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第一章 五里霧中の異世界転移
第五話 海野遊帆
しおりを挟むアレクシリスが返事をしないうちに、勢いよく扉が開け放たれた。
「アレクシリス! 香澄ちゃんが、目を覚ましたって? 」
「香澄…… ちゃん?」
香澄は、いきなり自分を『ちゃん』付け呼びする若い男性に口元をひきつらせた。アレクシリスは、ため息まじりに彼に忠告した。
「遊帆殿。女性の部屋に、返事も聞かずにいきなり入室するのは如何なものかと……」
「アレクシリスは、相変わらず堅いな。まあまあ、いいじゃないか。ねえ、香澄ちゃん!」
香澄は、同意を求められても答えようがなくて、アレクシリスを見た。アレクシリスは、顔をしかめながらも、聴診器を首にかけた男性にベッドの横の席を譲った。
男性の斜め後ろに、膝丈の白いワンピースに白いフリル付のエプロンを着た、二十代後半の女性が付き従うように立っていた。涼しげな目の長身のスレンダーな美女で、栗色の髪をきっちり結い上げ、最近の病院では廃止されたらしい、看護帽を着けている。かなりコスプレ臭がするが、こちらの正式な看護師なのかもしれない。
「俺の名は、海野遊帆。三十五歳。一応は、内科医だった。今は、魔術師をやってる。Dr.UFOってアダ名で呼ばれてたんだが、こっちじゃ、意味不明だろう? だから、遊帆って呼んでくれ。こっちは、助手のメイラビアだ。どうぞ、よろしく! 香澄ちゃん!」
がばっと、椅子に座ったままお辞儀をする姿は、粗っぽいが間違いなく日本人だと香澄は判断した。彼は、寝ぐせでぼさぼさだが、短めの黒髪に、野性味溢れる美丈夫だ。ちょっとタレ目であご下だけ髭を生やした風貌は、さぞモテそうだと思う。
それよりも、香澄は、白いシャツ越しにもわかる、がっちりした体形がまるでラガーマンのように筋肉質で、遊帆が本当に医師なのか疑いたくなる。助手のメイラビアは、無表情に黙って会釈した。
「いや~。発見した時、香澄ちゃんの身体はぐちゃぐちゃだったんだけど、優秀な魔術師の俺がいて良かったね。じゃないと、今頃は葬儀を終えてる頃だよ」
「あ、ありがとうございます。川端香澄です。どうぞ、よろしくお願いいたします」
香澄は、あまりのデリカシーの無い言い様に、なんとか笑顔を張りつけて挨拶を返すだけで精一杯だ。
遊帆は、後ろに立つメイラビアに、拳骨で頭を勢いよく殴られた。ゴツンと、かなり良い音がして、少し身体が傾いだが、遊帆は全くダメージが無かった様に喋り続けた。
「まずは、診察するよ」
「あ、はい」
遊帆は、聴診器をメイラビアに渡した。そして、ベッドに腰掛けてスッと香澄に近付いた。香澄は、その様子を見て尋ねた。
「あの聴診器は、使わないのですか?」
「ああ、あれは、気分だけ? 魔法は便利過ぎて不便? だからね」
遊帆は、語尾に疑問符をくっ付けて話しながら、香澄の胸元の空間に、指先で図形を幾つか描いた。
すると、描いた図形は白く光るラインとなり、そこから派生するように、文字や模様がくるくると浮かびながら広がり、輝く円形の魔方陣が完成した。
香澄は、目の前であっさりと魔術を展開する遊帆に驚き、何が起きるのかと身を固くする。
そして、光る魔方陣に、ここが本当に異世界なのだと実感させられた。
「心配しなくても大丈夫だよ。バイタル計測の魔術だ。本当は、ステータス表示みたいなのを目指したんだが、難しくて妥協した魔術だけど、意外と使えるんだよ」
遊帆が、揃えた指先を香澄の方へ反すと魔方陣は、香澄の頭から足先へ足先から頭へと往復して、文字と数字を表示しながら色を変化させた。遊帆は、その数値を読み上げていき、それを助手のメイラビアはすらすらと書き留めていって、遊帆に手渡した。
「うん。数値もいいね。香澄ちゃんは、もしも幸運値なんてパラがあったとしたら高そうだね。なんでも『落ち人』は、九割は発見時には既に死亡していて、約一割の生存者もほとんど助からないらしいからね。ああ、俺もそうだった。ラッキー、ラッキー!」
「助からないって …… 何故でしょうか?」
「それは『落ち人』の発現地点が人間の生存可能ではない場合がほとんどだから……で、合ってるかな? アレクシリス」
