魔霧の森の魔女~オバサンに純愛や世界の救済も無理です!~

七瀬美織

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第一章 五里霧中の異世界転移

第三話 アレクシリス・ヒンデル・ハイルランデル

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 ………………遠くで 動物の鳴き声がする。
 オオカミの遠吠えよりも、もっと高く悲しげな澄んだ響きが、お互いを呼びあうように聴こえてくる。

 淡い朝の光が、厚いカーテンの隙間から床へ波状に射し込んで拡がっていた。

「ん……朝、なの?」

 香澄かすみは、見覚えのない丈の長いオフホワイトのリネンシャツの寝間着を着ていた。襟ぐりを摘んで覗き込むと、下着まで彼女の物ではなかった。誰が着替えさせたのか大変気になるが、ここが病院なら当然の処置だと納得するが、色々と想像して焦ってしまう。

 とにかく起きなければと、ゆっくりと体を起こしてみた。身体に怠さはあるが、痛みは全くない。

(昨夜の男性、ずいぶん若い感じがした。アレク……なんちゃらかんちゃらさんは、わたしが怪我をしたと言っていたな……)

 香澄は、自分の記憶力のなさに情けなくなった。せっかく自己紹介してもらったのに、長い名前だったので、一度で覚えられなかったのだ。
 自身も記憶力は良い方では無いと自覚しているし、五十歳にもなれば、心身ともに衰えていくものだ。残酷なほど平等に『老化現象』は、香澄にも訪れている。

「そう、例えば老眼とか、老眼とか、老眼とか……あれ? なんだろう?」

 香澄は、ぶつぶつ呟きながら妙な違和感を感じた。何かが違う気がするのに、何が違うのか分からない感覚がするのだ。ちょっと、考えてみたが答えが出そうにない。

「んん~。まあ、いいか」

 香澄は、悩んでも答えが出ない事は、後回しにする性格だった。

 香澄は、まずは自分の怪我を確認しようと、身体に触れたり、手足を擦ってみたり、リネンシャツの襟ぐりの隙間から胸元から下をのぞいたりした。

 しかし、異常はない。

 今度は、伸びをし首や肩をまわしてみた。特に、痛みや異常を感じなかったので、ベッドから足を下ろして立ってみる。

 やはり、少しだけ頭痛はするが、トントンとその場で足踏みをしてみても、ピョンピョンと小さくジャンプしてみても、何も問題がなさそうだ。寝間着の足首まである裾を、膝上まで持ち上げて、あれこれ眺めてみても、痣や傷あと一つ見つけられなかった。

 香澄は、怪我の治療をしたのなら、包帯なり薬を塗った跡とかあって当然だと思ったが……それらしい跡は、どこにもない。

「よく考えてみれば、眠ってから朝には完治する怪我なんて、あり得ないよね。あのイケメンさんは、嘘をついていたのかな?」

 香澄は、だんだん明るくなってきた部屋を見渡した。ログハウスの様な、木組みの壁や天井、板張りの床は光沢があってきちんと掃除されている。

 部屋の広さは学校の教室ほどはあった。部屋としてはかなり広々としているのに、家具はシンプルなベッドに、テーブルと椅子が二脚、大きめの洋服ダンスがあるだけだ。

 窓側と反対の壁面に扉が二ヶ所あり、香澄は、一方は部屋の外へ、もう一方はトイレに繋がっていそうだと香澄は予想した。

 香澄は、部屋の外に人の気配を感じなかったので、開けて見てみようと思った。ちょっと冷たい木の床を、ぺたぺたと裸足で扉まで歩いていって、取手に手を伸ばす。

 その手首を、突然、何者かに掴まれた。

「ひゃっ?!」

 香澄は、背後からしっかり抱きしめる様に、がっしりと肩まで掴まれて妙な悲鳴をあげた。部屋に、香澄以外は誰も居なかったはずだ。香澄の心臓は、ばくばくと激しく鼓動している。

「おはよう。まだ、一人で外を歩き回るのは危ないですよ」

 昨夜の青年だ。香澄曰く、アレクなんちゃらかんちゃらさんだ。香澄は、彼のイケメンボイスが耳元でして、ゾクリと背筋が震える。自分よりも大きな彼の手に、ゆっくりと誘導されてベッドに腰掛けさせられた。
 香澄は、動揺しながらも、なんとか答える。

