怪物どもが蠢く島

湖城マコト

文字の大きさ
1 / 36

第1話 地獄に白は似合わない

「地獄に白は似合わないってのは、生者の勝手な思い込みか?」

 綿上わたがみ黎一れいいちが目を覚ますと、そこは真っ白な砂浜の上だった。咄嗟に皮肉が飛び出すぐらいには思考はしっかりとしているし、体の自由もきく。地獄ではなく現世に留まっていることは間違いない。

 意識を失う直前の出来事はよく覚えている。大学から帰宅する途中でいきなり謎の一団に襲撃され、数人は返り討ちにしたが、数の暴力に圧倒され、謎の薬剤を注入されてそのまま気絶。ろくな死に方はしないだろうと半ば達観していたのだが、意識を取り戻したら、どういうわけかこの場所に倒れていた。

 服装は襲撃される直前と同じ、黒いポロシャツとカーキ色のカーゴパンツ。財布やスマホなどはポケットに入ったままで、背負っていたリュックもすぐそばに落ちている。ダメモトでスマホを調べてみるが、表示は圏外となっており、外部と連絡を取ることは出来ない。

 まさか壮大なドッキリ企画で南の島のバカンスに連れてこられた、などということはないだろう。自分の置かれた状況に皆目見当がつかない。

『皆様。お目覚めのようですね』

 加工が施された無機質な音声がどこかからか聞こえた。音声の発せられたのはリュックからで、中身を探ると指先がタブレット端末へと触れた。こんな物は持ち歩いていなかったので、ここへ連れて来られた際に持たされた可能性が高い。

『自らの置かれている状況に、大変混乱されていることでしょう。皆様の不安を少しでも解消すべく、状況を説明させていただきます』

 タブレット端末には、鮫を愛らしくデフォルメしたマスコットキャラクターが表示されているが、いかんせん声が機械的な加工音声のため絵柄とまったく噛み合っておらず、むしろ気味の悪い歪な雰囲気を構成している。

『まず始めに、皆様がおられる場所は太平洋上に浮かぶ絶海の孤島でございます。この島は我々の組織の所有地であり、携帯電話等も圏外。船舶や小型機、ヘリの往来も皆無です。助けは期待するだけ無駄だと予めお伝えしておきます』

 話のスケールは、黎一の想像よりも数段大きなものだった。助けが期待出来ない孤島ということは、裏を返せば何が起こってもおかしくはないということでもある。

『次に、皆様がこの場所へと連れてこられた理由についてお教えしましょう』

 鮫のキャラクターは先程から「皆様」という表現を使っている。この島には他にも人がいて、同時にこのメッセージを聞かされているのかもしれない。

『皆様がこの島へと連れてこられた理由。それは、命を賭したデスゲームに参加していただくためです』

 画面が暗転すると同時に、鮫のキャラクターがミリタリージャケットと右目に眼帯を着用し、両手にナイフと銃を持った物騒な姿へと変貌した。

『ルールは至ってシンプル。今からきっちり24時間。明日の正午までこの島で生き延びることだけです。そうすれば、迎えの船がこの島へとやってきます――』

 言いかけて、鮫のキャラクターが小憎らしい笑みを浮かべる。

『ただし、この島で生き残るのは簡単ではありませんよ。この島には凶暴な化け物がうようよしていますからね』

 森に猛獣でも潜んでいるのかと黎一は想像するが、化け物の正体はそんな生易しいものでは無かった。

『皆様方の前へと立ち塞がる化け物とは? その驚愕の正体がこちら!』

 端末の画面が切り替わり、ライブのカメラ映像が表示される。画面の中央には中年の小太りの男が映っている。場所は岩肌が多い海岸沿いで、この島のどこかだと思われる。

『彼も参加者の一人ですが、他の参加者の皆様に緊張感を持っていただくためのデモンストレーションとなっていただきます。運が悪かったとしか言いようがありませんね』

 鮫のキャラクターが牙を光らせながら発したデモンストレーションという表現、黎一は嫌な予感を覚えずにはいられなかった。

『俺を拉致してどうするつもりだ。早く解放しろ!』

 状況を飲み込めず、小太りの男は慌てふためいている。必死に手元の端末に呼びかけるが返答は返ってこない。

「獣の声?」
 
 黎一の耳が、タブレット端末越しに気味の悪い音を拾った。それは音というよりも何かの呻き声に近い。ここは絶海の孤島。何か凶暴な獣でも住み着いているのだろうか?

