろう。僕は外に連れ出してあげたい。ここに閉じ込めていては気を病んでしまうかもしれないから。閉じ込めていたいわけではないんだ。
「めぐりちゃん、外に出るなら着替えないとね。」
寝間着のままでも、君は誰にも見られないから、そのままでもいいのかもしれないけど、せっかくなので綺麗な服を着せたい。
「クローゼットから好きな服を選べばいい。」
君に似合うだろうと思った服が並んでいる。
「これはどうかな。」
いくつかの服を取り出して君に合わせてみる。
「はい、着てみます。」
嫌な顔一つせず君は着替えようとする。僕がまだ部屋にいるのに着替え始めるからこちらが焦ってしまう。
「朝食の食器を片付けてくるから、その間に着替えておいてね。」
また、戻ってくるから。
「はい。」
めぐりちゃんのことは前から知っていたけど、思っていたより抜けているらしい。もっと周りのことを気にかけている印象だった。まぁ、気にはしているのか。あまりこちらのことを聞いてこない。もっと取り乱してもいいはずなのに。
 ノックをすれば、着替え終わりましたと声がする。
「よく似合ってる。」
可愛い服が似合うのに、君は笑顔を見せない。
「ありがとうございます。」
「椅子に座って。」
椅子を持ってきて、君を僕の前に座らせる。君の背中は細くて壊れてしまいそうだ。君の髪を解かす。細い髪が絡まっていて、櫛を通すたびに引っかかってしまう。
「痛くない。」
「平気です。」
うまく解かせないので何度も引っ張ってしまう。
「ごめん、痛いよね。」
「痛く、ないです。」
痛いはずなのに、君は強がる。表情一つ変えないから本当に痛くないのではないかと思ってしまう。
「ありがとうございます。」
君の声が聞こえた気がした。髪を引っ張られて痛いはずの君の口角が上がった気がした。
僕は気づかないふりをした。
今度君に、姿見を買ってあげよう。
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