『祖父の時計で異世界ワーク!? 貧村の薬師一家に恩返ししてたら、文明のトップになってた件』

桃川鈴加

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「金策と決意」

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コンビニで買った唐揚げ弁当の蓋を開けながら、まだ現実感が掴めずにいた。

畳の上に座り込み、プラスチックの箸で冷たい唐揚げを口に運ぶ。その瞬間、驚くほどの美味さが口の中に広がった。

「なんだこれ……こんな普通の弁当がこんなに美味いって、俺、どんだけ飢えてたんだ」

たった5日前まで、こんな安い弁当でも文句を言っていた自分が嘘のようだった。異世界で薄い野菜スープを命の恩人のように飲んでいた記憶が蘇る。

白米を一粒ずつ大切に味わいながら食べていると、スマホの着信音が響いた。画面には「田中店長」の文字。胃がキュッと縮む思いがした。

「もしもし、柊です」

「おいケイト!三日も無断欠勤してどういうつもりだ!お前、今どこにいるんだ!」

電話の向こうから怒鳴り声が響く。田中店長は50代半ばの小太りな男で、普段は優しいが、規則に厳しい人だった。

「すみません、ちょっと体調が悪くて……」

「体調も何も、連絡もよこさないで!心配したんだぞ!病院に行ったのか?診断書はあるのか?」

診断書なんてあるわけがない。異世界で倒れていましたなんて言えるはずもない。

「その……すみません」

電話の向こうで深いため息が聞こえた。

「もう来なくていい!給料は労働基準法に従って支払うから、制服返しに来い!明日までに!」

プツンと電話が切れた。スマホを見つめながら、現実の重さがどっと押し寄せてきた。

コンビニのバイトは時給900円で、週4日、一日6時間働いて月収は約8万円。家賃が5万5千円だから、残りは2万5千円。光熱費と食費を差し引くと、ほとんど何も残らない生活だった。

