2 / 36
第2話 可憐な獅子
「今は止めておこう」
土地勘のない森に立ち入るのは危険なので、黎一は浜辺から海沿いを西の方角に進んでみることにした。すぐ側が海なので逃げ道は少ないが、見晴らしが良いので警戒は容易だ。
歩き出してから七、八分が経過した。辺りを警戒しつつの前進なので、まだ三百メートルしか進めていない。
――地形を知るためにも、このまま海沿いに島を一周してみようか?
そんなことを考えながら歩みを進めていると、遠くからゾンビの呻き声が聞こえた。どうやら二体いるらしい。黎一は警戒を強めてバールを強く握りしめた。
「きゃああああ!」
ゾンビだけではない。若い女性の悲鳴も聞こえて来た。呻き声と悲鳴の方向は一致しているので、襲われそうになっていると考えるのが自然だろう。
――どうする? 助けに行くか。やり過ごすか。
助けに入るということは、最低でも二体のゾンビを同時に相手にしなければいけない。ゾンビの動きは緩慢なので、黎一の身体能力なら二対一でも十分立ち回れるが、デスゲーム開始早々、あまりリスクは犯したくない。
高い岩に上って、まずは周囲の状況を確認する。黎一から見て百メートルほど離れた砂浜で、セーラー服姿の女性が二体のゾンビから逃げていた。
「何だ。あの俊足ゾンビは」
ゾンビの速度は逃げる女性とほぼ同じだった。ゾンビには恐らく、息切れという概念は存在しないだろう。このまま追いかけっこを続ければ、体力の差で女性が追いつかれてしまう。このまま身を潜めてやり過ごすのは簡単だが、少なからず黎一の良心は痛む。助けに入れば女性は助かるかもしれないが、見捨てれば確実に死ぬ。直接手を下すわけではなくとも、女性の命は黎一の掌の上だ。
「あっ……」
走る女性と目が合ってしまった。無駄な体力を使わないためか、助けを求めたり叫んだりする様子は見せなかったが、視線だけは黎一から離さない。凄まじい無言の圧力を感じる。
「くそっ! ここで見捨てたら夢に出てきそうだ」
消極的な理由だが覚悟は決まった。黎一は岩から飛び降り砂浜に着地すると、女性とゾンビの方を目指し一気に駈けた。
「そのまま離れてろ」
黎一は立ち止まらずに女性とすれ違い、加速の勢いを乗せたバールの一撃を、一体のゾンビの顔面に叩きこむ。鉄のラリアットとでも呼ぶべき一撃を受けた瞬間、ゾンビの頭部が吹き飛び、盛大に血を撒き散らした。
「これで終わりだ!」
間髪入れずにバールを振り抜き、もう一体のゾンビの後頭部へと叩き付けると、一撃で首が不自然な方向へと向いた。それが決定打となり、もう一体のゾンビも完全に動かなくなった。
「食材もゾンビも鮮度が命か。笑えねえ……」
直前に倒したゾンビは、体の欠損こそ見られるが腐敗はまだ進んでおらず、いうなれば新鮮なゾンビだった。体が生前に近い状態だったからこそ、腐ったゾンビよりも身体能力が上だったのだろう。この事実はゲームの難易度が上昇ことを意味する。動きが緩慢なゾンビだけならば逃げに徹することも出来るが、無尽蔵の体力で人間並みの速度で走るゾンビも存在するとなると、ますます油断は出来ない。
黎一がその場で考察していると、突如物陰から一体のゾンビが飛び出してきた。動揺せずに、黎一は冷静にバールで迎え撃とうとしたが。
「馬鹿か俺は!」
構えようとした瞬間、バールが手から滑り落ちた。直前に倒したゾンビが新鮮であるが故、粉砕時に出血を伴った。その時バールに付着した血液が、黎一の手を滑らせてしまったのだ。
――大丈夫だ。まだやれる。
ゾンビは手を伸ばせば届く距離まで来ており、バールを拾い直す余裕はない。それでも黎一は冷静だった。首を折ることで倒せるなら格闘戦も通用する。カウンターで首をへし折ってやろうと、黎一は回し蹴りの構えを取った。
「動かないでください!」
