怪物どもが蠢く島

湖城マコト

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第8話 最強のバディ

 島の中心部に近い森の中で、一組の参加者がゾンビの襲撃を退けていた。

「こんな場所に異動願を出した覚えはないぞ。まったく」

 長い鉄パイプでゾンビの頭部を粉砕した直後、えびら光誠こうせいは複雑な感情を処理しきれずに短髪を掻き乱した。体系は中肉中背で、服装は袖をまくったワイシャツとスラックス。顔には隈と無精髭が目立つ。

 現在の部署での仕事に限界を感じていたことと、家庭の事情が重なり、別の部署への異動を希望。それが認められ、新たな部署で心機一転頑張ろうと張り切っていた矢先、突然謎の組織に拉致され、気がつけばゾンビが蠢く島でのデスゲームに強制参加させられてしまった。冗談でも言わないとやってられない。

「笑えない冗談だけど私も同感。ゾンビ退治なんて異業種にも程があるっての」

 デスゲームの中で箙と出会い、共同戦線を結んだセミロングの黒髪の女性、四方手しおで嘉音かのんが大仰に肩を竦めた。白いブラウスとスキニーのデニムパンツを身に着けているが、ゾンビとの戦闘で返り血が飛び、ブラウスはランダムなドット柄のデザインへと変わっている。装備する得物は狩猟用のナイフで切れ味は抜群だが、リーチが短くゾンビ相手の武器としては使い勝手はあまり良くはない。

「ひとまず、窮地は脱したか」
「この島にいる限り、どこまでいっても窮地でしょう」
「リアリストだな。鏡を見ている気分だ」

 ゾンビの襲撃を退けたことで、皮肉を交わす程度には余裕が生まれた。木の幹に背中を預けて休息を取る。

「ゾンビの襲撃で切り出すタイミングが無かったけど、デモンストレーションで殺された小太りの男って、連続殺人の容疑がかかっていた鐙允信よね? さっきアナウンスのあった高紐慧蔵と中黒梓の悪名にも聞き覚えがある。もしかしてここに集められているのって、ろくでなしばかり?」

「自虐か? それとも俺に対する誹謗中傷?」

「口説き文句よ。箙さんの人となりを知っておきたいという、私なりのアプローチ」
「過激だな。死線を越えて多少は信頼を得たのだと、前向きに捉えておくか」

 遠回しだが、そろそろお互いの素性について腹を割って話しておきたいと嘉音は考えたのだろう。お互いのことはまだ名前しか知らないが、些細な発言やデスゲームに対する姿勢で、箙もある程度は彼女の正体を察し、少なくとも自身と敵対する可能性のある人間でないことは確信している。このデスゲームを生き残るためには信頼出来る味方の存在は不可欠だ。彼女の言うように、お互いを知るには良い機会なのかもしれない。

「俺は元警視庁捜査一課所属の刑事だ」
「警察関係者だというのは察しがついていたけど、まさか捜査一課の刑事とはね」
「元刑事だ。異動願を出して、それが通った途端にこの有様だ」
「きたるポストアポカリプスに備えて、警視庁には対ゾンビ課でも新設されたの?」
「だったら異動願なんて出さず、犯人を追ってる方がまだマシだったな」

 危機的状況だからこそ、嘉音の軽口がありがたかった。孤独なら苦笑いを浮かべる余裕すらなかっただろう。

「逃亡中の被疑者や未解決事件の話題に詳しいようだし、そういう君も同業じゃないのか? 記者の類かとも思ったが、戦闘の心得もあるようだしな」

 共闘しながらとはいえ、嘉音はリーチの短い狩猟用ナイフでここまで生き延びてるし、身のこなしにも隙がない。自身と同じ警察関係者ではないかと箙は睨んでいた。

「残念だけどハズレ。私は四方手探偵事務所の所長兼探偵よ。普段は弁護士事務所の依頼で証拠集めに動く機会が多くてね。事件の話題には敏感なの」
「なるほど。警察とはまた違う形で事件の捜査に関わる機会があるわけか。しかし、その戦闘能力は一介の探偵の域は越えているように見えるが?」
「守秘義務があるし詳しくは言えないけど、時には危ない橋を渡ることもあってね。自衛のためにも鍛えておかないと。命がいくつあっても足りない」
「危ない橋か。気にはなるが、もう刑事じゃないし、余計な詮索は止めておくか」

 裏を返せば、嘉音は並の探偵以上に修羅場を潜り抜けてきているということだ。このいかれた環境の中で、戦いの術を持ち、かつ常識的な人間と最初に出会えたことは、箙にとっては幸いだった。

「元刑事って話だけど、どうして異動を? 違法捜査でもバレた?」
「こっちは詮索しないのに、そっちは詮索してくるのかよ。あと、違法捜査前提なの止めろ」
「詮索出来る時にしておかないと損じゃない? もちろん早々死ぬつもりはないけど、こんな状況じゃ、五分後にどうなってるか分からないもの」

 冗談めかした物言いとは裏腹に、真っ直ぐ箙を見据える嘉音の瞳は真剣そのものだった。ひょっとしたらこれは、人生最後の一期一会になるかもしれない。初対面だからと遠慮するつもりはなかった。

