少年・少女A

白川 朔

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中学2年生

2.

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「お待たせ。」
待ち合わせ場所の公園前に現れたピンク色の浴衣に身を包んだ愛佳はカラコロと下駄も履かせてもらっていた。夏祭りの雰囲気がそうさせているのか、制服でいるより凄く大人びて見えた。
「別に、良いよ。」
お祭りで浮かれた人たちの騒ぎ声が遠くに聞こえる。愛佳の浴衣が涼しげに見えた。浴衣を着て来ればよかったかな。まぁ、浴衣なんて持ってないんだけど。夏祭りに行こうなんて思わなかったし、欲しいとも思わなかった。
「早く行こうよ。私かき氷食べたい。」
愛佳が私の一歩前を歩き出した。カラコロと音が響く。夏だから、日が長い。風鈴の音が鳴った。私を包んだものは私を急かすようにまくし立てる。自分だけ、置いていかれるような気がして怖くなった。
人が多いお祭り会場をかき氷の屋台を探して見回しながら歩く愛佳にくっついて歩く。人が多くて気を抜いたらはぐれそうだ。愛佳の浴衣の袖をつかもうと手を伸ばすがすぐに引っ込めた。まだ夏祭りは始まったばかりだから、これからもっと人が増えるだろう。
「冬花もかき氷食べる?」
先を歩いていた愛佳がいきなり立ち止まった。ずっと下を向いて歩いていたから気づかなかったけど、かき氷屋の前まできていたらしい。私はうなづいて愛佳の横に並んだ。ここでは愛佳と同じことをしていなくては行けないと思ってしまった。
「かき氷2つ。」
愛佳は指を2本立てて屋台のおじさんに言った。笑顔が屋台に光に照らされて綺麗に見えた。かき氷機はガリガリと大きな音を立てながら氷を回していく。おじさんは慣れた手つきで大きな氷を削ってカップに入れてくれる。透明な氷が白く削られていく。
「味はどうする。」
「私はいちご。冬花は?」
「えっと、」
どのシロップを選んだところで味は変わらないのに、なんで味にこだわるんだろう。いちごにメロン、ブルーハワイ、レモン。手書きで書かれた紙はラミネートされてガムテープで台に貼り付けられている。
「じゃ、レモンで。」
「はいよ、いちごとレモンね。」
2つのカップを台の上に置いて、業務用の大きなシロップを手に取る。真っ白で綺麗な氷に赤と黄色のシロップがかけられる。お財布から、100円玉を2枚財布から取り出しておじさんに渡す。
「ありがとう。」
受け取ったカップが冷たくなくて、色のついたそれが作り物0に見えた。
「あっちで食べよう。」
受け取ってすぐ、愛佳はまた人混みに消えていく。
「ちょっと待って。」
財布をカバンの中にしまっている間に、愛佳の姿はもう見えなくなっていた。
「愛佳」
私の声は、祭りのざわめきの中に吸い込まれて消えていく。右を見ても左を見ても、愛佳の浴衣は見えなくなっていた。流れていく人混みに飛び込んでいくほどの元気は無かった。屋台の間からお祭りの裏側へ行く。毎年花火大会の日に開かれる屋台の裏側は森みたいになっている。昼間は湖が綺麗に見える場所だから、その湖で開かれる花火大会を見るのに1番いい場所というわけだ。かき氷を食べるつもりだったからきっとこちら側にいるはずだと思ったけど、いくら歩いても知らない人ばかりで見つからなかった。
 このまま帰ってしまっても良いだろうか。もう一人でこんなところにいても疲れるだけだ。それに帰ったところで。
 愛佳を探すのに疲れてしまったので、森の方に目を移す。くらい森への入り口がぽっかり空いている。普段はハイキングコースになっている場所だ。そのまま通り過ぎようかとも思ったが足を止めた。暗闇ではっきりとは見えなかったけど、少し先に誰かが小道を歩いてるのが見えた。こんな祭りの夜に一人で。私は妙に引き寄せられて登ってく人を見つめた。木の影で見えなくなってもその人が何をしにいくのか気になってしまった。祭りの音が遠くで聞こえる。私は、見失うまいと森の中に一歩を進めていた。背中で響くざわめきから逃げるように闇に紛れた。
 できる限り音を立てないように、気づかれないように歩く。もう、祭りの明かりは遠くなっていた。手に持ったかき氷のカップはもう冷たくなっていて、結露している。その水が私の手を伝って地面に落ちる。あの人はどこまで登っていったのだろう。登りやすいように階段のようになってはいるものの乾いた砂で滑りそうになる。月の灯りが照らしてくれるから見えはするものの、夜の森は少し不気味な湿っぽさがある。木に囲まれた道を気づかれないように、音を立てないようにしている時にスマートフォンの着信音が森の中に響いた。慌ててカバンからスマートフォンを取り出して音を切る。愛佳不在着信の文字。電話を切ってすぐにあたりを見回す。誰もいない。音で飛び上がった心臓を撫で下ろした。けれど、音が聞こえていないはずはない。虫の声が響くだけの静かな森に戻っていた。恐る恐る、また進んでいく。けれども木々に包まれた道はすぐに終わりがきた。
 夜空が広がる広場に出た。だけど、ここにも誰も居なかった。人がいないことに私は先ほどよりも恐怖を覚えた。私は確かに人を追っていた。誰かは分からないけれど確かに追いかけていた。森の道は一本だったのだからどこかに行ったわけでもない。もちろんすれ違ってもいない。ならあの人はどこへ行ったのだろう。広場の端まで行けば、眼下にお祭りの通りが見渡せる。まさか。
「誰だ。」
そう思った時に後ろから男の声がした。振り返ることができなかった。こんな祭りの夜に森の中へ一人で入っていくような人である。かき氷のカップの結露が私の腕を伝って、肘から地面へ滴った。確かに後ろに誰かいる。振り返ればそこにいる。
「もしかして、篠原か?」
名前を呼ばれて慌てて振り返る。そこには、ひとりの少年が立っていた。
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