少年・少女A

白川 朔

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プロローグ

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 中学の卒業式の朝。私、篠原冬花は殺された。15歳だった。 

 暖房のついていない教室。ここにはまだ誰もいない。カーテンの開いた窓からは朝の日差しが入ってくる。その日差しは教室の奥まで入り込んで、私を照らしていた。白い肌に、白いワンピース。埃さえも落ちていない、机も椅子もない空っぽの教室で横たわる私はもう床と同じ温度になっていた。遠くから足音がする。こんな早い時間にここにくるのは私が呼んでいた愛佳に違いない。朝の挨拶とともに勢いよく教室の扉が開かれる。愛佳は私を見るなり、小さな悲鳴をあげた。静寂が教室を埋めた。時計の短針だけがこの教室の時間は進んでいることを告げている。愛佳は状況が理解できないのか、私には近づこうとしないまま、扉の近くで立っていた。立ったまま何もしないままそこに立っていた。動くことのできない私は、愛佳の顔を見ることができなかった。

 どのくらい時間が経っただろうか。秒針を数えることをしなくなった頃。教室の周りに人が集まってきて、周りが騒がしくなってきた。ただ、誰一人として私に近づこうとはしない。私一人が横たわった明らかに異常なこの教室に入って来ようとはしなかった。すると、騒ぎを聞きつけた先生が生徒の合間を縫って私のいる教室に入ってきた。中村先生だった。教室に咲く一輪の花のように静かに眠る私は近づいてくる中村先生を前にしてもピクリとも動かない。冷たい首筋に触れた中村先生の指先は震えていた。触れたままドアの方に顔を向けてゆっくりと頭を横に振った。それを見て、それまで涙を流していなかった、愛佳が私の名前を呼んで泣き崩れた。それにつられた、他の女の子たちも泣き始めた。口々に私の名前を呼ぶ声が空っぽになった私の体に響いた。いったいどれだけの人が私の死に対して涙を流しているのだろうか。
 私のことをよく知らないであろう同級生たちの声の中から私は一番聴きたかった声を聞いた。聞き逃すはずのない、聴きたかった声。そして一番聴きたかった言葉。

綺麗だ。

あなたの声が騒がしい中で私に届く。ありがとう。
 
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