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宇宙がうるさいので取り巻き全部ころして美少女に作り変えてみた

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 煮え立つは窮極の渾沌、その中心。
 演奏会の練習を真面目にやる気が微塵もない学生が吹くかのような、めちゃくちゃな笛の音が闇の中に響いている。
 幼稚園児におもちゃにされた各種打楽器のような音も、鳴り響いている。
 クレヨンで落書きしていないだけマシ、といった有り様だ。
「これ、うるさくない?」
 血の滴る舌を上に伸ばしている巨大な怪人がぼやいた。
 通称“舌怪人”である。
 ムチのように舌をしならせて天を舐めとろうとするその不遜な態度で、彼はどうやって言葉を紡いでいるのか。1d20/1d100を振る勇気のある者のみが、それを尋ねる資格を持つ、とだけ書き記しておこう。
「仕方ないだろ、赤ちゃんなんだから」
 顔のないジャージーデビルがぞんざいに返す。
 首から上には濃厚な闇そのものしかない。闇が顔なのではない。そこに実態が存在する気配がなく、それでも顔を認識しようと目を凝らせば最後。魂を吸い取られてしまうのである。
 通称“顔なしジャージー”である。
 顔がないのにどうやってしゃべっているのか。1d20/1d100を振る勇気のある者のみが、それを尋ねる資格を持つ、とだけ書き記しておこう。
 この不快な演奏を止めた時、インド神話めいたスケールの大きい邪神が癇癪を起こすと伝えられているのだ。
「というか、宇宙なのにどうして音がするんだ?」
 めちゃくちゃな遠近法で描かれた剥き出しの乳房を、無数に放射状に並べたような物体が疑問を発した。その声は、聞く者が最初に自慰のオカズにした声優の声と同じである。
 実体なのか幻像なのか、視覚でそれを確かめる術はない。触れることでしか確かめることができない乳房の集合体。
 しかし、許可なく触れることはセクシュアルハラスメントに該当してしまうという巨大なジレンマの権化だった。
 通称“おっぱいブルトン”である。
 当然のごとく、おっぱいブルトンにも口はない。おまけに、自ら発した「宇宙に音はない」という常識を自分で無視している。その理由を知る資格があるのは、無論、1d20/1d100を振る勇気のある者のみである。
「今日のテーマは、演奏を止めさせても窮極の赤ちゃんが癇癪を起さない平和な世界の作り方、でよろしいか?」
 舌怪人が人差し指を立てて提案し、慌てて人差し指を折って中指を立てた。
「おう、いいね。部活みたい。部活と言ったら、青春!」
「青春と言ったら、性旬!」
「性旬と言ったら、生(は)瞬(間的に終わる)!」
「でさぁ、青春とは心の持ちようであり年齢のことではない、とか遠い目で児童生徒に長い話するおじさんは何なの? ほぼイキかけてるの?」
「要は、癇癪を別の感情に置換して発散するよう、煮え立つ渾沌赤ちゃんに理性を与えればいいんだよな」
「結論出たじゃん! 部活終了! 風呂いってくる!」
「ババンババンバンバン、実行しろよー!」
「では、実行しよう」
「実行しよう」
「お風呂沸いたわよ~」
 そういうことになった。

「まず服を脱ぎます」
「全裸に種々の有害な宇宙線が気持ちいいですね」
「では理性劇的向上剤、通称“理アップ”を撃ちます」
「また髪の話してる」
 おっぱいブルトンの第四十八乳房が膨張したかと思うと、弾性を得て跳ねた。
 雄渾に反り返った第四十八乳房は、乳首より“理アップ”薬液を発射した。
 薬液は無重力を無視して放物線を描き、直視しただけで精神が溶解、蒸発いずれもマッハな渾沌(おとめ)の中心へとぶっかけられた。
「弾着、今ッ!」
 どくどくと脈打つ乳房は薬液をかけ続け、やがて萎れて垂れた。
「よし、演奏を止めろ」
「わかった! 演奏者の息の根を止める!」
 顔なしジャージーの顔ではない顔から闇が伸びると、醜怪な無数の演奏者たちを光すら飲み込む絶大な重力が襲った。紙をもしゃもしゃと丸めるように蹂躙、圧殺された演奏者たちは闇に呑まれた。
 渾沌のまします神殿は、瞬く間に静寂に支配された。
「いや、まだだ」
 静寂の支配は三秒天下、渾沌の中心より癇癪がほとばしる。
 力強いソプラノ歌手の悲鳴、ヤギの怒声、高所から落ちた無数の鉄骨が叩きつけられる音、糞便を尻よりひり出す音、耳元で鳴る蜂の羽ばたき、そして噴火……。
 音の洪水が、調和しないという調和をして性交のリズミカルで猥褻な水音へと収束する。

