悪役令嬢の選択

柘榴アリス

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嫉妬

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「はあ…。」
髪をブラシで梳きながらアリアドネは今日の出来事を思い出した。
―ミカエル先生…。優しい方…。いつも私を気遣ってくれて…、私が苦しい時や辛い時は傍にいてくれる…。
アリアドネは彼に惹かれていた。でも、彼は聖職者だ。おまけに教師でもある。こんな不毛な恋は許されない。アリアドネはそう自分に言い聞かせ、ブラシを鏡台の上に置いた。
「さあ…、もう寝なくては。」
そう言って、自分の気持ちを誤魔化すようにベッドに入った。

―アリアドネ…。美しく気高い魂を持った女…。お前は俺の物だ。絶対に誰にも渡しやしない。見てみるがいい。必ず、必ずお前を手に入れる!逃げても逃げても捕まえてやる!…俺から逃れられると思うな…。
「はっ…!」
飛び起きたアリアドネははあはあと息を切らした。手が震え、汗で身体中がべったりと張り付いている。また、あの悪夢だ…。幼いころから夜毎繰り返し見る夢とは思えない程に生々しい夢…。低く、耳元で囁かれるように呟かされる男の声、ギラリと光る血のように紅い瞳…。笑みの形を刻んだ歪んだ口元…。そこから覗く白い歯と赤い舌…。思い出すだけでぞっとする。今まで名の知れた教会の神官や呪術師、占い師、祈祷師…、たくさんの者に見てもらったがまじないや浄化の儀式や加護の力も効果はなく、悪夢は消えやしない。しかも、年齢を重ねる度に酷くなっていく。最近では睡眠薬がないと眠れない。薬を飲んでも安心して眠れた夜はなかった。いつまでこんな日が続くのかとアリアドネは顔を手で覆った。起きている時も気が休まることはない。常に誰かに見られている気がするのだ。得体のしれない何かに取り込まれてしまいそうな錯覚すら味わう。アリアドネは胸元の首飾りに触れた。
―お願いだから…。もうこれ以上…、
アリアドネは悲痛な顔であることを願った。

アリアドネは昼休みに食堂から教室に戻ろうとする途中、遠目に見覚えのある顔を見かけた。プラチナブランドの髪の長身に聖職者のローブを纏った男性…。ミカエルだ。アリアドネは挨拶をしようと近づいた。すると、ミカエルは誰かと話している様子だった。
―あれは…、シンシア嬢?
思わずアリアドネは物陰に姿を隠した。
「本当なの?ミカエル。その話は…、」
「私をお疑いですか?シンシア。この目でしかと見ました。間違いありません。」
「何であの女がそれを…、」
親し気な会話にアリアドネは胸がざわめいた。
「ミカエル。あなたは本当によくやってくれたわ。」
「当然です。私は愛しい方の為ならばどんな汚れ仕事でも致します。…その為ならば、愛してもいない女に幾らでも私は愛の言葉を口にしましょう。」
「フフッ…!ミカエルったら…。あなたのそういう一途な所あたしは大好きよ。これはご褒美。」
チュッと口づける音が聞こえる。二人が立ち去った後もアリアドネはその場を動くことができなかった。ミカエルの言葉に愕然とする。
―全部…、あれは嘘だったの…?彼はシンシア嬢のために動いていただけで…、
何故、彼女なのか。彼女には王太子を筆頭に多くの取り巻きがいる。ミカエル一人を愛しているわけではない。なのに、どうして彼女を愛しているのか。…自分の方が余程…!思わずギュッと手を握りしめる。強い風が吹いた。どろりとした黒い感情がアリアドネの心を支配した。
―シンシア嬢…。彼女が羨ましい。自由に恋をして、彼の心を射止めてる…。私と彼女の何が違うのか。私だって、同じ人間で女なのに…!どうして、私にはそれが許されないのか!彼女が妬ましい…!
アリアドネはハッと口を覆った。今…、自分は何を思った?アリアドネは自分の感情が信じられなかった。何て醜い思いを抱いたのか。誰からも愛される彼女を妬み、こんな思いを抱くなど間違っている。そんな自分が誰かに愛される資格などある筈がない。アリアドネは俯いた。こんな自分が嫌になる。怖ろしい…。震えるアリアドネの胸元で首飾りのエメラルドが淡く光った。
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