女性の叫びが聞こえ、黎一は咄嗟にその指示に従った。瞬間。風切り音が黎一の頬をかすめる。ゾンビの眉間にボウガンの矢が突き刺さり、黎一の眼前のゾンビは力なく前に倒れ込む。黎一は一歩後退して死体を避けた。
「大丈夫でしたか?」
「おかげさまで無傷だ」
黎一が手の返り血を海水で洗っていると、セーラー服姿の女性が、ボウガンを片手に黎一の元へと駆け寄って来た。女性は黒髪を一本の三つ編みにまとめ、赤いオーバル型の眼鏡をかけている。童顔であどけなさが残るものの、意志の強そうな大きな瞳は存在感抜群だ。かなりの距離を逃げたのだろう。夏物のセーラー服は汗で体へ張り付き、スタイルの良さを際立たせている。
「助けていただき、ありがとうございました」
「礼には及ばない。俺の方こそ助けられたな」
女性がボウガンで狙撃してくれたおかげで、黎一は格闘戦というリスクを冒さずに済んだ。結果だけ見ればお互いさまだ。
「君の武器はボウガンか。見事な一撃だったけど心得が?」
「はい。少しだけですが」
黎一にはそれは謙遜に映った。少しの心得だけではあの距離で、正確に標的の眉間を打ち抜くことは不可能だ。同時に彼女が逃げていた理由にも察しがついた。あれだけ接近されていれば、ボウガンの一撃で一体を仕留めても、二射目の装填中にもう一体に隙を突かれる可能性が高い。だからこそ彼女は、距離を取るという意味でも逃げることを選択したのだろう。
「君も気がついたらこの島に?」
「はい。自宅に帰る途中で突然襲撃されて……迂闊でした」
置かれた状況は同じで、このふざけたデスゲームに強制参加させられた者同士。それ以上の情報は、互いに持ち合わせていなかった。それだけ主催者側の拉致の手口は手慣れているということでもある。
「俺は綿上黎一。大学生だ」
「百重玲於奈と申します」
「びゃくえ?」
「百に重なるで百重です」
「百獣の王みたいな名前だな」
「よく言われます。ちなみに獅子座ですよ」
「それは凄い」
三重の意味でライオン。玲於奈自身もよくネタにしているのだろう。お互いに程よく緊張がほぐれた。
「参加者同士こうして出会ったわけだが、君はこれからどうする?」
「差し支えなければ同行させていただけませんか? 一人でこの難局を乗り切るのは困難だと考えます」
最初に出会ったような緩慢なゾンビだけなら単独行動も有り得たが、今回動きが早いゾンビと遭遇したことで黎一は考えを改めた。遠距離から攻撃を行える玲於奈の存在は大きい。彼女の援護が加われば、黎一の接近戦のリスクも多少は軽減されるはずだ。少なくとも現時点では、同盟を組むことにデメリットは存在しない。
「俺も君と同意見だ。今から同盟を組まないか?」
「もちろんです。あなたが一緒なら心強い」
「決まりだな。一緒にこのふざけたゲームから生き残ろう」
「はい。私もこんなところで死んでいられませんから」
「俺のことは黎一と呼んでくれ。そう呼ばれるのが一番慣れている」
「私のことも玲於奈と呼んでください。私も名前で呼ばれることの方が多いので」
同盟の結成を祝して、二人は固い握手を交わす。ゲーム開始から一時間弱での出来事であった。
※※※
孤島から遠く離れた日本本土にある研究室で、今回のデスゲームの運営とでも呼ぶべき集団が、モニター越しに島の様子を観察していた。
「綿上黎一と百重玲於奈が同盟を結んだようですね」
「年齢が近くバランスの良い二人だ。実験を大いに盛り上げてくれそうだね」
プロジェクトリーダーであるダブルのスーツを着た壮年の男性、面繋征之助と、白衣を着た部下の総角一史が微笑を浮かべて言葉を交わす。リーダーである面繋以外の全員が白衣を着た研究者であり、島での出来事をつぶさに観察し、詳細をデータにまとめていた。
「鳩尾くん。次の配信の準備を始めておきたまえ」
「原稿の内容に変更はありますか?」
「そのままで結構だ。変更があれば知らせる」
「分かりました。配信に行ってきまーす」