「う、創世(うま)れる……!」

 朗々としたバス声の合唱めいた叫びの後、渾沌は爆ぜた。
 視神経を灼き切るまばゆき爆光が、全宇宙を遍く照らす。
 破滅の光漠は、惑星を蒸発させ恒星を塵に変え銀河を溶かした。
 宇宙を灼熱地獄へと変えて爆誕せしは、一人の美少女。
 理性ある者は彼女を畏れ、頭を垂れるが良い。理性なき者は彼女を侮り、死罰を賜るが良い。
 おお、幸いなるかな! 祝福せよ! すべての秩序を滅ぼし、原初の虚無を再臨させし超越者が汝の前に在る。

「お腹空いた」

 溶けた銀河を流したような目にも鮮やかなる御髪は白銀、透き通ったすべらかな肌は雪花石膏(アラバスター)。
 整った眉の下にぱっちりとした二重の肛門を左右に三対、鼻梁には裏筋のくっきりしたペニスを備え、顔の輪郭に沿って放射状に並んだ六つのヴァギナはまさに芸術品。
 左右の肩と肩甲骨からは艶めかしい脚が伸び、その曲線美を惜しげもなくさらけ出している。
 ふっくらとした二つの胸の膨らみに散りばめられた眼球は、注がれ続ける男たちからの卑猥な視線を静かに見つめ返す凛としたもの。
 背に負う無秩序に伸縮を繰り返す六対の腕は、後光を思わせる神々しさである。繊指(せんし)で下品なハンドサインを見せびらかして尚、その威光はゆるぎない。

「お腹空いた」

 恥丘を裂いて伸びる形のいい唇が、聞く者の耳を孕ませる甘い声で欲求を繰り返した。
「馬鹿野郎―ッ! これのどこに理性があるんじゃい!」
 舌怪人は読者が種族として理解できない名状しがたい美貌を怒りに歪め、おっぱいブルトンの胸倉を掴んだ。無論、乳房だらけなので読者は好きな胸倉を想像すればそれで事足りるし、警察も裁判所も銀河もろとも消滅しているので舌怪人のセクハラを裁ける者はおっぱいブルトン本人を除いて存在しない。
 顔なしジャージー? 彼は民事不介入だ。
「言葉をしゃべっているじゃないか。破壊や横暴を排除して、言語によるコミュニケーションで以って自らの欲求を発し、その充足を目指して我々に干渉している」
「新しい破壊や横暴はねーけど、この宇宙を見ろ! こいつの誕生で全宇宙が灰燼に帰したぞ!」
「大丈夫、宇宙は膨張を繰り返すから」
「話が通じない!?」
「この渾沌はどこも自滅も再生も繰り返していない」
「ねぇねぇ」
「どうした?」
「秩序(ちつじょ)って、膣女(ちつじょ)って誤字れて楽しいよね」
「教室にある紙の国語辞典で性器を調べて、マーカー引いて喜ぶ中学生か!」
「いやぁ、俺は和英辞典派」
「どっちでもいい!!」
「せんせーい、生き物の細胞って日常的に死滅と再生を繰り返していると思いまーす」
「揚げ足を取るな! 俺は先生じゃないし、仮におまえらが生徒なら即刻辞表書くわ!」
「一体、この場に自我のある存在は何体いるのか。ついてこられる読者は存在するのか、そして男体山が性同一性障害だった世界線はどうなってしまうのか」
「今更だな! そして後半どうでもいい!!」
「しかしですね、作者はすべてを把握しておく必要があるんですよ。たとえ作中に明記されていないとしても」

「お腹空いた」

「いちいち改行してんじゃねぇーっ!!」
 おっぱいブルトンは無数に乳房を増殖させることが可能だが、同時に展開できる自我の数はがんばっても十九億ということにしておこう。
当然、作者には制御できないので現在展開している自我の数は十。作者の都合で文章ごとにそれが零~九個減る。これマスクデータな。
「開示するな!!」
「おい、おまえ誰としゃべってんの?」
「地の文すら渾沌に吞まれたか」
「こういうのを作者のオナニーと言います」
「つまり読者は現在、疑似的に作者の精子の群れを飲んでいるということです」
「精子飲んでくれる女優さんはいい人」
「ねぇ、輪フェラを撮影した後の男優さんって兜合わせに目覚めたりしないの?」

