わたしはいない

白川 朔

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あなたがいれば

36.

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 白井さんとは気不味い状況が状況が続いている。仕事以外の話はしない上に、めぐりちゃんの話もしようとしなくなった。ただ、以前よりも仕事に打ち込んでいるような様子ではあった。次の選挙も近づいていて、仕事以外にもメディア露出なども増えていた、忙しい日々はめぐりちゃんが居ないことへの苛立ちを紛らわせる為のものなんだろうか。この人は、変わってなどいないように思えて、こちらの方が苛立ちを隠せなくなっていた。
「白井さん本日の資料です。」
地元に関する過去の資料などを選挙に向けて集めるように頼まれていた。仕事ばかりの人生に、初めは尊敬だって覚えていたはずだった。だけど、仕事ばかりで家族を犠牲にする姿はいつの間にか非情にしか思えなくなっていた。
「春樹、冬休みまでだ。」
今、机の上に置いた資料に目を落としながら白井さんが言った。何のことか分からなかった。白井さんに冬休みなんて無い。冬休みがあるのは学生だけ。
「冬休み。」
「そうだ、そこまでに仕事量を調整しろ。」
何をしていても仕事の事ばかりの白井さんが言った事に理解が追いつかなかった。
「少し、話をしないか。」
顔を上げた時、前に白井さんの顔を正面から見たのが酷く昔のことに思えた。座ってくっれと白井さんに言われるがままに室内の客人用のソファーに腰掛ける。
「今度の選挙選だが私は出馬表明を取り下げようと思う。異論はあるか。」
理解しがたい言葉は呑み込めない。
「どういうつもりですか。」
「私は仕事をするよりもしなくてはいけない事が有るんだろう。このままこちらが意地を張り続ける必要もないと思ってな。」
めぐりちゃんのことに不器用ながら意識を向け始めているということなんだろうか。開いたままの選挙資料は閉じられる事もなく、行き場を失っていた。いくら白井さんとはいえいろんな人に協力を仰いだ手前、ハイやめます。と言える簡単な事でもないだろう。
「そんなことできるわけ無いじゃないですか。」
「私は出馬をやめるが私の代わりに候補を立てようと思っているんだ。候補を探すのに時間がかかってしまったが、信頼できる人をやっと見つけることができたから、心配はいらない。春樹は今まで集めた選挙に関する資料を引き継ぎの為にまとめておいてくれ。」
実際、選挙選やその後の政治活動は会社経営と両立するには拘束時間が長いためそれが無くなるだけでゆとりは作れるだろう。
「承知しました。」
「それから、お前は今年いっぱいでクビだ。それまでに私の仕事のスケジュールをある程度まで組んでおいてくれ。めぐりが家に帰ってくれば周りは騒がしくなってお前の仕事どころではなくなるだろう。」
そのやり方が、一番この会社にとって不利益がすくないのだろう。もともと仕事が続けられるとは思っていない。捕まる覚悟はしていたので、抵抗するつもりは微塵もなかった。
「わかりました。」
本当に白井さんが、めぐりちゃんの為にこれから仕事と家庭に向き合ってくれるのかはわからないが、信じてみる価値はあるだろう。冬休みまでの新たに作られた期限。あと、ひと月ほどの時間を与えられた。
「めぐりのことしばらく頼んだぞ。」
この短い間に何があったのかは知らないが、めぐりちゃんのことを考え始めているんだろう。そうなれば、これ以上僕が望むことはないんだ。
「もう仕事に戻れ、これからお前にやってもらいたいことはまだたくさんあるんだ。」
白井さんは自分の言いたいことを言い終わると急かすように僕を部屋から追い出した。めぐりちゃんのために僕ができることはあと何ができるだろうか。手渡された資料は重く両立腕にのしかかっている。光の差し込んだ廊下の窓から見下ろす街路樹は、もう色づき始めていた。

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