面繋の指示を受け、若い女性研究者の鳩尾鞠絵が白衣を脱ぎ、別室の配信部屋へと向かった。鳩尾はタブレット端末から参加者に情報を送る鮫のキャラクターの、いわゆる中の人を担当しており、リアルタイムで原稿を読み上げ、時にはアドリブでゲームを盛り上げながら、鮫のキャラクターを演じている。
このデスゲームを仕組んだ組織の正体は、ある大手企業の研究チームである。
研究内容は不死の兵士の開発。その結果辿り着いたのが、動く屍であるゾンビであった。
デスゲームと呼称されているが、その実体は研究成果であるゾンビ達の性能を試す壮大で残忍な実験である。
開催は今回で三回目を迎え、一回目は無作為に選んだ数十名の一般市民を島へと放ち、ゾンビの大群が一般市民をどれだけの時間で蹂躙したかを計測した。結果、三時間で島内に生きた人間の姿は無くなった。ゾンビに殺されて死んだ者達もまたゾンビとなり新たな戦力となる。死体を処理する手間も省ける実に合理的な実験であった。
二回目も数十名の一般市民を島へと放ったが、この時は一人一人に武器を支給した。武装した市民がゾンビ相手にどれだけ抵抗出来るのかというデータを取るためだ。一回目の実験よりは善戦したが、それでも倍の六時間も持ち堪えることは出来なかった。非力な者は言わずもがな。身体能力に優れる者も成果を上げることは叶わなかった。いかに相手がゾンビであるとはいえ、人の姿をした者を攻撃することに抵抗がある。そういった気の迷いが命取りとなったためだ。
そして今回開催された三回目の実験。テーマはずばり、戦闘能力に特化した人間対ゾンビの構図である。今回の参加者たちは戦いに慣れている。あるいは人の姿をした相手であっても攻撃を躊躇わらない精神性を持っている。そういった人間ばかりが集められている。
デモンストレーションとして最初にゾンビの餌食になった鐙允信も、連続殺人の容疑をかけられている凶悪犯だった。もっとも、彼は自分よりも非力な人間に暗闇や背後から不意打ちをくらわせるという手口で犯行に及んでいたため、素の戦闘能力はそれ程高くはなかったようだが。デモンストレーションとしてあっさり使い捨てられたのも、生存の期待値の低さ故だ。鐙の死はこの実験に何ら影響を及ぼさない。
今あの島にいる人間の中に、平凡な一般市民など一人もいない。綿上黎一と獅噛玲於奈の二人ももちろんその例外ではない。面繋の手元の資料には、二人のプロフィールも詳細に記録されている。
綿上黎一。十九歳。
名門私立大学に通う学生でありながら、殺し屋として活動する裏の顔を持つ。
優れた身体能力を駆使した格闘戦に特化しており、武器無しで複数人を殺害した実績を持つ。冷静沈着かつ機転も利くため生存能力が高い。
百重玲於奈。二十二歳。
テロリスト集団「黄昏の呼び声」の最年少幹部。格闘戦は苦手とするが、射撃の腕は一流で、幼少期より慣れ親しんでいるボウガンの扱いを最も得意とする。知略にも優れており、危機的状況を打開する可能性を秘める。
二人は今回の実験のダークホースと成り得る経歴を持っている。そんな二人が手を結ぼうというのだ。面繋が期待するのも当然だった。
「今回はどのような結末を迎えるのかな?」
これまでの実験はゾンビ対人間であったが、今回ばかりは少し状況が異なる。
戦闘能力に優れた参加者たちはいわば人の姿をした怪物。そういった観点から見れば、今回の実験は怪物対怪物の構図であるとも言える。今あの島には人間など一人もおらず。怪物しか存在していないのかもしれない。
土地勘のない森に立ち入るのは危険なので、黎一は浜辺から海沿いを西の方角に進んでみることにした。すぐ側が海なので逃げ道は少ないが、見晴らしが良いので警戒は容易だ。
歩き出してから七、八分が経過した。辺りを警戒しつつの前進なので、まだ三百メートルしか進めていない。
――地形を知るためにも、このまま海沿いに島を一周してみようか?
