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第3話 契約披露の夜
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王城の大広間には百を超える燭台の光が、金と群青の天蓋に揺れていた。
二つの月を模した巨大なシャンデリアが中央で煌めき、
その下で――宰相アルマンと、Ωの青年ノアが並び立つ。
「これが、契約番殿下の披露式か」
「まさか宰相が再び伴侶を迎えるとは……」
ざわめきは静かな毒を含んでいた。
侮蔑、羨望、興味――
どの視線もノアの白銀の髪に釘付けになる。
アルマンは一歩前に出て、王太子の前に跪く。
「双月王国宰相、アルマン・ヴァルナティス。
ノア・アルディスを、法のもとに番であると宣誓いたします」
その声は澄んでいて、まるで氷が割れる瞬間の音だった。
ノアは隣で胸に手を当て、軽く頭を垂れた。
声は出ない――代わりに、仕草の一つひとつが言葉になっていく。
(視線が痛い。けれど、彼の隣に立つこの位置だけは――怖くない)
王太子ルーファスが、緩やかに頷いた。
「宰相よ。そのΩを側に置く理由を、ここで示せ」
アルマンの金の瞳が細く光る。
「理由など、ただひとつ。――必要だからです」
その言葉に、貴族席がざわついた。
挑発的で、同時に完璧な答えだった。
「理由、とは?」
王太子の声は穏やかだが、試すような響きを持つ。
アルマンはゆっくりとノアに視線を向けた。
そのまま、彼の首のチョーカーに指を触れ――
金属の冷たさにわずかに息を呑む。
「簡単なこと……彼を愛したからです。今まで外に出さなかったのは、私の一存故に」
ノアは瞬きをした。
今、この場で初めて彼の言葉に「救い」を見た気がした。
だが――
「ほう」
ひときわ明るい声が響いた。
副宰相ルシアン・クロウ。
黒外套に赤いタイピン、口元だけが笑っている。
「お美しいですね、閣下。……しかし、Ωの“声”がないのは残念だ。誓いの言葉が、聞けぬではないか」
ざわり、と会場が息を呑む。
誰もが、ノアの喉の呪刻を見た。
黒い線が薄皮のように首筋を走り、月明かりで鈍く光っている。
ルシアンは一歩進み、杯を掲げた。
「沈黙の番に、祝福を。
……声を奪われた伴侶と、“冷血の獅子”宰相。
お似合いではありませんか?」
嘲りを含んだ笑いが、場の空気を裂いた。
ノアの喉が震える。
血が逆流するような痛み。
誰も気づかない――
けれどアルマンだけが、そのわずかな息の乱れを感じ取った。
次の瞬間、宰相の手がノアの肩に触れた。
静かに、しかし確実に。
その仕草ひとつで、場の空気が止まる。
「副宰相、王の祝宴で不敬が過ぎるぞ」
金の瞳が光を帯び、言葉よりも先に圧が走った。
ルシアンは笑みを崩さずに頭を下げる。
「失礼を。……どうかお許しを、“閣下”」
「許すかどうかは、私ではなく――王が決める」
低い声が会場の床石を伝い、
誰も笑わなくなった。
◆ ◆ ◆
披露の儀が終わり、控え室。
ノアは壁際に立ち、浅く息をついていた。
肩越しに、金の瞳がこちらを見る。
「……よく耐えたな」
その声には、わずかな温度があった。
ノアはゆっくり首を振る。
言葉がない代わりに、目だけで――
「あなたが、止めてくれた」と伝えた。
アルマンはふっと視線を逸らす。
「誤解されるくらいなら、私の手で守る方が早い」
ノアの指が胸元のチョーカーをなぞる。
そこに刻まれた獅子の印が、微かに光を返した。
(この人は冷血ではない。……ただ、自分を許せないだけだ)
そのとき、扉の外から報せが届いた。
「閣下、王太子殿下が――“査問会”の準備を。どうやら副宰相がお二人の契約に真偽性がないと申し立てられたようで」
アルマンの眉が動く。
ノアは思わず顔を上げた。
「は……準備万端だな」
査問。
――契約の真偽を問う、法廷。
披露の夜は、祝福で終わらなかった。
それは、二人の“嘘”を試す最初の夜だった。