「 はい、すみません。おはようございます」

 アレクなんちゃらかんちゃらさんは、窓のカーテンを開けて、椅子をベッドの横に置いて座った。今朝は、シンプルな濃紺の、やはり詰襟の軍服のような服装をしていた。

「あの、すみません。昨夜はぼんやりしていて……もう一度、お名前を教えていただけますか?」

「……アレクシリスです」

「昨夜は、えっと、……もっと長かった気がしますが?」

「アレクシリス・ヒンデル・ハイルランデル」

「あ~。アレクシリス・ヒンデル・ハイ …… ラン、ラン? ラン……すみません。……もう一度だけ、お願いします」

 香澄は、早口で告げられた彼の名前を、またしても覚えきれなかった。恥ずかしさと、申し訳なさでいっぱいな香澄は、涙目でアレクシリスを見つめた。

 ほんの一瞬目が合うと、アレクシリスは口元に手を当て、横をむいて細かく肩を震わせた。

 香澄は、アレクシリスのその様子が、笑いをこらえているのだと気が付いた。香澄の言い方か何かが、彼のツボにハマったらしい。

 昨夜は、暗くて細かな色彩まで分からなかったが、彼の瞳は、蒼玉が光の加減で緑に反射し、煌めく海を思わせた。柔らかそうな 明るい金髪はサイドから襟足まで短いが、前髪は長めで、笑いを堪えて肩を震わす度に、サラサラ揺れて光を弾いている。
 昨夜も思ったが、彼は、男性にしては優しい顔立ちで、物凄い美人だと香澄は思った。だが、背が高く細身なのに、意外に筋肉質な体をしていると、さっき抱きしめられた時に感じていた。手足も長く、抜群のスタイルで些細ささいな仕草にも気品を感じる。

 香澄は、完璧な王子様に初めて出会ったと、密かに興奮している。

 おばさんには、眩し過ぎて直視出来ないような秀麗な青年から、上品なシトラス系のいい匂いがしている。これ以上の接近は、香澄の許容量限界だ。年甲斐もなく、頬が熱を持っているのを意識して恥ずかしくなる。

 香澄は、絵本や漫画で王子様は金髪碧眼だと、幼い頃に洗脳されている。テレビで海外の本物の王子様の茶色の髪や瞳を見て『あの王子様は偽者だ!』と、言い張る頑固な幼稚園児だった黒歴史がある。いや、今でも二次元の世界で、金髪碧眼は王子様の標準装備のはずだと思うのだ。

「どうか、アレクシリスと呼んで下さい。食欲はありますか?」

 しばらくして立ち直ったアレクシリスは、涼しげな笑顔で何事もなかった様に言った。

「……はい」

 香澄は、尋ねられて、急にお腹がすいてきた。つくづく何が起こっても、お腹はすくものだと思う。

「では、食事の準備してきます。ああ、寒くありませんか?」

 アレクシリスは、香澄の肩にグレーのストールを掛けてくれた。窓辺のカーテンの向こう側は明るくなってきたが、部屋はあまり暖かくなっかたので、とてもありがたかった。

「ありがとうございます。アレクシリスさん」

 アレクシリスは、階下にあるというキッチンから、運んできたスープをテーブルに準備してくれた。香澄が具が細かくよく煮込まれたスープを食べおわると、アレクシリスに、またベッドに押し込まれた。
 アレクシリスは、ベッドに上半身を起こして座っている香澄の背中の後に、楽な姿勢になるように、枕やクッションをポンポンと置いていった。

「あの、アレクシリスさんはお医者様なんですか?」

「違います。今、医師を呼んでいるのですが、数日間、徹夜で貴女の治療にあたっていた疲れが出たのでしょう。まだ、起きてこないのです。貴女が治療の結果、ほぼ完治した状態まで回復したので、安心したのでしょう。……失礼、ちょっと、見せていただけますか?」

 アレクシリスは、そっと香澄の前髪を持ち上げ指先で、顔や額をなぞった。

 香澄は、いきなり触れられて驚いたが、状態を一つ、一つ確認する様なアレクシリスの手の動きに、そのまま身動きしないでされるがままでいた。その優美な容姿に似合わぬ、硬い指先と、自分よりも少し高めの体温に、香澄は緊張している。アレクシリスの手は、一通り頭を撫でて、満足した様子で離れていった。

「わたしが、怪我をしたのは頭なんですか?」

「いいえ。正しくは、全身です。複雑骨折に裂傷、内臓破裂に出血多量。発見した時は、もう助からないと思いました」

「ええと、…………冗談ですよね?」

 アレクシリスは、何か物言いたげな表情を一瞬したが、ゆっくりと顔を横に振り否定した。


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