そんなことを考えながら歩みを進めていると、遠くからゾンビの呻き声が聞こえた。どうやら二体いるらしい。黎一は警戒を強めてバールを強く握りしめた。
「きゃああああ!」
ゾンビだけではない。若い女性の悲鳴も聞こえて来た。呻き声と悲鳴の方向は一致しているので、襲われそうになっていると考えるのが自然だろう。
――どうする? 助けに行くか。やり過ごすか。
助けに入るということは、最低でも二体のゾンビを同時に相手にしなければいけない。ゾンビの動きは緩慢なので、黎一の身体能力なら二対一でも十分立ち回れるが、デスゲーム開始早々、あまりリスクは犯したくない。
高い岩に上って、まずは周囲の状況を確認する。黎一から見て百メートルほど離れた砂浜で、セーラー服姿の女性が二体のゾンビから逃げていた。
「何だ。あの俊足ゾンビは」
ゾンビの速度は逃げる女性とほぼ同じだった。ゾンビには恐らく、息切れという概念は存在しないだろう。このまま追いかけっこを続ければ、体力の差で女性が追いつかれてしまう。このまま身を潜めてやり過ごすのは簡単だが、少なからず黎一の良心は痛む。助けに入れば女性は助かるかもしれないが、見捨てれば確実に死ぬ。直接手を下すわけではなくとも、女性の命は黎一の掌の上だ。
「あっ……」
走る女性と目が合ってしまった。無駄な体力を使わないためか、助けを求めたり叫んだりする様子は見せなかったが、視線だけは黎一から離さない。凄まじい無言の圧力を感じる。
「くそっ! ここで見捨てたら夢に出てきそうだ」
消極的な理由だが覚悟は決まった。黎一は岩から飛び降り砂浜に着地すると、女性とゾンビの方を目指し一気に駈けた。
「そのまま離れてろ」
黎一は立ち止まらずに女性とすれ違い、加速の勢いを乗せたバールの一撃を、一体のゾンビの顔面に叩きこむ。鉄のラリアットとでも呼ぶべき一撃を受けた瞬間、ゾンビの頭部が吹き飛び、盛大に血を撒き散らした。
「これで終わりだ!」
間髪入れずにバールを振り抜き、もう一体のゾンビの後頭部へと叩き付けると、一撃で首が不自然な方向へと向いた。それが決定打となり、もう一体のゾンビも完全に動かなくなった。
「食材もゾンビも鮮度が命か。笑えねえ……」
直前に倒したゾンビは、体の欠損こそ見られるが腐敗はまだ進んでおらず、いうなれば新鮮なゾンビだった。体が生前に近い状態だったからこそ、腐ったゾンビよりも身体能力が上だったのだろう。この事実はゲームの難易度が上昇ことを意味する。動きが緩慢なゾンビだけならば逃げに徹することも出来るが、無尽蔵の体力で人間並みの速度で走るゾンビも存在するとなると、ますます油断は出来ない。
黎一がその場で考察していると、突如物陰から一体のゾンビが飛び出してきた。動揺せずに、黎一は冷静にバールで迎え撃とうとしたが。
「馬鹿か俺は!」
構えようとした瞬間、バールが手から滑り落ちた。直前に倒したゾンビが新鮮であるが故、粉砕時に出血を伴った。その時バールに付着した血液が、黎一の手を滑らせてしまったのだ。
――大丈夫だ。まだやれる。
ゾンビは手を伸ばせば届く距離まで来ており、バールを拾い直す余裕はない。それでも黎一は冷静だった。首を折ることで倒せるなら格闘戦も通用する。カウンターで首をへし折ってやろうと、黎一は回し蹴りの構えを取った。
「動かないでください!」
女性の叫びが聞こえ、黎一は咄嗟にその指示に従った。瞬間。風切り音が黎一の頬をかすめる。ゾンビの眉間にボウガンの矢が突き刺さり、黎一の眼前のゾンビは力なく前に倒れ込む。黎一は一歩後退して死体を避けた。
「大丈夫でしたか?」
「おかげさまで無傷だ」
黎一が手の返り血を海水で洗っていると、セーラー服姿の女性が、ボウガンを片手に黎一の元へと駆け寄って来た。女性は黒髪を一本の三つ編みにまとめ、赤いオーバル型の眼鏡をかけている。童顔であどけなさが残るものの、意志の強そうな大きな瞳は存在感抜群だ。かなりの距離を逃げたのだろう。夏物のセーラー服は汗で体へ張り付き、スタイルの良さを際立たせている。
