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第二章 疑雲猜霧のファルザルク王国
第三十一話 魔道具の精霊
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軽い音を立てて魔道具の上に現れたのは、ボテッとした黒い塊だった。
香澄は、ピントが合わないみたいにぼやけた姿を、眼を凝らして見つめ続けた。
「……あれ? 何か……目が合っている?」
黒い塊がジイイィッと香澄を見つめている。真っ黒なので、どこが頭なのか区別がつかない。黒い塊の少し端に、二対の点が光を反射しているので、それが目なのだろう。
『姉ちゃん、ジロジロ見てへんで、挨拶くらいせえや……』
黒い塊からオッサンの声がした。ボソボソとした口調は、人生に疲れ果てた中年男の脱力感と暗さを含んでいる。
「え、えっと、はじめまして。香澄です……どうぞ、よろしくお願いします?」
『なんで疑問形なんや……?』
「し、失礼しました……」
『噛んでるし……』
「……すみません」
『謝らんでもええわ……』
「あの、あなたは?」
黒い塊は、モソモソと香澄の方へ身体の正面を向けた。さっきまではお尻が向いていたらしい。丸い肩越しに香澄を振り返って見ていたようだ。
草原を渡る風が、ムッチリと生え揃った漆黒の毛皮をサワサワと撫でていった。黒い塊は、ボッテリとしたフサフサ長毛種のモルモットのようなシルエットをしていた。
『ワシか? ワシは『魔力属性』を告げる精霊や!』
「わぁ……! 小動物的な姿の精霊さん……! この魔道具の精霊ですか?」
香澄は無意識のうちに、精霊を視界に入れたり、見えないように切り替えていたりするようだ。香澄達の周りには大小様々な精霊が存在する気配が常にしている。不思議だが、精霊の存在は意識しなければ気にならない。
森に入って木々に囲まれても気にならないように、川の流れを見ていても気にならないように、精霊とはその場に在るのが当たり前なのだ。
香澄は皓輝から、全ての空間の精霊を全て意識の中に入れてしまうと、情報過多で脳内がパニックになってしまうと忠告されていた。
それから、精霊の中には生理的に受け入れがたい姿のもの達もいると教えられたのだ。香澄にとって、生理的嫌悪を感じる姿とは、主に昆虫系と粒々集合体系の姿だろう。皓輝が言うには、そんな姿の精霊はありふれているそうだ。それを聞いた香澄は、絶対に安易に精霊を見ようと思わなくなった。
もしも、知らなければいい様な姿の精霊がいた場合、他者に引かれるような失態は避けたい。脚の沢山ある昆虫とか、ミリ単位の卵状のツブツブが一面に密集していたり、撥水ワックス仕上げのように黒光りする平たい楕円形の生物に似ていたら、絶対に叫び声をあげる自信があった。あと、昆虫系の赤ちゃんも無理だ。つまり、芋虫も苦手だった。
やはり遊帆とノックスフィムには、香澄が何も無い空間に話しかけている様にしか見えないらしく、不思議そうな顔をしている。
「あー。香澄ちゃん、もしかして精霊がそこにいるの?」
「あ、はい。小さな獣姿の精霊さんです。すみません。お二人を置き去りにして……。えっと、精霊さんにご挨拶してました……」
香澄は、精霊が自分にしか見えない事で、一歩間違えればかなり痛い人に見えることを警戒しなければと改めて思った。
これは、突然に霊感が覚醒して、幽霊が見えるようになったのと同じかもしれない。『精霊を使役する者』は、希少な能力とはいえ、現状は微妙な感じで戸惑ってしまう。
「おおっー! こんな小さな魔道具にも精霊がいるのか……香澄ちゃんの『精霊を使役する者』って能力で分かるのか!」
「す、素晴らしい発見です! 魔道具に精霊が力を貸すのではなく、魔道具自体に精霊が宿っているとは!」
『まあな、長年使用された魔道具なら、精霊が宿ってるもんや』
香澄は精霊の言葉を繰り返すように遊帆達に伝えた。
『ワシは、姉ちゃんの魔力の質がどんな精霊に好まれるか調べたるのが仕事や……。せやけど、ワシはいい加減くたびれてもうとるねん。大事に使ってもらえとるけど、そろそろ魔道具の方が寿命なんや。最近手入れしてくれる兄ちゃんは、丁寧なんやけど、しつこ過ぎてキモいんや。あー、そっちのデカイ兄ちゃんのことなんや。優ぁーしく磨いてくれるんはええねんけどな、目ぇがイッてもうとるんや……。怖いでー! 時々、ヘラヘラ笑い出すんやでぇ……。他の魔道具の精霊らも、めっちゃ怯えとんねん……。姉ちゃんから、ほどほどにしとけって言うといてんか?』