二つの月を模した巨大なシャンデリアが中央で煌めき、
その下で――宰相アルマンと、Ωの青年ノアが並び立つ。
「これが、契約番殿下の披露式か」
「まさか宰相が再び伴侶を迎えるとは……」
ざわめきは静かな毒を含んでいた。
侮蔑、羨望、興味――
どの視線もノアの白銀の髪に釘付けになる。
アルマンは一歩前に出て、王太子の前に跪く。
「双月王国宰相、アルマン・ヴァルナティス。
ノア・アルディスを、法のもとに番であると宣誓いたします」
その声は澄んでいて、まるで氷が割れる瞬間の音だった。
ノアは隣で胸に手を当て、軽く頭を垂れた。
声は出ない――代わりに、仕草の一つひとつが言葉になっていく。
(視線が痛い。けれど、彼の隣に立つこの位置だけは――怖くない)
王太子ルーファスが、緩やかに頷いた。
「宰相よ。そのΩを側に置く理由を、ここで示せ」
アルマンの金の瞳が細く光る。
「理由など、ただひとつ。――必要だからです」
その言葉に、貴族席がざわついた。
挑発的で、同時に完璧な答えだった。
「理由、とは?」
王太子の声は穏やかだが、試すような響きを持つ。
アルマンはゆっくりとノアに視線を向けた。
そのまま、彼の首のチョーカーに指を触れ――
金属の冷たさにわずかに息を呑む。
「簡単なこと……彼を愛したからです。今まで外に出さなかったのは、私の一存故に」
ノアは瞬きをした。
今、この場で初めて彼の言葉に「救い」を見た気がした。
だが――
「ほう」
ひときわ明るい声が響いた。
副宰相ルシアン・クロウ。
黒外套に赤いタイピン、口元だけが笑っている。
「お美しいですね、閣下。……しかし、Ωの“声”がないのは残念だ。誓いの言葉が、聞けぬではないか」
ざわり、と会場が息を呑む。
誰もが、ノアの喉の呪刻を見た。
黒い線が薄皮のように首筋を走り、月明かりで鈍く光っている。
ルシアンは一歩進み、杯を掲げた。
「沈黙の番に、祝福を。
……声を奪われた伴侶と、“冷血の獅子”宰相。
お似合いではありませんか?」
嘲りを含んだ笑いが、場の空気を裂いた。
ノアの喉が震える。
血が逆流するような痛み。
誰も気づかない――
けれどアルマンだけが、そのわずかな息の乱れを感じ取った。
次の瞬間、宰相の手がノアの肩に触れた。
静かに、しかし確実に。
その仕草ひとつで、場の空気が止まる。
「副宰相、王の祝宴で不敬が過ぎるぞ」
金の瞳が光を帯び、言葉よりも先に圧が走った。
ルシアンは笑みを崩さずに頭を下げる。
「失礼を。……どうかお許しを、“閣下”」
「許すかどうかは、私ではなく――王が決める」
低い声が会場の床石を伝い、
誰も笑わなくなった。
◆ ◆ ◆
披露の儀が終わり、控え室。
ノアは壁際に立ち、浅く息をついていた。
肩越しに、金の瞳がこちらを見る。
「……よく耐えたな」
その声には、わずかな温度があった。
ノアはゆっくり首を振る。
言葉がない代わりに、目だけで――
「あなたが、止めてくれた」と伝えた。
アルマンはふっと視線を逸らす。
「誤解されるくらいなら、私の手で守る方が早い」
ノアの指が胸元のチョーカーをなぞる。
そこに刻まれた獅子の印が、微かに光を返した。
(この人は冷血ではない。……ただ、自分を許せないだけだ)
そのとき、扉の外から報せが届いた。
「閣下、王太子殿下が――“査問会”の準備を。どうやら副宰相がお二人の契約に真偽性がないと申し立てられたようで」
アルマンの眉が動く。
ノアは思わず顔を上げた。
「は……準備万端だな」
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――契約の真偽を問う、法廷。
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それは、二人の“嘘”を試す最初の夜だった。
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