遊帆の後ろで、やり取りを見ていたアレクシリスが、ベッドに近づき答えた。
「そうです。例えば、発現地点が高所でそのまま落下したり、深い森林で肉食獣に襲われたり、深い水中や雪山、土中に現れた場合もある様です。つまり、命に関わる怪我をして、死亡している事例が大多数なのです。『落ち人』の由来も、有り得ない場所から落ちてきた人、落ちて死んでいた人、だと言う説があります」
「あまり、趣味のいい言葉の由来じゃないですね」
「もちろん、『異世界から落ちてきた人』という意味が有力な由来でしょう。しかし、発現場所の条件が良くて、速やかに保護されたとしても、大気中の『魔素』の問題がありますから、『落ち人』は、助からない事が多いのです」
「だ、そうだ。香澄ちゃんの場合も、怪我は俺が治療出来ても、『魔素』に対しては治療が出来ないから、香澄ちゃんが順応出来て、本当に良かったよ!」
香澄は、遊帆の言葉に違和感を感じたが、まずは一番の疑問から片付けようと思った。
「あの、わたしと遊帆さんが日本語で会話が出来るのは、当然ですが、アレクシリスさんと会話が出来るのはどうしてでしょう?」
遊帆は、アレクシリスをちらりと見た。アレクシリスは、頷いて慎重に言葉を選ぶ様に話し出した。
「私達の会話が成立しているのは、魔術のおかげです。我が国の公用語と日本語は、文法が同じなので、単語の意味と発音が理解できれば習得も比較的簡単なのだそうです。今、私が発声する言葉が、違和感なく貴女の国の言葉を話している様に聞こえているでしょうか?」
「はい。最初は、アレクシリスさんが日本語で話していると思ってました」
「今、貴女と私は言語知識に限定して魔術によって繋がっています。私の言語知識から単語の発音と意味を引き出し、貴女の言語知識から該当する単語に照会して理解していく …… つまり、脳に直接、高性能な辞書を提供されてると考えてもらえばいいでしょう。しかも、会話すればするほど、自然に言葉が魔法無しに理解出来るようになります」
「因みに、この魔術の製作者は俺だ。翻訳魔法と名付けられていて、もちろん魔法を解除した後も、脳に異常や副作用も無いと実証されているから、安心してね」
「助かります。でも、ずいぶんとスムーズに会話が成立するんですね。異世界で、意志疎通が出来ないのは大変な事ですよね。わたしの、半世紀使ってきた脳で、新しい言語をすぐに覚えられる自信はありませんから……」
香澄は笑顔で会話していたが、急に不安になった。
「あの、翻訳魔法で脳が繋がっていて、お互いの考えてる事が、分かったりはしないんでしょうか?」
香澄が、新たな不安に動揺しながら質問すると、アレクシリスは、苦笑しながら答えた。
「それも、検証済みです。言語知識の提供者も使用者も、無意識下でやり取りされているので大丈夫ですよ」
「でしたら、安心です」
香澄は、ほっとした。いろいろな意味で、年の割に残念な頭の中身をしていると自覚しているだけに、他人にそれを知られるなんて、人間として終わりだと思ったからだ。
「香澄ちゃんは、アレクシリスに何処まで聞いたの? 俺に聞きたい事とかあるなら答えるよ?」
香澄は、年下の遊帆に、『香澄ちゃん』呼ばわりされるのは無いなと思ったが、命の恩人に抗議する気は起きなかった。
「あの、遊帆さんは、どうしてわたしの名前を知っていたんですか?」
「川端香澄。なんと! 五十歳になりたてホヤホヤさんだろう? いや~。身元のに確認の為に、悪いけど鞄を調べさせてもらったんだ。鞄と紙袋の中身はほぼ無傷だったよ。身に付けてた携帯電話は駄目だったが、手帳や財布はなんとかなったからな。手帳のカレンダーの西暦が、俺がこっちに落ちてから五年後だったから、感慨深いよ」
「鞄は、構いませんが …… つまり、遊帆さんは、五年前に異世界転移してきた『落ち人』なんですか?」
「ああ、そうだ」
香澄は、片手て額を押さえながら少し苦しそうな顔をしながら言葉を紡いだ。
「では、遊帆さんは……元の世界に……帰れなかったのですか? 帰らなかったのですか?」
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