怪物どもが蠢く島

湖城マコト

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第29話 鮫鞘

「この辺りまでくれば大丈夫かな」

 黙々と森の中を進む季里に導かれるまま五分ほど歩き続け、一行は深い木々の生い茂る一角までやってきた。幸いなことに、ここへ来るまでの間にゾンビ達からの襲撃は起こらなかった。

「特別な場所には見えないが?」

 季里が場所を変えた理由には胴丸も察しがついていたが、この場所が安全なのかどうかまでは判断出来なかった。

「運営だって流石に島の全てを監視しているわけじゃないからね。ここはカメラからは完全な死角になっているから、内緒話には打ってつけよ」
「よくそんな場所を見つけられたな」
「後々必要になるかと思って、早い段階で目星をつけておいたのよ」
「島内がゾンビだらけの異常事態でか? ずいぶん冷静だったんだな」
「こうなることは覚悟はしていたからね」

 季里の口振りは突然この島に連れてこられた他の参加者達とは明らかに異なっていた。運営側から死角となる場所を早い段階で確保し、覚悟も決まっていたとなると、彼女はこの島で起こる出来事をある程度は予測していたことになる。

「君は何者だ?」
「正式な身分は明かせないけど、国に仕える隠密ってところかしらね」
「なるほど、事前に情報を掴んでいたのか」

 公安かあるいは決して表舞台には出てこない未知の諜報機関か。いずれせよ、そういった組織に属する捜査官がこのゲームに紛れ込んでいてもおかしくはない。この島に蔓延るゾンビはそれだけ異常な存在だ。

「人間をゾンビの檻に放り込む狂気の催しは今回が初めてじゃない。私達の掴んだ情報によると過去に二度、一般人を使って同様の試みが行われていた可能性がある。その時期、一般人の不自然な失踪が多発していてね。第三開催の兆候を掴み、私が送り込まれたというわけ」

「よく潜り込めましたね。俺らもそうですけど、ここに集められた人間は、唐突に拉致された者が大半でしょうに」
「私だってそうよ。連中の人選に引っかかるように、経歴や身分をいじっておいたんだ。戦闘能力にも自信はあるしね」
「何というか、手が込んでますね」
「この程度のこと、私の所属先では日常茶飯事よ」
「なるほど……」

 黎一はウインク交じりに微笑む季里の姿を見て、彼女と彼女の所属する諜報機関には目をつけらたくないなと思った。それはこの場にいる全員が思っていることだろう。この場にいるのは殺し屋、裏社会の金庫番、テロリストの娘という非常に濃い面子なのだから。

「鍬形さんも一文字さんの同僚ですか?」
「まさか。俺は脛に傷のある一般参加者さ。一文字とはこの島で初めて知り合った。別に正義感なんてものはないが、高みの見物を決め込む運営連中にムカついてるのは事実だ。奴らに一泡吹かせてやりたいという点で、俺と一文字の利害は一致している」
「アウトローぶって。素直じゃないんだから」
「……ぬかせ。利害が一致していなければ誰がお前みたいな奴と」

 タジタジな鍬形の様子から、どちらが主導権を握っているのかは明らかだった。後ろ暗い過去があるのは事実だが、この島を共に生きぬいてきた相棒として、季里は鍬形に信頼を寄せているのだろう。利害関係の一致だけで乗り切れる程、この島で過ごした二十時間は優しくはなかったはずだ。

「さてと、前置きはこのぐらいにしておいて、そろそろ本題に入りましょうか」

 季里が両手を打ち鳴らすと同時に、場の空気が一気に引き締まる。
 これまではじっくりと考察する余裕が無かっただけで、このゲームの実体は誰もが知りたかったことである。事情を知らぬまま地獄をさまようことほど恐ろしいことはない。

「結論から言うとこれはデスゲームという体で行われている壮大な実験よ。あのゾンビと呼ばれる動く屍は、ある種の生物兵器のようなものね」
「実験か。まあ、ゲームだと言われるよりはよっぽど説得力があるな」