立ち上がって部屋を見回す。6畳一間の狭い部屋には、壊れかけたテレビ、薄い布団、本棚代わりのカラーボックス。贅沢品は何一つない。

郵便受けを見に行くと、案の定、家賃の督促状と電気代の催告書が入っていた。

「家賃滞納一ヶ月分……電気代も二ヶ月溜まってる」

手紙を握りしめながら床に座り込んだ。現実逃避してる場合じゃない。でも、どうすればいいんだ。

そのとき、ポケットの中の小さな布の袋に触れた。リナがくれたお守りだった。

小さな布の袋を手に取り、改めて眺める。手作りの温かみがある小さなお守り。10歳の女の子が、見知らぬ自分のために心を込めて作ってくれたもの。

「……逃げてちゃダメだ」

異世界で、薬師一家は俺のことを命がけで助けてくれた。お金もないのに、食事を分けてくれて、薬を飲ませてくれて、温かいベッドで休ませてくれた。

「ロウガンさんたちのためにも」

腕時計を見る。青銅色の不思議な時計の表示は「4days 18hours 32min」。あと4日と18時間余りで、また異世界に行ける。

今度はただ助けられるだけじゃダメだ。何かできることを持って行こう。恩返しをしよう。

「よし」

立ち上がって財布を確認する。3,247円。少ないが、何かできるはずだ。

翌朝、近所の100円ショップに向かった。自動ドアをくぐると、蛍光灯の白い光が店内を照らしている。

「異世界で役に立ちそうなもの……」

医療用品のコーナーを中心に店内を歩き回った。

まず手に取ったのは絆創膏。大きめサイズ30枚入りで110円。ロウガンさんは薬師だから、怪我の治療に使えるかもしれない。

次に包帯。こちらも110円。伸縮性があって使いやすそうだ。

アルコール系のウェットティッシュも見つけた。「99.9%除菌」と書いてある。消毒に使えそうだ。これも110円。

最後に小型のLEDライト。単4電池2本付きで110円。異世界は夜になると真っ暗だった。これがあれば便利だろう。

レジに並びながら計算する。合計440円。まだ予算に余裕がある。

「これだけで大丈夫でしょうか」と心配になり、駅前のドラッグストアにも足を向けた。

大きなドラッグストアの店内は、100円ショップよりもずっと本格的な医療用品が並んでいる。

「何かお探しですか?」

白衣を着た女性店員が声をかけてきた。30代くらいで、親切そうな笑顔を浮かべている。

「あの……簡易体温計とかありますか?安いやつで」

「体温計でしたら、こちらにございます」

案内された棚には、様々なタイプの体温計が並んでいる。一番安いデジタル体温計でも1,980円。

消毒用エタノールの小瓶は680円。

「合計2,660円か……残り600円弱しかない」

悩んだ末、体温計を購入することにした。

「熱があるかどうか正確に分かれば、薬師の仕事に絶対役立つはずだ」

レジで支払いを済ませ、残金は587円になった。

帰り道、コンビニの前で求人情報誌を手に取った。

「引っ越し業者、日給8,000円、日払い可」

体力的にはきついが、すぐに現金が手に入る。

翌日から、俺は引っ越し業者の日雇いバイトを始めた。

「おはようございます!」

集合場所の営業所で、他の作業員たちに挨拶する。年配の職人風の人から、俺と同世代のフリーターまで、様々な人がいた。

「新人か?俺は佐藤だ。よろしく」

40代くらいの筋肉質な男性が手を差し出してきた。握手すると、長年の肉体労働で鍛えられた硬い手のひらだった。

「柊です。よろしくお願いします」

最初の現場は3階建てマンションからの引っ越し。エレベーターがないため、重い荷物を階段で運ぶ必要がある。

「うおっ……」

重いソファを佐藤さんと二人で持ち上げながら階段を下りる。腰に響く重さだったが、意外にも息は切れなかった。

「あれ?異世界で歩き回ったのが意外と体力づくりになってるな」

異世界では5日間、ほとんど休まずに歩き続けた。あのときの疲労が、今になって体力の向上につながっているようだった。

「ケイト、なかなかやるじゃん」

佐藤さんに褒められ、少し自信がついた。

3日目の昼休み、佐藤さんと一緒にコンビニ弁当を食べながら話していた。

「ケイト、最近やる気あるじゃん。何かあったの?」

「……人に恩返ししたいことがあるんです」

「へえ、いいことじゃん。恩返しできる相手がいるってのは幸せなことだよ」

佐藤さんは煙草を吸いながら、遠くを見つめていた。

「俺にはもう、恩返しする相手もいないからな」

その寂しそうな表情を見て、俺は薬師一家の温かさを改めて思い出した。

5日目の夕方、給料を受け取った。

「お疲れさん。また明日もよろしく」

現場監督から封筒を受け取る。中身は4万円。5日間の労働の対価だった。

「これで本格的に買い物ができる」

帰り道、大型のドラッグストアに寄った。今度は1万円の予算がある。

医療用品のコーナーで、より良い絆創膏セットを選んだ。防水タイプで粘着力が強く、各種サイズが入ったもの。780円。

包帯も各種サイズを揃えた。伸縮包帯、ガーゼ包帯など、用途に応じて使い分けできるセット。1,200円。

消毒用アルコールは、医療用の本格的なもの。950円。

デジタル体温計は予備も含めて2個購入。1個1,980円で、合計3,960円。

小型LEDライトは、より明るいタイプを3個。1個800円で2,400円。

アルコール系ウェットティッシュは大容量パック。680円。

簡易湿布も購入。肩こりや筋肉痛に使えそうだ。590円。

最後にマルチビタミン剤を1瓶。栄養状態の改善に役立つかもしれない。1,200円。

レジで計算してもらうと、合計9,780円だった。

「お疲れ様です。何かのイベントですか?」

レジの店員さんが、大量の医療用品を見て尋ねてきた。

「まあ……そんなところです」

嘘ではない。異世界への転移は、俺にとって一大イベントだった。

転移前夜、購入した物品を小分けして、ポケットに入るように整理した。

服のポケットには入りきらないものもあったので、小さなナップサックも購入していた。これなら「手に持てる範囲」に入るだろう。

時計を見ると「00days 02hours 15min」。あと2時間余りで再び異世界に行ける。

ベッドに横になり、リナのお守りを手に取った。小さな布の袋は、5日間のハードワークで疲れた心を癒してくれる。

「今度こそ、ちゃんと恩返しができるといいな」

お守りを大切にポケットにしまい込み、転移の時を待った。
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