「お腹空いた」

「以上の流れにより、作品上で秩序を保たんとしているのは窮極の赤ちゃん改め美少女のみだな」
「待て、誰がしゃべっているか明示せずにこの無秩序に俺たちを巻き込むな」
「中学時代に和英辞典で性器を調べてマーカーで塗ったやつがよく言うぜ」
「一人称の一致だけで決めつけるなよ、俺は舌怪人だ。和英辞典野郎はおっぱいブルトンだろ」
 ちなみに、作者は教室の備品にマーカーを引いたことはありません。
 同級生がしでかしたことに対し国語教師がおこだったのを眺めていただけの、人畜無害のキチガイモブでした。
「自我のある存在は~から同段落終わりと、次の段落はすべておっぱいブルトンの一人芝居なんです! 読者のみなさん、お願い信じて……ぼく、悪い顔なしジャージーじゃないよ! ぷるぷる!」
「ただでさえ講壇調もどきの地の文で奇を衒ってるのに、あんまり第四の壁の向こうへ語り掛けるなよ」
「今更だが、ひとまず仕切り直そう」
「あ、ネット小説への悪口がごっそり消えてる」
「ブーメラン放り投げたら、精子でバリバリに固められたブーメランパンツ返ってきそうな駄文だったからな」
「仕切り直そう! お願い、仕切り直させて」
 そういうことになった。
「さて、窮極の美少女はメシを所望だ」
「仕切り直せてよかったね」
「メシ起源神話というと、いわゆる地母神の死体から食物が発生するというのがあるな」
「そうだね! ハイヌウェレ型食物起源神話だね!」
「よっし! おっぱいブルトンの乳を切り落とせ!」
「オッケー、ジャージー! 俺の鋭い舌鋒(物理)で切り落としてしんぜよう」
「待って、舌怪人! 殺す前から食べ物出せる神話もあるよ」
 舌怪人が尖らせた舌の先を砥石で研ぎだしたところで、おっぱいブルトンが制止をかけた。
「あっ、てめ! おっぱいブルトン! 顔に乳かけるんじゃねぇよ!」
 舌怪人の顔に母乳もかけていた。顔射である。ここをしっかり覚えておいてください。
「オオゲツヒメという日本の女神は体中の穴という穴から、食べ物を出す権能があったんだ」
「なるほど。あの潔癖な民族のいただく神としてはなかなか……」
「料理をお出ししているところを覗いた、英雄神スサノオはブチギレてオオゲツヒメを殺してしまうんだよ」
「暴力! やはり暴力はすべてを解決する」
「見るなの禁好きだよな、あの国」
「『鶴の恩返し』も、実はまんこで機織りしてたんじゃね?」
「どゆこと!?」
「いや、スサノオの悪行の中にあるじゃん。機織りしてた女性のまんこに機織りの道具ぶっ挿して殺しちゃった話」
「つまり、『鶴の恩返し』の鶴はスサノオに殺された機織りスタッフの転生体!?」
「『おまんこ刺されて死んだと思ったら鶴に転生した件』ということか」
「日本むかしばなし『おまんこ刺されて死んだと思ったら鶴に転生した件』か」
「まんこで機織りしてたのでは、という珍説どこいったんじゃオラァ!!」
 鶴がヴァギナで機織りしてたという根拠はありません。本作独自の大ぼらになります。
「じゃなくて、だから殺さなくても食べ物を出せるはずなんだよ」
「お前、地母神だっけ?」
「どっちかというと乳母神だろ」
「あれ? じゃあダイレクト授乳キメたらよくね?」
「舌怪人しってるか。母乳は出産しないと出ない」
「そこは神パワーでなんとかしろよ」
 顔なしジャージーは、舌怪人の脇腹をどついた。
「レディにその先を言わせるのは、どうかと思うぞ」
 顔なしジャージーのいきり立つ馬並みの男根は、既に生臭い液体を鈴口から噴き上げている。
「膨張率四〇〇パーセント!? まさか、勃起!?」
「んな大袈裟な」
 舌怪人はペニスの勃起に驚嘆したのではない。
 おっぱいブルトンに欲情、そしてフル勃起する顔なしジャージーに驚いたのである。
「ほんじゃ、イッてくる」
「そんなつもりで母乳の話しとらんわぁーっ!!」
 おっぱいブルトンの乳首から、四方八方に母乳が噴出した。
 母乳を噴きかけられた顔なしジャージーの顔が溶解する。なんたるアシッドアタック!!
「ぎゃあああああ、濃硫酸母乳は強酸性!!」
 無論、顔が実体を持たぬ暗黒である顔なしジャージーの顔にアシッドアタックは糠に釘である。
