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第26話 脱出への鍵
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ゲーム開始から十八時間が経過した午前六時。夏場ということもあり日は高く、ライトを使わずとも周囲はもう明るい。
一方で夜明けを迎えてなお、生き残った参加者たちの心境は決して明るいものとはいえない。
兜頼弘を失ったことで、玲於奈は目に見えて口数が減っているし、黎一も感情を表には出さないまでも、兜の犠牲に思うところがあり、ボーっとしているような時間が増えている。
――あまり良くない兆候だな。
リアリストであり、三人の中で唯一心を乱さず冷静に構えている胴丸は、黎一と玲於奈の精神状態が今後の行動に悪影響を及ぼすのではと懸念していた。二人の戦闘時の集中力は凄まじく、そうそう足元を掬われることはないと思うが、憂いというのは本人の意志に反して肉体に隙を生むこともある。
現在三人は、ゾンビだらけの旧日本軍の施設から距離を取り、島の南端の海岸に身を寄せていた。森を突破する際に数度ゾンビとの接触があったが、幸いにも野良の個体ばかりで、施設内にいた時のような大規模な戦闘には発展していない。だがもしも今後、大規模な戦闘が起こった時、玲於奈と黎一が最大限のポテンシャルを発揮して戦えるのかどうか一抹の不安は残る。
――いや、それは私も同じか。
黎一と玲於奈の心境を案じているということは、胴丸もまた心に憂いを飼っているのと同じ。あまり偉そうなことは言えないなと、胴丸は己を省み得る。元々は自身の生存確率を上げるために共闘していただけに過ぎないが、激戦を潜り抜けたことで少しばかり情が移ってしまったようだ。一種の吊り橋効果かもしれない。
「皆様。ご無沙汰しております。ゲームも残り六時間を切りましたところで、途中経過をご報告申し上げます」
そんな複雑な心境を抱く一行を嘲笑うかのように、数時間ぶりに鮫のキャラクターが、お馴染みの機械音声と共に、画面上に姿を現した。
『ゲーム開始から十八時間現在。生き残っている参加者は五名となっております。夜間の戦闘で多くの方が命を落とされました。実に嘆かわしいことです』
「白々しい……」
まるで他人事のような鮫のキャラクターの物言いに、玲於奈は眉を顰めて不快感を露わにした。
「脱落なされたのは、蛭巻惣吾様。鞍橋月彦様。鯉口蜜花様。稲城威志男様。兜頼弘様の計五名となります』
「兜さん……」
非情な現実を突き付けられ、黎一は目を伏せて俯いた。
兜ならばあのような絶望的な状況からでも生還する可能性に賭けていたが、淡い希望は不快な機械音声によって呆気なく打ち砕かれてしまった。
「五人か。あと二人は何者だ?」
胴丸は自分たち以外の生存者に関心を抱いた。昨晩の時点で、旧日本軍の施設に到着した面々以外にも生存者がいることは把握していたが、まさか夜を生き抜くとは思っていなかった。旧日本軍の施設は地下に大量のゾンビが潜む危険なビックリ箱だったが、食料や水の確保や休息、武器の手入れを行うことが出来たのも事実だ。残る二名の生存者は補給や休息も無しに夜間を生き抜く程の強者なのか。あるいは奇跡的に安全圏を確保出来た幸運の持ち主だったのか。いずれにせよ、終盤まで生き残っている二名がただ者でないことだけは間違いない。今後遭遇する可能性もあるので、願わくば有害な人物でないことを祈るばかりだ。
『お次は情報提供のお時間です。今回お伝えする情報はこれまでに増して重要な情報ですので、お聞き漏らしのないように』
鮫のキャラクターの表情に影がかかり、文字通り顔色が変わった。
『ゲームも終盤戦に入ってまいりましたので、この島から脱出方法。迎えの船についての説明をさせていただきます。迎えの船は本日正午きっかりにこの島の北の海岸へと停泊する予定となっております。ですが、定刻となれば無条件で脱出出来るというわけではありませんのでご注意を』
「また俺らに何かをさせるつもりか?」
話の流れに不穏な空気を感じ、黎一の眉尻が上がる。このゲームの主催者が素直に物事を進めてくれた試しがない。