『な、何だお前は!』

 小太りの男は驚き恐怖のあまりタブレット端末を手放し、尻餅を着いて後ずさる。やがて、奇妙な呻き声を発した存在が、画面上にその異形の姿を晒した。

「人間……なのか?」

 黎一が疑問形になってしまったのは、それが人の形でありながら、とても人とは思えない存在だったからである。姿形は人そのものだが、肌は土気色で、体の至る所から血が滲み、あばら骨や内臓の一部が露出。部位によっては腐敗も進んでいる。その姿はまさしく死体。
死体が自立して動いている。

『や、やってやらああああ!』

 動く死体が目前まで迫ったことで命の危機を感じたのか、男はその場で立ち上がり攻勢に転じる。近くに漂着していた流木を手に取り、動く死体へと殴り掛かった。

『ひいっ……』

 動く死体は圧倒的な怪力で男が振るった流木を弾き飛ばし、衝撃で男は砂浜に転倒、情けない悲鳴を上げる。それが致命的な隙となった。

『つ、罪なら償うか――あああああああああ!』

 動く死体が男に馬乗りとなり、その首筋へ噛みついた。止めどなく溢れ出る鮮血と絶叫。必死に体を動かして抵抗を試みるが、動く死体はまるで意に返さず、首筋を噛み続ける。一度首から口を離し肉片を吐き捨てると、今度は反対側の首筋へと噛みつく。この時点で男の身体の動きは必死の抵抗ではなく、単なる痙攣へと変わっていた。やがて体からはその痙攣すらも失われ、男の身体はピクリとも動かなくなった。

「死んだ。冗談きついぜ」

 画面越しにも疑い用はなかった。首筋からの大量の出血により男は死亡。動く死体は男が死してもなお、憑りつかれたように首筋を噛み続けている。

『皆さま。デモンストレーションは如何だったでしょうか? これが、皆様の脅威として我々がご用意した怪物。ゾンビでございます』

 画面が切り替わり、鮫のキャラクターが不謹慎な笑みを浮かべていた。
 冗談だと思いたいが、あんな映像を見せられた後では信じる他ない。壮大なドッキリであるならそれに越したことはないが、楽観的になって死んでしまっては元も子もない。全てが事実だと想定した上で行動する方が無難だ。

『ゾンビは痛みを感じぬうえに怪力です。かなりの個体数がこの島に放たれていますので、皆様方にとって大きな脅威となることでしょう。加えてゾンビは厄介な特性がございます」

 画面が暗転し、再びライブ映像が流れる。すると、ゾンビに殺されたはずの男が突然起き上がった。奇跡的に蘇生したとは思えない。男の首は肉が大きく削がれて出血も多量。到底助かるはずがない。初めて見るはずなのに、フィクションでは大いに見慣れその光景。ゾンビと呼ばれる化け物に噛まれた人間が起き上がった。これが意味するところは一つしかないだろう。

「そういうのは映画だけにしておけよ」

 黎一が溜息を吐くと、ゾンビと化した男は緩慢な動きで画面の外へと消えた。

『噛まれて死ぬと、あなたはもれなくゾンビの仲間入りです。特殊性癖でもない限り、くれぐれも命は大切に』

 人を小馬鹿にするような物言いに、黎一は不快感を隠しきれずに舌打ちした。

『その他、このデスゲームを生き抜くにあたって必要な情報を幾つか提示しましょう。ますは参加者の人数です。このゲームには十七名が参加……失礼、一人はデモンストレーションとして使い捨ててしまったので、現在は十六名ですね。このゲームはバトルロワイアルというわけではありませんので、24時間生き残ることさえ出来れば、全ての生存者がゲームクリアとなります。プレイヤー同士の協力も大いに結構です。ただし、協力者がゾンビ化した場合は敵が増えることになりますので、協力することが必ずしも有益とは言えません。単独で動く複数人で動くか、それは皆様の判断にお任せします』

