魔霧の森の魔女~オバサンに純愛や世界の救済も無理です!~

七瀬美織

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第一章 五里霧中の異世界転移

第十話 竜族の長

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 香澄かすみは、かすかな声の主の姿を探したが、アレクシリスにお姫様抱っこで運ばれている状況では無理だった。
 しかも、この場の誰も気にしていない様子から、香澄にしか聴こえない声の魔法のたぐいかもしれないと考えられた。特徴のない、不思議な、おそらく女性の声だった。もしかしたら、魔霧の森の脱出方法を教えたという、『魔女』の声かもしれないと香澄は思った。『誰も信じるな』とは、ずいぶんと不穏な忠告だった。

 それにしても、アレクシリスの足どりはしっかりしていて、意外と力持ちさんなのだと香澄は妙に感心していた。

「ここは、何処だ?『管理小屋』 …… ではないな。厄介な場所でなければいいが …… 」

 杜若かきつばたが、不機嫌そうに呟いた。アレクシリスは、無言で歩き続けた。やがて、木々がまばらになり視界が開けてきた。
 藍白あいじろが、彼らの脇を駆け抜けて振り返り、ニヤリと口の端をつり上げながら香澄達に言った。

「ここは、『キプト』の町だよ。目的地に到着だよ、香澄ちゃん♪」
「『キプト』?」
「まさか藍白、狙って森の出口を『キプト』にしたのか? いや、あり得ないな。偶然なのか?」
「う~ん。そうなればいいなとは、思っていたけど、やっぱり偶然かもね」
「藍白、香澄を『キプト』に連れてきて、いったいどうするつもりなのですか?」
「 …… さあ? でも、アレクシリス。『キプト』の町では、盟約で『キプト』の長の許可なく『竜騎士』は勝手な行動は出来ないって、知ってるよね」

 藍白は、さっきまで杜若に踏まれていた鬱憤うっぷんを晴らすかの様に言った。

「最初に『管理小屋』に侵入した、貴様が言うな!」
「ええ~。杜若が入れてくれたんでしょう?」
「外からこっそり見るだけって、約束だった!」
「そうなんだよ。こっそり見てたら香澄ちゃんに見つかっちゃって、もっと良く見てみたら一目惚れしちゃた♪」
「ふざけんな!」
「杜若の短気! おこりんぼ!」

 二人とも、美形の青年なのに、中身が非常に残念な感じだなと香澄は思った。
 藍白と杜若が、わぁわぁ騒がしい間も、アレクシリスは難しい顔をしたまま無言だった。

 この場所は、魔霧の森の外れで一番高台の丘になっていた。丘陵を緩やかに下った先に町が拡がっていた。統一感のある赤茶色の素焼き風の屋根瓦に、煉瓦や漆喰の壁の家々が寄り添い、鐘楼がある塔が町の中心にあった。規模は小さめだが、こじんまりとした優しい印象の町だった。道幅が広いのは、竜の姿でも歩いても、すれ違いが出来るようになのだろう。実際、竜と人が連れだって歩いているのが遠目にも見えた。
 更に、拓けた町の周りは、全て濃霧が漂う魔霧の森に囲まれていて異様だった。しかし、短い丈の草花を揺らす風は穏やかで、高原の避暑地の様に爽やかだった。


 突然、頭上をバサバサという大きな羽音と大きな影がさして、目の前に赤竜の巨体が降り立った。香澄は驚たが、アレクシリス達はその場に留まっていた。
 一瞬、空間が歪み赤竜の巨体が消えて、暗褐色の髪の壮年の男性へと姿を変えた。

「『キプト』の町にようこそ。竜族の長、蘇芳すおうと申します」

 いつの間にか、香澄達は十人前後の竜族に囲まれていた。蘇芳と名乗った男性は、静かな物腰で近づいて、香澄を抱えるアレクシリスと対峙たいじした。

「ご無事でなにより、アレクシリス=ヒンデル=ハイルランデル公爵。盟約に基づき、『竜騎士』は大使館にご滞在いただきます。そちらのお嬢さんは、こちらに引き渡していただきましょう」
「蘇芳=バルシャ竜族長殿、お久しぶりです。盟約を盾にされるのなら、我がファルザルク王国が保護した『落ち人』に、竜族は干渉が出来ないのではありませんか?」
「それは、彼女が『落ち人』ならば …… でしょう」
「では、香澄は何者だとおっしゃるのでしょう?」
「全ては、盟約の精霊が証明してくれます。藍白、お嬢さんをお連れしなさい」

 香澄は、『お嬢さん』と呼ばれ、『落ち人』ではないと言われ、アレクシリスから引き離される現状に大混乱していた。盟約とは? ファルザルク王国とは? 竜族長が、いったい何の理由があって自分に関わるというのだろう? 
 藍白が、香澄を受け取ろうと腕を伸ばすが、アレクシリスは動かなかった。アレクシリスの横顔を見つめながら香澄は、自分が小さく震えている事に気がついた。不安でしかたなかったのだ。

「香澄は、この世界に落ちてきた時に負った怪我を完治させて、意識を回復したばかりです。しかも、この世界の常識や言語でさえ、何も理解していない状態です。私は、彼女の『管理者』です。その様な理不尽な要求にはお応えしかねる。藍白のしたことも許せません。貴殿方は、我々を『管理小屋』へ、速やかに帰すべきでしょう」

 アレクシリスは、なるべく感情を表に感じさせない口調て話し合いを続けていた。蘇芳は、一歩も引く気の無いアレクシリスを見て、深くため息を吐いてから言った。

「ハイルランデル公爵。ファルザルク王国には、正式に通達いたしましょう。お嬢さんは、我々の『客人』です。竜王リングネイリアが、命と引き換えに召喚した、世界の為の『鍵』です」
「 ……!」

 香澄を抱えるアレクシリスの腕に力が入った。アレクシリスは表情には出さなかったが、かなり動揺している事が感じられた。
 香澄は、新たな情報を処理しきれず途方にくれた。竜王リングネイリア? 『鍵』? アレクシリスは、何故そんなにも動揺しているのだろうか?
 ふわりと風が香澄を包み込んだ。次の瞬間、香澄は藍白の腕の中にいた。

「藍白、香澄を返しなさい!」
「カスミちゃんは、竜族が大切に護るよ。だから、アレクシリスはさっさと帰れば?」

 アレクシリスは杜若に視線を向けた。杜若は、首を激しく横に振っている。何も知らない、知らされていないと言う意味だと、香澄にも分かるくらい杜若も動揺していた。

「たとえ竜族でも召喚術は禁忌のはずです。しかも、世界の為の『鍵』などとあり得ない。それを、竜王でもあったリングネイリアが犯したのですか? 彼女の死が、どれだけランスグレイルの心を傷つけたとお思いです? 何故、竜族はそんな愚かな真似を彼女に赦したのです?!」

 冷静に態度を崩さなかった、アレクシリスが激昂していた。周りを囲む竜族が、強くなるアレクシリスの魔力に警戒を強めて殺気だった。
 蘇芳は、黙ったまま何も答えなかった。ただ、握りしめた拳が白く色を変えていった。

「藍白、お嬢さんを早く休ませてあげなさい」

 そう言って香澄を見た蘇芳の瞳は、疲れ果てた虚ろな色をしていた。しかし、穏やかに微笑みを浮かべながら、落ち着きのある態度を崩さなかった。







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