少年・少女A

白川 朔

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中学2年生

14.

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 まだ塾の授業の時間までに時間のある日はいつも最終下校まで学校に残っている。今日は、教室にいるのがなんだか居心地が悪くなってしまったので図書室に避難しに来てしまっている。
 長谷川は部活で教室にいないけど、昨日の事をもし誰かが知っていたらと思うと落ち着かなくて、教室から荷物を持って出ていた。
 図書室のどこにも卓人がいないことを確認して椅子に座る。今顔を見たら話しかけたくなってしまいそうなのでほっと自分の胸を撫で下ろした。
 校舎の4階にある図書室はグラウンドから遠いということもあって、教室よりも一段と音が少ない。音が鳴ってはいけないのでスマホをポケットから取り出してマナーモードにしてから机に置く。
 本の匂いと湿っぽい空気に包まれて居心地が良いとは言えないが先ほどまでいた教室とは比べ物にならないほどに体が軽くなった。この匂いは嫌いじゃない。
 この前借りた本の続きが気になって座ってた席に荷物を置いたまま立ち上がった。
 うちの図書室で小説を作者順に並べているから、「さ」の棚の前後を調べた。しゃがんだくらいの高さに彼女の書いた本はいくつか並んでいるが私の読みたい続きは無かった。貸し出し中なのかそもそも無いのかは分からないけれど、この前見た背表紙の隣には少し隙間が空いてるような気がする。しばらくしたら帰ってくるかもしれないけど、今すぐ読みたいわけじゃないから探すのを諦めて荷物を置いた席に戻る。
「紙落としましたよ。」
私に近づく気配に全く気がつかなかった。声の主は中学生いらしからぬ落ち着きを持った卓人だった。
「あの、ゴミなら捨てときますけど。」
夜の広場で話している時とは、随分と雰囲気が違うから反応するのに時間がかかった。
「あ、いいです。」
彼の手に握られている紙を受け取る。さっきポケットからスマホを取り出した時に落とした切れ端の紙切れだとわかった。それを机に出していた自分の筆箱にそれを押し込んむ。私に紙を渡した後、さっきまで誰もいなかった図書室の窓際一番奥の席に腰を下ろして、本を読み始めた卓人を視界の端に追いかけてから、また紙を手に取る。私が落とした所を見ていないはずの卓人が私のものだということがわかったのはきっと中を読んだから。
 すると紙切れが、先ほどよりも分厚い事に気がついた。電話番号の書かれた紙を挟み込むようにしてもう1枚重ねられている。拾った後に卓人が、重ねて渡してきたようで、そこには一言添えられいる。「何かあったの。」と。
紙を読んで言っているんだろうけど、見透かされたような気がして、隅で本を読んでいる彼へ目を向ける。何も気にせずに分厚い本読んでいる彼には何も届いている様子はなかった。
 二つの文字を見比べると、字は性格を表しているのが何となくわかるような気がした。
 他人行儀で知り合わないように話しかけてくれているのに私から声をかけられない。知り合っちゃいけないので、自分の机に向かって視線を向けないようにする。カバンから塾で出された宿題を広げる。集中。
 昨日から考えっぱなしだったから、問題を解くだけでも少し心が休まった。
 問題を解き始めると時間が早く経った。チャイムの音が響く。時計に目をやると12から6を直線でつないでいる。外も暗くなっている。そろそろ図書室が閉められてしまう時間だ。中途半端な時間の呼び出しのせいで、私の気持ちがずいぶん惑わされてしまった。図書委員が生徒に帰るように促す声が聞こえて、椅子から立ち上がる。
 もう先程の場所に彼はいなかった。鞄の中に、広げていた勉強道具を押し込んで肩にかける。今日はもう授業休んじゃおうかな。卓人に昨日あったことを話してしまおう。私のやりたいことを含めて知ってもらおう。いつもより回り道をして私は会いにいく事にした。鞄の重さをしっかりと左肩に感じながら校舎を後にした。
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