「助けていただき、ありがとうございました」
「礼には及ばない。俺の方こそ助けられたな」
女性がボウガンで狙撃してくれたおかげで、黎一は格闘戦というリスクを冒さずに済んだ。結果だけ見ればお互いさまだ。
「君の武器はボウガンか。見事な一撃だったけど心得が?」
「はい。少しだけですが」
黎一にはそれは謙遜に映った。少しの心得だけではあの距離で、正確に標的の眉間を打ち抜くことは不可能だ。同時に彼女が逃げていた理由にも察しがついた。あれだけ接近されていれば、ボウガンの一撃で一体を仕留めても、二射目の装填中にもう一体に隙を突かれる可能性が高い。だからこそ彼女は、距離を取るという意味でも逃げることを選択したのだろう。
「君も気がついたらこの島に?」
「はい。自宅に帰る途中で突然襲撃されて……迂闊でした」
置かれた状況は同じで、このふざけたデスゲームに強制参加させられた者同士。それ以上の情報は、互いに持ち合わせていなかった。それだけ主催者側の拉致の手口は手慣れているということでもある。
「俺は綿上黎一。大学生だ」
「百重玲於奈と申します」
「びゃくえ?」
「百に重なるで百重です」
「百獣の王みたいな名前だな」
「よく言われます。ちなみに獅子座ですよ」
「それは凄い」
三重の意味でライオン。玲於奈自身もよくネタにしているのだろう。お互いに程よく緊張がほぐれた。
「参加者同士こうして出会ったわけだが、君はこれからどうする?」
「差し支えなければ同行させていただけませんか? 一人でこの難局を乗り切るのは困難だと考えます」
最初に出会ったような緩慢なゾンビだけなら単独行動も有り得たが、今回動きが早いゾンビと遭遇したことで黎一は考えを改めた。遠距離から攻撃を行える玲於奈の存在は大きい。彼女の援護が加われば、黎一の接近戦のリスクも多少は軽減されるはずだ。少なくとも現時点では、同盟を組むことにデメリットは存在しない。
「俺も君と同意見だ。今から同盟を組まないか?」
「もちろんです。あなたが一緒なら心強い」
「決まりだな。一緒にこのふざけたゲームから生き残ろう」
「はい。私もこんなところで死んでいられませんから」
「俺のことは黎一と呼んでくれ。そう呼ばれるのが一番慣れている」
「私のことも玲於奈と呼んでください。私も名前で呼ばれることの方が多いので」
同盟の結成を祝して、二人は固い握手を交わす。ゲーム開始から一時間弱での出来事であった。
※※※
孤島から遠く離れた日本本土にある研究室で、今回のデスゲームの運営とでも呼ぶべき集団が、モニター越しに島の様子を観察していた。
「綿上黎一と百重玲於奈が同盟を結んだようですね」
「年齢が近くバランスの良い二人だ。実験を大いに盛り上げてくれそうだね」
プロジェクトリーダーであるダブルのスーツを着た壮年の男性、面繋征之助と、白衣を着た部下の総角一史が微笑を浮かべて言葉を交わす。リーダーである面繋以外の全員が白衣を着た研究者であり、島での出来事をつぶさに観察し、詳細をデータにまとめていた。
「鳩尾くん。次の配信の準備を始めておきたまえ」
「原稿の内容に変更はありますか?」
「そのままで結構だ。変更があれば知らせる」
「分かりました。配信に行ってきまーす」
面繋の指示を受け、若い女性研究者の鳩尾鞠絵が白衣を脱ぎ、別室の配信部屋へと向かった。鳩尾はタブレット端末から参加者に情報を送る鮫のキャラクターの、いわゆる中の人を担当しており、リアルタイムで原稿を読み上げ、時にはアドリブでゲームを盛り上げながら、鮫のキャラクターを演じている。
このデスゲームを仕組んだ組織の正体は、ある大手企業の研究チームである。
研究内容は不死の兵士の開発。その結果辿り着いたのが、動く屍であるゾンビであった。
