少年・少女A

白川 朔

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中学2年生

5.

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 下駄箱に靴を入れて、手に持っている袋から上靴を取り出して履き替える。廊下をはしゃぎながらすれ違う、制服を身につけた人はほとんどがひと月ぶりの顔だ。教室の滑りの悪いドアはいつになったら治るのかな。
 わざわざ学校にきても今日は始業式と宿題の回収だけですぐに帰る。廊下ですれ違う子も、教室で座っている子もみんな休む前よりも日に焼けて黒くなっていた。私も少しは日焼けしてるかな。ほとんど家と塾の往復しかしていなかった自分の夏休みを思い出す。
 飛び交う会話には、家族旅行に行っただの、みんなで遊園地に行っただのと話してる。話を合わせようとしても自分の夏休みの味気なさが浮き彫りにされていく。
 結局私が遊びに行ったのはあの夏祭りだけだし。愛佳と逸れちゃうし、楽しいことなんてなかったな。なのに、夏休みが明けても花火の日が忘れられなかった。それだけ私の夏休みが何もなかったってことかもな。
「おはよう!」
頬杖をついて、クラスメイトの会話に耳を傾けテキトーに混じりながら朝礼が始まるのを待っていると、愛佳が勢いよくドアを開けて教室に滑り込んできた。
「遅刻ギリギリだぞ。」
開きっぱなしのドアから入ってきた先生ですら、日焼けしていた。
「でもセーフですよね。」
チャイムが鳴り出す。先生に注意を受けても動じない愛佳は荷物をドスっと1番前の窓際、自分の机に置いてもう座ってる。リボンのない襟元を摘んで服の中に空気を送り込む。夏休み明けの朝からすごく元気だな。
「委員長」
呼ばれて1学期のクラス委員が前に出る。名前呼ばれてないのにな。
「起立、礼」
揃わない、おはようございますがばらばらと聞こえてみんな席に座る。この感じ、また「ガッコウ」が始まっちゃったな。先生は夏休み中にあった出来事の雑談をしている。誰かの夏休みはどう頑張っても私の夏休みにはならないのだから聞いたってなんの身にもならない。興味なんか別にないのにぼーっと先生を見てる。後ろの窓際の席からは教室がよく見える。先生の話なんて誰も聞いちゃいない。各々に近くの人と話してる。ひと月ぶりに会う友達に気分が高ぶっているだけで節操なく騒いでるんだ。
「と言うわけで、課題集めるぞ。」
「えー。」
クラスのまとまりなんてどこ吹く風だと騒いでいるくせにこういう時だけは煩いくらい声が揃う。ここで拒否したところで課題がなくなるわけでもないんだから。
「後ろから前に送れ。」
そう言われて初めて自分のカバンの中からそれぞれ課題を取り出して並べるクラスメイト。私は初めから机の上に置いていた課題を先生の指示通りに前の人に差し出す。
正面の何も書かれていない黒板の向こうの教室には私みたいに退屈そうにしている凪間くんがるんだろうか。
「篠原数学のノートは?」
机の上に並べてあるんだから勝手に前に回してくれればいいのにと思いつつ、ノートを1冊手に取り伸ばされた手に近づける。
この時間が早く終わればいいのに。退屈だな。
「宿題忘れたやつは自分で担当の先生に言いに行くように。」
担任は提出物をせっせとまとめている学習係の横で教室に放り投げている。
「あのセンセー怖いからやだー、絶対怒られるよ。」
受け取られた声は別の方向へパスされて教室を巡る。私の机の上にはもう何も無くなった。それから、今度は前から新しいプリントが1枚回ってくる。『RAINBOWS』とタイトルが付けられた学級通信だ。『2学期も元気に過ごしましょう♪』と真ん中あたりに太字で書いてある。
「それじゃ、廊下に名簿順で並べー。講堂に行くぞ。」
わらわらと立ち上がって、廊下に向かう。
「鍵係、鍵閉めてくれよ。」
「ゼッテー、俺寝る。」
私に割り当てられた名簿番号8番。前から8番目が私の場所。居心地が悪くても不思議と私の場所だって言える。どこにも居場所なんてないくせに。
「前後で居ない人はいないか?」
後ろを確認する。後ろの瀬野は隣の茂木と話してる。
「よし行くぞー」
担任が歩き出すとみんながついていく。ちょうど前のクラスも今教室から出て整列をしている。その列とすれ違う。列の1番後ろに彼がいて、またつまらないような横顔があった。
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