11 / 15
第11話 雨と獣の夜
しおりを挟む
王都に、久しぶりの雨が降った。
屋根を叩く音が、夜の静寂を少しずつ溶かしていく。
この雨が、戦火と血の匂いを洗い流してくれるように思えた。
宰相邸の一室――
灯の落ちた部屋で、アルマンは机の上の報告書を閉じた。
書類の隅に、ノアの筆跡が残っている。
彼は今、隣室で休んでいるはずだった。
(……制度が消えた今、彼を自由にすべきだが――)
胸の奥が、どうしようもなく疼いた。
理性で押し込めていた何かが、雨の音に誘われるように揺らぎ始める。
「……私は、まだ獣のままか」
呟いた声は、冷たくも、どこか人間的だった。
◆ ◆ ◆
薄明の灯が、雨粒を映して揺れている。
彼は窓辺に立ち、濡れた外の景色を見つめていた。
白い衣を肩に羽織るだけの姿。
その首元には、もう黒い線はない。
代わりに金と白が混じる“光の刻印”が淡く輝いていた。
(この印は、俺の一部……)
雨の匂いが、微かに甘い。
その空気に包まれながら、ノアはふと背後を振り返った。
「……まだ起きていたのか」
扉の向こうに立つのは、アルマンだった。
濡れた外套を脱ぎ、静かに歩み寄る。
金の瞳が、雨に濡れた灯を映している。
「少し、眠れなくて」
「同じだな」
二人の視線が、わずかに絡んだ。
(何も言わなくても、わかる。この人も、眠れない夜を過ごしてきた)
沈黙が、呼吸の間に満ちる。
雨の音が、まるで拍動のように二人を包んでいた。
「……ノア」
名前を呼ぶ声が、低く響いた。
その音だけで、胸の奥が熱くなる。
「おまえの声を聞いてから、私の中で何かが戻った。
だが同時に、抑えてきたものも――蘇ってしまった」
ノアは首を傾ける。
その表情は穏やかだった。
「抑える必要なんて、もうないでしょう。俺たちは“偽り”じゃない」
アルマンの手が、わずかに動いた。
一歩、距離を詰める。
白い灯の中、二人の影が重なった。
(この夜くらいは――赦されるだろうか)
「……触れてもいいか」
問う声は、獣の唸りのように低く、しかし哀しいほど優しい。
ノアは小さく頷いた。
次の瞬間、指先が頬に触れた。
その温度が、雨よりも熱い。
ノアの唇が震える。
彼の体に残る恐怖と記憶が、一瞬にして蘇る――
それでも、逃げなかった。
(俺はもう、恐れない。この人の手なら、痛くない)
アルマンはそのまま抱き寄せた。
胸に押し当てた体温が、息の音と重なる。
獣が心臓を持つように、理性の奥で熱が脈打つ。
「おまえは……私の“光”だ」
「あなたは、俺の“声”です」
互いの呼吸が、雨の音に溶けていく。
唇が触れる。
刻印が、再び金の光を放つ。
――番の契約ではない。
それは、生き残った者同士が“生”を確かめ合う夜だった。
雨が強くなり、窓を打つ。
光が消え、部屋は闇に包まれる。
その闇の中で、
獅子とΩは初めて、同じ鼓動を刻んだ。
◆ ◆ ◆
夜明け前。
雨は止み、庭の木々が光を受けて滴を落とす。
アルマンは寝台の縁に腰をかけ、まだ眠るノアを見つめていた。
その顔は穏やかで、静かに寝息を立てている。
(……もう二度と、この手を離さない)
外の空に、双月が沈みかけていた。
金と銀が最後に交わり、やがて夜を明けへと渡す。
その光を背に、アルマンは静かに目を閉じた。
――雨は、獣を洗い、獅子を赦した。
そして、新しい朝が、ふたりの世界を照らし始めた。
屋根を叩く音が、夜の静寂を少しずつ溶かしていく。
この雨が、戦火と血の匂いを洗い流してくれるように思えた。
宰相邸の一室――
灯の落ちた部屋で、アルマンは机の上の報告書を閉じた。
書類の隅に、ノアの筆跡が残っている。
彼は今、隣室で休んでいるはずだった。
(……制度が消えた今、彼を自由にすべきだが――)
胸の奥が、どうしようもなく疼いた。
理性で押し込めていた何かが、雨の音に誘われるように揺らぎ始める。
「……私は、まだ獣のままか」
呟いた声は、冷たくも、どこか人間的だった。
◆ ◆ ◆
薄明の灯が、雨粒を映して揺れている。
彼は窓辺に立ち、濡れた外の景色を見つめていた。
白い衣を肩に羽織るだけの姿。
その首元には、もう黒い線はない。
代わりに金と白が混じる“光の刻印”が淡く輝いていた。
(この印は、俺の一部……)
雨の匂いが、微かに甘い。
その空気に包まれながら、ノアはふと背後を振り返った。
「……まだ起きていたのか」
扉の向こうに立つのは、アルマンだった。
濡れた外套を脱ぎ、静かに歩み寄る。