 単なるデスゲームではないとは胴丸も予想していた。ゲームと呼ぶには人選が偏っているしルールもあまりに単純すぎる。興行としては面白味に欠けるのだ。武闘派を中心に集めたのも、生物兵器であるゾンビの性能のチェックのためと考えれば辻褄は合う。

「どちらにせよ。連れてこられた身としては堪ったもんじゃないですけどね」

 黎一は不快感を露わにし、負の感情を吐き出すように足元の小石を蹴り飛ばした。デスゲームだろうが実験だろうが、主催者に駒として扱われているという事実に代わりはない。残機一の駒の命は、この島の中であまりにも軽い。

「それで、このいかれた実験の主催者というのは何者なんだ?」

 核心をつく質問が胴丸から発せられ、皆の視線が季里へと集中する。

「日本有数の大企業と言えばお分かりかしら」
「まさか。鮫鞘グループか?」

 日本に住んでいればその名を知らぬ者はいないであろう、日本有数の大企業、鮫鞘。グループ内には様々な業種の企業を抱えており、中でも製薬、医療機器の開発を行う鮫鞘製薬工業。軍需産業にも食い込む鮫鞘重工業。国際貿易、運輸を行う鮫鞘商会の三社はそれぞれ単体でも世界に名を馳せる有名企業だ。

 テレビやインターネット広告で鮫鞘グループ系列の企業のシーエムを見ない日はなく、家庭向けの栄養ドリンクからインフラ整備、果てには宇宙開発に至るまで、鮫鞘グループが関わる商品や事業の数は枚挙に暇がない。

「身近な名前すぎて、逆に恐ろしいな」
「私もです。頭痛薬はいつも鮫鞘製を使っているので……」

 いっそのこと黒幕が悪の秘密結社か何かだったら、その方がよっぽど受け入れやすかったかもしれない。社会貢献活動にも積極的な有名企業がその裏で、非人道的な実験を行っていたという事実は、裏社会で生きる黎一たちにとってもショッキングなものだった。鮫鞘の二文字はあまりにもインパクトが強すぎる。

「しかし、あれ程の有名企業がどうして生物兵器の開発に? 私にはメリットが分からない」
「その辺りの事情はまだ調査中だけど、研究自体はかなり昔から行っていたみたいよ。元々は戦前に、当時の軍部と協力して行っていた不死の兵士の開発が下地になっているようだし」
「確か鮫鞘グループの始祖は、明治期創業の鮫鞘薬品工業だったな。もしかしてこの島は」
「ご名答。この島は戦前に、当時の軍部と鮫鞘薬品工業が共同研究を行っていた場所よ。現在でもこの島は鮫鞘グループの管理下にあり、そこで何が行われているかは、私達が体験した通りよ」
「想像以上に歴史ある実験場というわけか。どうりで主催者側も手慣れている」
「いくつか未確定の情報もあるけど、現状で私が知りている情報はこんなところよ。何か質問はある?」

 しばしの沈黙の後、玲於奈が控えめに挙手した。

「鮫鞘グループがゾンビを利用して、社会的混乱を引き起こす可能性はあるのでしょうか?」
「現状では不明だけど、例え鮫鞘側にその意志が無くとも、何かの弾みでゾンビが外部に流出したり、悪意ある人間に利用されたりする可能性だって否定できない。いずれにせよ、こんな危険な代物を放置しておくわけにはいかないわね」

 季里のもっともな意見に一同は揃って頷く。
 例えば人口の多い都心部などにゾンビが出現すれば、同族がネズミ算式に増え、早々に地獄絵図が形成されるのは想像に難くない。意図的であれ過失であれ、外界に溢れてしまったらそんなことは些細な問題でしかなくなる。