 安心。誰の顔も溶けてないよ。
 それにしても妊娠も出産もしていないおっぱいブルトンから、どうして母乳が出たのか。
 1d20/1d100を振る勇気のある者のみが、それを尋ねる資格を持つ、とだけ書き記しておこう。
「想像妊娠したのよ!!」
「じゃあ授乳して窮極の美少女の空腹を満たせやああああああああああああっ!!」
 さて、そんなわけで窮極の美少女への授乳が行われることとなった。
「よっこらセックス」
 顔なしジャージーの掛け声で、舌怪人は仰向けにした窮極の美少女を抱きかかえた。
「準備はいいか、おっぱいブルトン」
「いいわよ」
「現実の女子がわよ口調を使わないので、わよ口調がオカマ記号になりかけているのではないか」
「全宇宙が焼失したのでどうでもいい疑問だな」
 横たえられた窮極の美少女の恥丘に開いた口を、おっぱいブルトンの第一〇八乳房へと宛がう。
 形のいい唇が、おっぱいブルトンの第一〇八乳首へと吸い付いた。
「んっ……! あぁ、気持ちいい」
 びくん、とおっぱいブルトンが仰け反る。無意味に湧いた玉の汗が、おっぱいブルトンの乳房を滑り落ちる。
 心臓の拍動にも似たリズムで、窮極の美少女はおっぱいブルトンの濃硫酸母乳を飲む。
 恥丘を裂く窮極の美少女の口の端から、ジュワァ、という肉の焼ける音がして白い煙が立ち昇る。
「ははは、泡立ってら。おっぱいブルトンの母乳は炭酸入りかよ」
「ホントだ。歯が溶けてら」
「強酸性だからね、仕方ないね」
「おい、顔なしジャージー。お前、何やってんだ?」
 微動だにしない窮極の美少女の胸にかじりつくようにして、顔なしジャージーが手を動かしていた。
「ん? アイメイク」
 手持無沙汰だったのだろう。
 窮極の美少女の乳房に星と散らばる無数の目。その目蓋の一つ一つに、顔なしジャージーはアイシャドウを塗ってあげていた。
「そ、そうか……なんか、がんばれ」
 顔なしジャージーの奇行を見なかったことにして、窮極の美少女への授乳は続く。
「たくさん飲むね」
「たくさんの胸があるから平気だよ」
「誤変換を掛け合いに採用して文章を水増ししたな」
 静寂なる死んだ宇宙で、最初に異常に気が付いたのは舌怪人だった。
「おい、窮極の美少女の様子がおかしいぞ」
「BBBBBBBBBBBB!」
「いや、姿が変わりそうってわけじゃない。こいつにとってはもっとミニマムなことだが、でも宇宙にとっては……」
 窮極の美少女は、その麗しい顔の輪郭をぴくぴくと震わせていた。
 左右三対六個のヴァギナが淫靡な泡を立て、糸を引いている。
 幼児に特有の乳臭さが広がり、それが合図だったかのようにヴァギナから琥珀色の液体が吐き出された。
「何が起こった!?」
「おっぱいブルトンが濃硫酸母乳なんか飲ませるから、窮極の美少女の内臓が溶けたんじゃないか?」
「まさに酸値ピンチ」
「そんなに脆弱だなんて、知らなかった……どうして止めなかったのよ! 酸性の強弱なんていくらでも調整できたのに!」
 噴水のように、洪水のように。
 六つのヴァギナよりとめどなく溢れ出る琥珀色の甘ったるい液体。
「おい、異物が混ざりだしたぞ」
 誰一人としてわかりやすい眼球を持ち合わせぬ三体が、宇宙空間に広がる液体に注視する。
 確かに、液体の中に黒ずんだ球形の物体が含まれていた。
 噴き出るなりいくつもの大きな水滴と化す液体の中に球体が包まれる。
 その様は、細胞と核にそっくりだった。
「甘い。ほんのりだが、甘い」
「おいマジか」
 球体を含んだ液体は無限に拡散していき、それは舌怪人たちをも取り囲みつつあった。
 そんな最中で舌怪人から上がった報告に、顔なしジャージーがドン引きしたのだ。
「そんなつもりはなかったんだ。ただ、ほら。俺は舌が剥き出しだから、つい」
「んで、その球体はどんな感じなんだ」
「味はそんなに。ただまぁ」
「ただ、何?」
「食感はいいから、舌で弄んだり、のど越しを楽しんだりするにはいいんじゃないか?」
 興味をそそられたのか、顔なしジャージーは頭部に広がる闇をネットワーク状に展開。
 その一つ一つを以て、虚空に散らばる液体を重力を利用して吸引した。