『この島へと到着した時点で、船のエンジンは一度完全に停止いたします。そして、再度エンジンをかけるためには、専用の起動キーが必要となるのですが……もうお分かりですね?』
「黎一さん。これって」
「どうやらまた、火中の栗を拾わせるつもりらしいな」
黎一だけではない。皆が同じ気持ちだった。魅力的な餌を用意し参加者を死地へと追い込むのは、主催者のいつものやり口だ。
「胴丸さん。焼き栗はお好きですか?」
「まあ、人並みには。一番好きなのは栗おこわだが」
兜が生きていたらきっとこう言ってただろう。黎一は自然と胴丸に問い掛けていた。
『参加者の皆様には、船を動かすためのキーを入手していただきます。あらかじめ申しておきますが、船無しでの脱出は不可能ですので、キーの入手は脱出の絶対条件でございます。キーの所在については後ほど、端末上に表示致しますのでお楽しみに』
鮫のキャラクターが船にキーを差し込んで起動させ、徐々に画面からフェードアウトしていくという演出がなされる。映画などでは船を襲うシーンのイメージが強い鮫が、ボートを操縦する姿はどことなくシュールだ。
「事実上の強制参加か。どんな罠が待ち受けているのやら」
旧日本軍施設にゾンビが湧きだしたのも、主催者側の仕掛けた罠もとい、演出だったと考えるのが自然だ。キーがある場所とやらに、また大量のゾンビが潜んでいる可能性は十分に考えられる。
『私からは以上です。後ほど表示されるキーの情報をお待ちください」
鮫のキャラクターが船ごと消えるのと同時に画面が暗転した。
「二人とも。覚悟は出来ているね?」
「キーを手に入れる以外にこの島から脱出する方法はありませんからね。がむしゃらに食い破ってやりますよ」
「私もです。ここまで来たら何が何でも生き残ってみせます」
胴丸は若者二人の表情を見て少しだけ安心する。兜を失ったショックはまだ抜けきらないだろうが、絶対に生き抜いてみせるという強い覚悟が二人の目から感じられた。こういう目をした人間のことは信じられる。
――残る二人はどう動くかな。
キーを手に入れることが脱出の絶対条件である以上、それを手に入れる過程で残る二人と遭遇する可能性は極めて高い。いまさら人間同士で衝突するのは馬鹿らしい。相手は話しの分かる人物であってほしいと胴丸は願った。
一方で夜明けを迎えてなお、生き残った参加者たちの心境は決して明るいものとはいえない。
兜頼弘を失ったことで、玲於奈は目に見えて口数が減っているし、黎一も感情を表には出さないまでも、兜の犠牲に思うところがあり、ボーっとしているような時間が増えている。
――あまり良くない兆候だな。
リアリストであり、三人の中で唯一心を乱さず冷静に構えている胴丸は、黎一と玲於奈の精神状態が今後の行動に悪影響を及ぼすのではと懸念していた。二人の戦闘時の集中力は凄まじく、そうそう足元を掬われることはないと思うが、憂いというのは本人の意志に反して肉体に隙を生むこともある。
現在三人は、ゾンビだらけの旧日本軍の施設から距離を取り、島の南端の海岸に身を寄せていた。森を突破する際に数度ゾンビとの接触があったが、幸いにも野良の個体ばかりで、施設内にいた時のような大規模な戦闘には発展していない。だがもしも今後、大規模な戦闘が起こった時、玲於奈と黎一が最大限のポテンシャルを発揮して戦えるのかどうか一抹の不安は残る。
――いや、それは私も同じか。
黎一と玲於奈の心境を案じているということは、胴丸もまた心に憂いを飼っているのと同じ。あまり偉そうなことは言えないなと、胴丸は己を省み得る。元々は自身の生存確率を上げるために共闘していただけに過ぎないが、激戦を潜り抜けたことで少しばかり情が移ってしまったようだ。一種の吊り橋効果かもしれない。
「皆様。ご無沙汰しております。ゲームも残り六時間を切りましたところで、途中経過をご報告申し上げます」
そんな複雑な心境を抱く一行を嘲笑うかのように、数時間ぶりに鮫のキャラクターが、お馴染みの機械音声と共に、画面上に姿を現した。
『ゲーム開始から十八時間現在。生き残っている参加者は五名となっております。夜間の戦闘で多くの方が命を落とされました。実に嘆かわしいことです』
「白々しい……」
まるで他人事のような鮫のキャラクターの物言いに、玲於奈は眉を顰めて不快感を露わにした。
