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第一章 五里霧中の異世界転移
第十四話 竜族の戦闘
しおりを挟む崩れていく家々の屋根を突き破って、炎を吐きながら体を起こす緑色の竜の巨体が現れる。次いで、黄土色に焦げ茶色の虎縞模様のある竜が現れて、黒い霧の塊を翼を広げて追いはじめた。
彼らは、崩れた家々の住人だろうか?藍白の無事と、怪我人がいないことを香澄は心から祈った。
誰かが大声で怒鳴っている声が、ガラガラと壁が崩れる音にかき消された。街の中央にある鐘楼の鐘が、ガンガン街中に響き渡り、非常事態を知らせている。
香澄は、繰り広げられる非現実的な世界を見ながら呆けているしかなかった。
「香澄ちゃん!」
座り込んでいる香澄の前に、藍白が走ってきた。白い衣服が汚れていたり破れているが大きな怪我をしているようには見えない。
「あ、藍白! 無事だったの? 怪我して、ふぐっ! 」
藍白はひょいと香澄を抱き上げ、街の中央をめざして全力疾走した。香澄は、藍白に話しかけようとして、ちょっと舌を噛んだ。お姫様抱っこでも、激しく揺られながら喋るのは自殺行為だった。
「大丈夫だよ。香澄ちゃん。すぐ安全な場所に行くからね」
藍白の声に、あまり余裕は無い。街中から人々や色とりどりの竜が、黒い霧と竜達が暴れる方向へ向かって行くのに逆らいながら、藍白は鐘楼のある建物を目指しているようだ。周りの家々に比べても高く大きな建物の扉の前に数人が待ち構えていた。
昨日会った、暗褐色の髪の壮年の男性、竜族長の蘇芳もいる。
香澄と藍白が到着すると、数人が魔法を詠唱して結界を張った。建物の周囲を包みこむ様に虹色の膜が広がり、街中の喧騒も少し遠くなっていく。
蘇芳の指示を受けて数人が、結界をすり抜けて騒ぎの中心へ走っていく。藍白は、香澄を抱きしめたまま屋敷の中へ歩いていった。真っ直ぐ居間に入り、ソファーに香澄を降ろした。蘇芳は、金髪の青年と一緒に追ってきて、香澄の向かいに並んで立った。
「御無事で良かった。香澄様、お怪我などありませんか?」
「はい。大丈夫です。ただ、腰が抜けてしまったので、歩けなくて失礼しました。あの黒い霧は何なのですか? 街の皆さんは、大丈夫なのですか?」
「竜族は、生命力の強い種族です。体も頑丈で戦闘力も、他の種族とは桁が違いますからご心配なく。それに、我々にとって、貴女より大事な存在はいないのですよ。香澄様」
どぉん……。
不穏な音がたまに聴こえてくるが、絶賛スルー中だった。香澄は、蘇芳の言葉の重さと『様』をつけて呼ばれていることに困惑していた。助言が欲しくて藍白を見ると、一点を睨みながら何か考え込んでいる様子で、声をかけられる雰囲気ではなかった。
今度は、蘇芳の後ろに控えていた淡い金髪の青年が、一歩前に出て丁寧にお辞儀をした。
「わたしは、黄檗と、申します。藍白が失礼をいたしまして、申し訳ございません。穏便にお連れするはずが、無理矢理拐ってくるなど、本当に申し訳ございません。しかも、再び恐ろしい思いをさせてしまい、お詫びのしようもございません」
「色々ありましたけど、そちらにも事情があるようですし、謝罪は要りませんから、理由を教えて下さい」
いえいえ、どういたしまして黄檗さん、藍白には他にもいろんな事されてます。セクハラとか、セクハラとか、セクハラとか …… 香澄は、心の声が漏れないように注意しながら答え、蘇芳達に尋ねた。
「わたしを『管理小屋』から藍白が拐った理由は、世界の為の『鍵』に関係あるのですか? 『鍵』って、なんでしょうか? あの黒い霧の少年は、何なのですか?」
どぉん。
どおおおおおぉぉぉぉん。
結界で護られていても、何かが破壊されている音や振動が屋敷の中の、香澄達にも感じられる。あの少年は、街中の竜族を相手しているはずだ。
それにも関わらず、未だに決着が着かない事に、香澄は不安を感じずにはいられなかった。
「 …… 思ったより、手間取っているようです。重要な話をするのに、この様に落ち着きない状況で申し訳ない。あの黒い霧は、我々とは敵対する存在です。名もない小物ですが、あれは異界の悪魔族です。遥か昔より、竜族が討伐していますが、殲滅には至っていない、厄介な相手です」
蘇芳は、結界の外から響く振動に眉をひそめて苦々しく答えた。
香澄は、蘇芳の『異界の悪魔族』発言に面喰らった。いくらラノベ知識に慣れ親しんだ香澄でも、現実として受け入れるには許容範囲を超えてしまう …… 。
「い、異世界ですものね。うん。竜族がいるならば、悪魔族なんかもいるのですね。もしかして、獣人族やエルフ族やドワーフ族だの、魔物なんかもいるのでしょうか? ああ、精霊や妖精もいるんだと、アレクシリスさんも言ってましたね」
「エルフ族とドワーフ族がどの様な種族かは存じませんが、獣人族はおります。カジェード、この大陸では少数勢力ですが、他の大陸で多数の国家が存在していますし、国際交流や交易もあります」
どおん……!