デスゲームと呼称されているが、その実体は研究成果であるゾンビ達の性能を試す壮大で残忍な実験である。
開催は今回で三回目を迎え、一回目は無作為に選んだ数十名の一般市民を島へと放ち、ゾンビの大群が一般市民をどれだけの時間で蹂躙したかを計測した。結果、三時間で島内に生きた人間の姿は無くなった。ゾンビに殺されて死んだ者達もまたゾンビとなり新たな戦力となる。死体を処理する手間も省ける実に合理的な実験であった。
二回目も数十名の一般市民を島へと放ったが、この時は一人一人に武器を支給した。武装した市民がゾンビ相手にどれだけ抵抗出来るのかというデータを取るためだ。一回目の実験よりは善戦したが、それでも倍の六時間も持ち堪えることは出来なかった。非力な者は言わずもがな。身体能力に優れる者も成果を上げることは叶わなかった。いかに相手がゾンビであるとはいえ、人の姿をした者を攻撃することに抵抗がある。そういった気の迷いが命取りとなったためだ。
そして今回開催された三回目の実験。テーマはずばり、戦闘能力に特化した人間対ゾンビの構図である。今回の参加者たちは戦いに慣れている。あるいは人の姿をした相手であっても攻撃を躊躇わらない精神性を持っている。そういった人間ばかりが集められている。
デモンストレーションとして最初にゾンビの餌食になった鐙允信も、連続殺人の容疑をかけられている凶悪犯だった。もっとも、彼は自分よりも非力な人間に暗闇や背後から不意打ちをくらわせるという手口で犯行に及んでいたため、素の戦闘能力はそれ程高くはなかったようだが。デモンストレーションとしてあっさり使い捨てられたのも、生存の期待値の低さ故だ。鐙の死はこの実験に何ら影響を及ぼさない。
今あの島にいる人間の中に、平凡な一般市民など一人もいない。綿上黎一と獅噛玲於奈の二人ももちろんその例外ではない。面繋の手元の資料には、二人のプロフィールも詳細に記録されている。
綿上黎一。十九歳。
名門私立大学に通う学生でありながら、殺し屋として活動する裏の顔を持つ。
優れた身体能力を駆使した格闘戦に特化しており、武器無しで複数人を殺害した実績を持つ。冷静沈着かつ機転も利くため生存能力が高い。
百重玲於奈。二十二歳。
テロリスト集団「黄昏の呼び声」の最年少幹部。格闘戦は苦手とするが、射撃の腕は一流で、幼少期より慣れ親しんでいるボウガンの扱いを最も得意とする。知略にも優れており、危機的状況を打開する可能性を秘める。
二人は今回の実験のダークホースと成り得る経歴を持っている。そんな二人が手を結ぼうというのだ。面繋が期待するのも当然だった。
「今回はどのような結末を迎えるのかな?」
これまでの実験はゾンビ対人間であったが、今回ばかりは少し状況が異なる。
戦闘能力に優れた参加者たちはいわば人の姿をした怪物。そういった観点から見れば、今回の実験は怪物対怪物の構図であるとも言える。今あの島には人間など一人もおらず。怪物しか存在していないのかもしれない。
あなたにおすすめの小説
終焉列島:ゾンビに沈む国
もちもちほっぺ
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
If太平洋戦争 日本が懸命な判断をしていたら
みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら?
国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。
真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。
破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦
そしてそこから繋がる新たな近代史へ