黒いフサフサ毛皮の精霊は、フシューとため息を鼻から吐き出した。デカイ兄ちゃんとは、ノックスフィムのことだろう。香澄は、精霊の言葉を本人に話すのは遠慮したかった。なんとなく、真実を告げるとノックスフィムが傷つきそうな気がしたからだ。
「……お疲れ様です。彼には後でお伝えします。ところで、関西弁……お上手ですね」
『姉ちゃん、どうせ褒めるんやったら、……ツッコミの鋭さを褒めてんか? カンサイベンがなんか知らんけど、魔道具の精霊は、だいたいこの喋りやで』
「あははは……」
『そこ、笑うとことちゃうやろ?』
「素早いツッコミ、サスガデスネ」
『……まあな!』
黒い艶やかなフサフサの毛皮に埋れたつぶらな瞳が、キランと光った気がした。
「はっ! 魔道具に囲まれて生活するってことは、精霊に常に監視された生活を送るって事なのでしょうか⁈ 遊帆さん」
「香澄ちゃん、俺達は万物に神宿る八百万の神の国出身でしょう? あまり気にせず、まるっと受け入れよう……ははは」
「え? 遊帆殿の世界には神や魔法は概念だけで存在しないのですよね?」
「あー。その話はまた今度にしようか。ノックスに話すと、質問ばかりで説明が長くなって面倒くさい……」
「遊帆殿!」
遊帆の言葉で、香澄の想像する精霊の在り方が、地縛霊か付喪神っぽいイメージになってしまった。香澄は、ここが異世界で精霊がいて、それを見る能力があると自覚したばかりなのだ。変化に富んだ世界を受け入れて、穏やかに日常を送るには、もう少し猶予が欲しかった。
香澄が半笑いの顔で固まっていると、魔道具に触れた手から、魔力が吸い込まれるように流れた。
魔法陣の上に浮かんだ精霊は、キラキラ輝いている。スクッと立ち上がり、二足歩行で踊りはじめた。
『ウンババ! ウンババ!』
精霊は謎の掛け声に合わせて、短い後脚で魔法陣の魔石を踏みクルクルとターンした。フンフンとリズミカルにユーモラスに魔石を飛びながら舞っていく。ヒョコヒョコとした、原始人ダンスが面白くて、香澄は笑いを必死にこらえた。プルプルしながら見ている香澄に、遊帆とノックスフィムは、またしても怪訝そうな顔をしている。
「香澄ちゃん、何が見えるのか教えてくれる?」
「…………端的に言えば、ポータブルサイズの二足歩行する黒いモルモットっぽい精霊さんが、『ウンババ! ウンババ!』とリズムをとって、魔方陣の上を……ぷぷっ。踊って、ます……」
香澄は、遊帆と違って冗談や揶揄いをを会話にあまり挟まない。なので、香澄の言葉通りの状況を想像して、遊帆とノックスフィムは顔を見合わせて引きつった。
「ははは……。そんな事が起こっているのか……」
「遊帆殿、これは舞踊を披露して観客から魔力を引き出す事象の応用でしょうか?」
「ノックスフィム、何事にも意味を求める必要は無いんじゃないか?」
「いいえ、精霊は意味のない行為をしません!」
黒モフ精霊は、『クルリンパ!』っとポーズを決めて踊り終えた。
「精霊さん、この踊りに意味があるのかしら?」
『そんなもんあるか! ノリやノリ……! ただ、魔石の上を一周するよりおもろいやろ? 最近、丸々と肥えてもうたから、ちょっとしたダイエットや!』
黒モフは、額の汗を拭いながらやり切った感いっぱいに答えた。香澄は、ノックスフィムの純粋な研究者の瞳が曇らぬように、今の会話を封印する事にした。
「……内緒だそうです」
香澄は、心の中で適当に答えてごめんなさいと思いながら、ノックスフィムに答えるしかなかった。
「おおー! やはり、そうですか! 精霊は己れの領域について、他者に話したがらないそうですから当然でしょう。素晴らしい検証結果です!」
「おおーい? 本当にそうなのか香澄ちゃん?」
遊帆は、香澄が明後日の方を向いて答えたので、何か隠しているとバレたようだ。遊帆は、本当は意外と鋭いのかもしれない……。
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