どおおおぉぉん!!
「ちっ……!」
徐々に近づく無視出来そうもない轟音と振動に、藍白が舌打ちして立ち上がり、香澄の手を握りしめ抱き寄せた。
「香澄ちゃん。僕から離れないでね」
どおおおおおおぉぉぉぉん!!!
がらがらがららら……!
藍白が香澄の頭を、自分の胸に抱え込むように引き寄せる。香澄に音は聞こえないが、震動がビリビリと身体に伝わり、恐怖で目を閉じる事しか出来ない。
藍白の結界のおかげで、香澄は無事だが、屋敷が大惨事になっていた。
香澄が藍白の腕の隙間から見上げた屋敷は、屋根がすっかり崩れて天井にぽっかり穴があき、青空が覗いている。屋敷の二階より上階が、屋根ごと吹き飛ばされて、辛うじて壁が残されているだけだった。
まるで、何かが墜ちて爆裂した様だったが、何か燃えた炎もないので、爆弾の類いではないらしく、被害の中心地もこの部屋の様だ。テーブルの辺りの床が崩れ、クレーターの様に深く底が見えない程抉れている。
香澄は、藍白が守ってくれなければと想像してゾッとした。他の竜族達も、同じように結界魔法で無事のようだ。
「大丈夫。僕が絶対に守るから……!」
香澄は藍白から、戦隊物のヒーローみたいな台詞を言われて、不覚にもときめいてしまった。きっと、真っ赤な顔を晒しているはずだ。
「藍白! 上だ!」
黄檗が駆け寄りながら叫けんだ。屋敷の二階の壁の縁から、不気味な黒い霧が流れこんできた。
「黄檗、香澄ちゃんを頼む。すぐ片付けるから待っててね」
黄檗が、藍白と入れ替わり結界を張った。藍白が竜の姿に変わりながら、黒い霧を追い払うように飛び立っていった。
「 …… きれい」
香澄は、初めて藍白を見た時から、恐怖と同時に、なんて不思議で美しい生き物なのかと魅入られていた。ファンタジー好きの香澄にとって、竜は憧れの生物だ。おまけに、会話まで出来た事もあり、認識阻害魔術がなければ、狂喜乱舞していたはずだ。
あの巨体が、優美に翼を広げてぐんぐん上昇してゆく姿に素直に感動していた。こんなに近くても、翼の起こす強風に煽られたりしないのは、翼の揚力で飛ぶのではなく、魔法を使っているからだろうか?
藍白は、青い高温の炎を黒い霧に浴びせかけていた。黒い霧は、ジリジリと体積を減らすが、何処からともなく沸き出すので消滅させられないでいる。
「黄檗、気をつけろ! 本体はこちらだ!」
蘇芳が、叫んだ。
上空の藍白をみていたので、香澄も気が付かなかったが、破壊された部屋の中心のクレーターの底から、黒い霧が沸き出して、香澄達に真っ直ぐ襲いかかってきた。
とっさに黄檗が、香澄を庇って立ちはだかった。しかし、一瞬で黒い霧に吹き飛ばされた。香澄の前は黒い霧一色になった。
どふっ……! 香澄の腹の上の鳩尾に軽い衝撃があった。香澄は思わず、うっ! と呻いた。見下ろすと、茶髪の小さな頭があり、しっかり腰に腕を回してしがみついた少年がいる。
『主様、主様! どうか、この下僕めを、お見捨てにならないで下さい!』
香澄にすがり付き、わんわん泣きわめく黒い霧の少年がそこにいた。
さっきまで、竜族達相手に暴れ回っていたらしい、『異世界の悪魔族』がどうして香澄を『主様』と呼び、捨てないでと言って泣くのか全く理解できない。
この状況は、見た目だけなら可愛い少年を、香澄が泣かせている様で、妙な罪悪感まで湧いてきた。
「香澄!」
バサリと、青い竜が建物の崩れた壁の縁に降り立つ。その背には、壮麗な軍服にマントを羽織ったアレクシリスがいた。
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