「脱落なされたのは、蛭巻惣吾様。鞍橋月彦様。鯉口蜜花様。稲城威志男様。兜頼弘様の計五名となります』
「兜さん……」
非情な現実を突き付けられ、黎一は目を伏せて俯いた。
兜ならばあのような絶望的な状況からでも生還する可能性に賭けていたが、淡い希望は不快な機械音声によって呆気なく打ち砕かれてしまった。
「五人か。あと二人は何者だ?」
胴丸は自分たち以外の生存者に関心を抱いた。昨晩の時点で、旧日本軍の施設に到着した面々以外にも生存者がいることは把握していたが、まさか夜を生き抜くとは思っていなかった。旧日本軍の施設は地下に大量のゾンビが潜む危険なビックリ箱だったが、食料や水の確保や休息、武器の手入れを行うことが出来たのも事実だ。残る二名の生存者は補給や休息も無しに夜間を生き抜く程の強者なのか。あるいは奇跡的に安全圏を確保出来た幸運の持ち主だったのか。いずれにせよ、終盤まで生き残っている二名がただ者でないことだけは間違いない。今後遭遇する可能性もあるので、願わくば有害な人物でないことを祈るばかりだ。
『お次は情報提供のお時間です。今回お伝えする情報はこれまでに増して重要な情報ですので、お聞き漏らしのないように』
鮫のキャラクターの表情に影がかかり、文字通り顔色が変わった。
『ゲームも終盤戦に入ってまいりましたので、この島から脱出方法。迎えの船についての説明をさせていただきます。迎えの船は本日正午きっかりにこの島の北の海岸へと停泊する予定となっております。ですが、定刻となれば無条件で脱出出来るというわけではありませんのでご注意を』
「また俺らに何かをさせるつもりか?」
話の流れに不穏な空気を感じ、黎一の眉尻が上がる。このゲームの主催者が素直に物事を進めてくれた試しがない。
『この島へと到着した時点で、船のエンジンは一度完全に停止いたします。そして、再度エンジンをかけるためには、専用の起動キーが必要となるのですが……もうお分かりですね?』
「黎一さん。これって」
「どうやらまた、火中の栗を拾わせるつもりらしいな」
黎一だけではない。皆が同じ気持ちだった。魅力的な餌を用意し参加者を死地へと追い込むのは、主催者のいつものやり口だ。
「胴丸さん。焼き栗はお好きですか?」
「まあ、人並みには。一番好きなのは栗おこわだが」
兜が生きていたらきっとこう言ってただろう。黎一は自然と胴丸に問い掛けていた。
『参加者の皆様には、船を動かすためのキーを入手していただきます。あらかじめ申しておきますが、船無しでの脱出は不可能ですので、キーの入手は脱出の絶対条件でございます。キーの所在については後ほど、端末上に表示致しますのでお楽しみに』
鮫のキャラクターが船にキーを差し込んで起動させ、徐々に画面からフェードアウトしていくという演出がなされる。映画などでは船を襲うシーンのイメージが強い鮫が、ボートを操縦する姿はどことなくシュールだ。
「事実上の強制参加か。どんな罠が待ち受けているのやら」
旧日本軍施設にゾンビが湧きだしたのも、主催者側の仕掛けた罠もとい、演出だったと考えるのが自然だ。キーがある場所とやらに、また大量のゾンビが潜んでいる可能性は十分に考えられる。
『私からは以上です。後ほど表示されるキーの情報をお待ちください」
鮫のキャラクターが船ごと消えるのと同時に画面が暗転した。
「二人とも。覚悟は出来ているね?」
「キーを手に入れる以外にこの島から脱出する方法はありませんからね。がむしゃらに食い破ってやりますよ」
「私もです。ここまで来たら何が何でも生き残ってみせます」
胴丸は若者二人の表情を見て少しだけ安心する。兜を失ったショックはまだ抜けきらないだろうが、絶対に生き抜いてみせるという強い覚悟が二人の目から感じられた。こういう目をした人間のことは信じられる。
――残る二人はどう動くかな。
キーを手に入れることが脱出の絶対条件である以上、それを手に入れる過程で残る二人と遭遇する可能性は極めて高い。いまさら人間同士で衝突するのは馬鹿らしい。相手は話しの分かる人物であってほしいと胴丸は願った。
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