「あぁ! あぁ! 知っている! 知っているぞ、これ」
「本当か、ジャージー!」
「これはあれだ、あの辺境の碧い星でお高く留まった奴らが三度の飯の他に、午前と午後に飲んでいたやつだ」
「なるほど……窮極の美少女の姿があの惑星の地表を覆う二足歩行種に似ているのと何か関係があるのかもな」
「植物の葉から抽出した熱々の染料に、角の生えた四足歩行生物の乳を混ぜて飲んでいた」
「ははは、野蛮だな。では、この球体は葉を丸めたものか?」
「違う。これは葉ではない。これだけ、わからない」
「やはり溶かされて再構成された内臓、または老廃物の類か」
「どうして滅亡した星の文化が、窮極の美少女のおまんこから迸るのか」
「堂々巡りだよ。俺たちの存在と同様、宇宙は謎と不条理に満ちているのさ」
 宇宙は謎と不条理に満ちている。
 では、宇宙が植物の葉から抽出された染料に獣の乳を混ぜたものに食感しか取り柄のない球体を放り込んだもの──タピオカミルクティーに満たされたら?
 宇宙の謎と不条理はタピオカミルクティーに取って代わられる、と言っても過言ではないだろう。
 現実では褒められた論法ではないが、そうなってしまった。
 やがて、ミルクティーが巨大な海を形成し、固まったタピオカの陸地が重力という秩序により分かたれることで惑星が発生した。
 そこで偶然にもタピオカミルクティーではないものが生まれた。
 独立動作し、分裂し、他を捕食し、繁殖し、死に、進化の系統樹を広げ、社会性を発揮し、分業を覚え、やがて文明を築くにまで至った。
 星に起こった文明の支配生物は、自らをして「我々は考えるパクチーである」と名乗りだした。
「タピオカミルクティーには、パクチー浮かべるとオシャレだもんな」
 辺境惑星に起こった旧き文明を思い出した舌怪人が、肩を揺らす。
「ねぇ」
 あれからどれくらい経っただろう。
 幾星霜もの沈黙を破り、おっぱいブルトンが舌怪人らに呼び掛けた。
「まだ授乳してないとダメなの?」
 見ないふりをしていた舌怪人と顔なしジャージーは、膨れ上がった窮極の美少女を振り返り嘆息した。
 タピオカミルクティーを排泄しまくっているにも拘わらず、窮極の美少女はぶくぶくと肥満していた。
 全身についた豊満な贅肉は、無重力空間の特質を無視して垂れ下がっている。
 顔なしジャージーがアイメイクを施した乳房の目は、ダリの絵画に出てくる溶けた時計そっくりだ。
「じゃあ、やめてみる?」
 別におっぱいブルトンがやせ細ってしまったわけでもないので、舌怪人はいい加減に提案する。
 窮極の美少女から排泄されるタピオカミルクティーを吸収することでおっぱいブルトンが栄養を得て母乳を出し、おっぱいブルトンの母乳を飲むことで窮極の美少女はタピオカミルクティーを排泄する。
 宇宙はこの永久機関を元に成り立っていた。
 おそらく、授乳をやめれば遠からず宇宙は再び虚無へと回帰する。
「演奏者とおっぱいブルトンが入れ替わっただけで、宇宙は何も変わらなかったな」
「そうかな? 俺たちは前より静かに暮らせるようになったし、宇宙の生き物は前よりもっと馬鹿になったから、俺は良くなったと思うよ」
 舌怪人は自分の左腕をもぎ取り、それを目の前に放り投げた。
 たちまちそれはおっぱいブルトンの複製体へと変化した。
「おっぱいブルトン、交代しろよ。疲れたろ」
「ふぅ、やっと休める」
 舌怪人は再生した左腕で、新しい顔を投げるパン屋さんのように新おっぱいブルトンを投げる。
 すると、授乳に携わっていた真おっぱいブルトンと新おっぱいブルトンが挿げ替えられた。
「これからどうすんの?」
「これまでと変わらんさ。前よりも嘲りやすい宇宙になったから、張り合いはないかもしれないけどな」
 舌怪人が鼻で笑ったのが合図だったのか。
 舌怪人、顔なしジャージー、おっぱいブルトンは誰からともなくその場から忽然と消え去った。
 後には、肥満した窮極の美少女と、それに授乳するおっぱいブルトン複製体だけが残った。
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