 命がかかっているとはいえ、見知らぬ誰かと協力が出来るかどうか、黎一には疑問だった。生き残る確率を上げるためには、単独行動の方が適している場面も多々あるだろう。判断は難しい。

『次に装備についてです。流石に手ぶらでゾンビを相手にするのは心持たないでしょうから、各々に武器となるアイテムを支給してあります。鮫のマークがついた包みが近くに落ちているはずですのでご確認を』

 黎一が辺りを見回すと砂に半分埋まった布袋を発見し、掘り起こした。布袋はそれなりの長さがある。

「悪くないな」

 黎一に振り当てられたのは、直径75センチ程の金属製のバールだった。他の参加者がどのようなアイテムを得たのかは分からないが、リーチと強度のある武器は当たりのように思えた。欲を言えば遠距離から攻撃出来る武器ならばさらに良かったのだが、無い物ねだりをしてもしかたがない。

『わたくしからの説明は以上になります。定期的に情報の提供や生存者の人数の報告を行っていきますので、この端末は無くさないように注意してくださいね』

 鮫のキャラクターは紳士的にお辞儀をし、幕が降りてくる演出によって画面からフェードアウトしていく。

『24時間後。一人でも多くの参加者が生還出来るよう、ご健闘をお祈りしています』

 画面が暗闇に包まれた。

「ゾンビだらけの孤島でサバイバルか。生配信でもしたら伝説になりそうだ。いや、その前にアカウントがバンか?」

 冗談でも言わないとやっていられない。24時間生き残れと言われても、どう動くべきなのか悩みどころだ。それ程大きくはない島だと思うが、地図が無い以上その全容は掴めない。下手に動き回って不利な地形でゾンビ囲まれたら一巻の終わりだ。行動は慎重でなくてはならない。

 しかし、デスゲームの舞台とかした孤島は、考え込む時間さえも許してはくれない。それまでは黎一しかいなかった白い砂浜に、招かれざる客が一人。

「さっそくお出ましか」

 呻き声を上げながら、五十メートル先の木陰から一体のゾンビが飛び出してきた。ゾンビは女性で、身に着けていた衣服が大きく破れ、腐敗した体が露出している。

「ちょうどいい。こいつの威力を試させてもらう」

 ゾンビからの返答は待たず(返答などないだろうが)に、黎一はバールを片手に真正面から迫り、勢いよくバールをゾンビの側頭部へと叩き付けた。骨が砕ける鈍い音と共にゾンビの身体が吹き飛び、近くの木へと直撃する。

「ゾンビ映画さまさまだな。もれなくポストアポカリプスのバイブルになる」

 ゾンビの弱点といえば頭だろうという映画知識だけで咄嗟に頭を狙ったが、それは正解だったらしい。バールの一撃で頭部が半壊したゾンビは、ピクリとも動かず本物の死体へと戻った。
 
「頑丈なバールだ。これなら何とか」

 デスゲームを生き残るためのアイテムとして用意されただけあり強度も申し分ない。これなら、当面は破損の心配はなさそうだ。

 後方から再びゾンビの呻き声。振り向くと同時に黎一は強烈にバールを振るう。その一撃はゾンビの顔面を砕いた。破壊が十分でなかったのか、ゾンビは仰向けに倒れながらも手足をくねらせている。このまま追撃で頭を完全に潰すことは可能だが、今後の参考にある試みを思いつく。

 黎一は力任せにゾンビを首を踏みつけ骨を完全に折った。それと同時にゾンビの身体は活動を停止する。

「首を折るのも有効と」

 頭を潰すか首を折るか。現時点で二つの攻略法が確立している。首を折ることで倒せるなら恐らくは切断でもいけるはず。今後、刃物を入手する機会があれば戦法に取り入れてしかるべきだろう。
感想 0

あなたにおすすめの小説

終焉列島:ゾンビに沈む国

もちもちほっぺ
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦 そしてそこから繋がる新たな近代史へ