「幸いなことにゾンビはまだ実験段階。すぐさま実用化ということはないでしょう。それまでの間に証拠を揃えて、鮫鞘グループの暴挙を食い止めてみせるわ。私という、ゾンビと直接対峙した生き証人もいることだしね」
「生き証人を名乗るのはまだ早くないか? 我々はまだ檻の中だ」
「それもそうね。じゃあ、生き証人になる予定ということにしておきましょうか」

 胴丸の現実的な意見を受けて、季里は苦笑交じりに頬に手を添える。

「出来れば、この場にいる全員で生き残りたいものね。証人は一人でも多い方がいい」

 任務優先ではあるが、可能な限り犠牲は出したくないという正義感が季里の中にはある。この場にいる全員の力を合わせてキーを入手し、全員で脱出の船に乗ることが彼女の理想だ。

「俺らも同じ気持ちですよ。死んでゾンビなったら、主催者側の思うつぼですしね」

 死なないことこそが主催者側に対する最大の攻撃だと黎一は考えている。兜の犠牲の上に成り立っている命をそう簡単には終わらせるわけにはいかない。

「私もこんなところで死ぬつもりはありません。まだ途中までしか見ていないドラマが何本もありますから」

 玲於奈は黎一の言葉に力強く頷くと、はボウガンに矢を装填し、数十メートル離れた木々の間へと照準を合わせ、射出した。
短いうめき声と共に、眉間に矢が突き刺さった一体のゾンビが姿を現し、前のめりに倒れ込んだ。それを皮切りに今度は黎一が鉈とネイルハンマーの二刀流で飛び出し、木陰に潜む二体のゾンビへと斬りかかった。

「手を貸そうか?」
「二体だけなら俺一人で十分です」

 鍬形に返答した瞬間、黎一は鉈で一体のゾンビの顔面を、上顎と下顎の境目で両断。振り抜き様にネイルハンマーの釘抜き部分を一体の側頭部を突き刺し、怯ませると、渾身の回し蹴りでゾンビの頭部を太い木へと叩き付け、その頭部を完全に粉砕した。

「凄い子達ね」
「私はもう慣れた。若者の人間離れというやつだよ」

 二人の活躍ぶりを、大人組は感嘆の声を上げて眺めていた。すでにゾンビの対処などお手の物。戦いの中で成長し、二人の戦闘能力はデスゲーム開始以降、最高潮に達している。

「胴丸さんだったよね。あなたにはこれを渡しておくわ」
「何だこれは?」

 季里から手渡されたメモ書きには、電話番号らしき数字が記されていた。

「私の同僚の連絡先よ。私がこの島を脱出出来なかった場合は、代わりにゾンビの危険性を知らせてちょうだい。私の名前を出せば全て察してくれる」
「どうして私に?」
「あなたが一番冷静に対処してくれそうだと思ったからよ」
「私はこう見えても裏の人間だ。人選ミスだと思うがね」
「知っているわ。あなたの顔には資料で見覚えがあったから」
「知ってて託すのか?」
「そうよ。あなたは頭の良い人だから、社会秩序を崩壊させかねない火種を放ってはおけないでしょう?」

 堂々と言い切る季里を見て、胴丸は破顔一笑した。確かに季里の言う通りだ。社会秩序が崩壊してしまっては表と裏、胴丸の商売にも多大な被害が及ぶ。そういう事態が起こらないように胴丸が動くと季里は分かっているのだ。

「いいだろう。万が一の場合は、私が責任を持って君の仲間に連絡しよう。だが」

 言いかけて胴丸は季里の肩に優しく触れた。

「面倒ごとは嫌いだ。出来れば君自身の手で全て頼むよ」
「ええ、もちろんそのつもりよ」

 胴丸の遠回しな気遣いを受けて、季里は嬉しそうに微笑んだ。

 デスゲーム開始から間もなく二十一時間。
 ゾンビだらけの島での極限サバイバルは、最終局面を迎えつつある。
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