「一理ある。別に隠すようなことではないから素直に言うが……妻に癌が見つかって、治療に専念することになってな。妻をサポートするために、定時で帰れる部署への異動を希望したんだよ」
「そっか。それで現場を……奥さんのためにも、絶対に生きて帰らないといけないね」
「ああ。こんなとこで死んでいられない」

 静かな頷きだが、力強い決意が込められていた。感情を共有するように、嘉音も頷きを返した。

「そういう君だって、帰らなといけない理由の一つや二つあるだろ」
「あれ。私に触発された?」
「関係者全員に聞いている形式的な質問だ」
「刑事が関係者にアリバイを尋ねる時みたいな物言いね」

 冗談めかした箙の物言いに嘉音は相好を崩すと、過去に思いを馳せて一度、目を閉じた。昨日まで存在していた当たり前の日常が、もう遥か昔の出来事のように感じられる。

「独身だし、早くに両親を亡くして家族もいないけど、心残りがあるとすれば、現在進行形で取り掛かってる案件かな。突然拉致されたものだから、連携している弁護士事務所にまだ報告出来てない情報とかもあってね。裁判中の事案に関する内容だから、ひょっとしたらこの情報が依頼人の今後の人生を左右することになるかもしれない。そのことを思うと、こんなところで死んでいられないわ。戻って私の職務を果たさないと」

「身内や依頼人。誰かのために生きて戻らないといけないのはお互いに同じということだな」

 好奇心に従って良かったと箙は感じた。お互いの信念を理解した。だからこそ最後まで生存を諦めない覚悟を感じ取れた。こういう人間とならきっと最後まで生き残ることが出来ると確信出来た。刑事の勘と言い換えてもいい。

「警察官と探偵か。私たち、最強のバディになれそうじゃない?」
「バディか。悪くない響きだ」
「二十四時間生き残って、このふざけたデスゲームの運営もとっ捕まえてやりましょう」
「そうだな。それぐらいの気概がないと生き残れるような気がしない」

 新たな決意を胸に、バディの結成を祝ってお互いに握手を交わした。
 現役の警察官や犯罪者を拉致し、デスゲームへと強制参加させる。運営はかなりの力を持つ組織であることは想像に難くない。警察官と探偵で結成した即席のバディがデスゲームを運営する謎の組織を追い詰める。最初の目標としては申し分ない。

 ※※※

「警察官と探偵か。これまた面白い組み合わせだ。配置は完全にランダムだったはずだが、運命は何とも面白い人材同士を引き合わせてくれる」

 箙と嘉音のやり取りをモニターしていた面繋は、改めて二人のプロフィールへと目を通していた。

 箙光誠。三十九歳。
 警視庁捜査一課の刑事として長年、凶悪犯罪の捜査に従事。妻が癌を患い入院したことをきっかけに、妻をサポートするために、定時での退勤が可能な部署への異動を希望している。上記の理由に加え、急増する凶悪犯罪と後手に回る捜査とのギャップに、刑事としてのモチベーションを失っていたことも、異動を決意した一因となっている。捜査一課きっての武闘派としても知られ、大立ち回りの末に犯人を確保した逸話は数知れず。

 四方手嘉音。三十二歳。
 四方手探偵事務所所長。一般向けの人探しや内偵調査の他、連携するうつぼ法律事務所からの依頼を受け、弁護依頼に関連した調査を行っている。過去に調査中に暴漢による襲撃を受けたことがあるが、持ち前の戦闘能力と危機回避能力によって事なきを得ている。

 警察官と探偵。異なる立場だがそれぞれが多くの事件と向き合い、その過程で数多の修羅場を潜り抜けている。豊富な経験値と真実を明らかにせんとする正義感を持ち合わせた二人の出会い。全参加者の中で最も実直なバディの誕生であった。

「我々を捕まえる気満々のようですが、大丈夫でしょうか?」

 研究員の総角が面繋の顔色を伺う。今回の壮大な実験に際して入念な準備が進められ、参加者の拉致等も一切の証拠を残さず適切に処理されている。足がつくことは考えにくいし、組織は警察関係者にも顔が利く。デスゲームの参加者たちに何が起ころうとも、彼らはあくまでも通常の行方不明者と同じ扱いになる。

 しかし、そうだとは分かっていても、本気で組織の根幹に辿り着くのではと思わせるだけの熱量と実績が二人には備わっていた。例え正攻法ではなくとも、このデスゲームこと壮大な実験を白日の元に晒すのではないか? 総角は一抹の不安を覚えずにはいられなかった。

「その時はその時だ。彼らが生き延びた末に我々を告発してみせたなら、それもまた運命というものだよ」
「主任。本気で言っていますか?」
「私はいつだって本気だよ。この先、何が起きるかなんて誰にも分からない。彼らはもちろん。私や君だってね」

 面繋いつだって冗談めかした口調であり、職場での雑談も実験で残酷な光景をモニターしている最中であっても、その飄々とした様子は変わらない。総角が面繋と一緒にプロジェクトに関わることになって三年になるが、一度だって彼の本心を垣間見たことはない。本気という枕詞には一切の説得力は感じられなかった。

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