金の瞳が、雨に濡れた灯を映している。
「少し、眠れなくて」
「同じだな」
二人の視線が、わずかに絡んだ。
(何も言わなくても、わかる。この人も、眠れない夜を過ごしてきた)
沈黙が、呼吸の間に満ちる。
雨の音が、まるで拍動のように二人を包んでいた。
「……ノア」
名前を呼ぶ声が、低く響いた。
その音だけで、胸の奥が熱くなる。
「おまえの声を聞いてから、私の中で何かが戻った。
だが同時に、抑えてきたものも――蘇ってしまった」
ノアは首を傾ける。
その表情は穏やかだった。
「抑える必要なんて、もうないでしょう。俺たちは“偽り”じゃない」
アルマンの手が、わずかに動いた。
一歩、距離を詰める。
白い灯の中、二人の影が重なった。
(この夜くらいは――赦されるだろうか)
「……触れてもいいか」
問う声は、獣の唸りのように低く、しかし哀しいほど優しい。
ノアは小さく頷いた。
次の瞬間、指先が頬に触れた。
その温度が、雨よりも熱い。
ノアの唇が震える。
彼の体に残る恐怖と記憶が、一瞬にして蘇る――
それでも、逃げなかった。
(俺はもう、恐れない。この人の手なら、痛くない)
アルマンはそのまま抱き寄せた。
胸に押し当てた体温が、息の音と重なる。
獣が心臓を持つように、理性の奥で熱が脈打つ。
「おまえは……私の“光”だ」
「あなたは、俺の“声”です」
互いの呼吸が、雨の音に溶けていく。
唇が触れる。
刻印が、再び金の光を放つ。
――番の契約ではない。
それは、生き残った者同士が“生”を確かめ合う夜だった。
雨が強くなり、窓を打つ。
光が消え、部屋は闇に包まれる。
その闇の中で、
獅子とΩは初めて、同じ鼓動を刻んだ。
◆ ◆ ◆
夜明け前。
雨は止み、庭の木々が光を受けて滴を落とす。
アルマンは寝台の縁に腰をかけ、まだ眠るノアを見つめていた。
その顔は穏やかで、静かに寝息を立てている。
(……もう二度と、この手を離さない)
外の空に、双月が沈みかけていた。
金と銀が最後に交わり、やがて夜を明けへと渡す。
その光を背に、アルマンは静かに目を閉じた。
――雨は、獣を洗い、獅子を赦した。
そして、新しい朝が、ふたりの世界を照らし始めた。
64
あなたにおすすめの小説
追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。
行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。
異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?
【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】
ゆらり
BL
帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。
着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。
凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。
撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。
帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。
独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。
甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。
※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。
★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!
抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる
水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」
人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。
ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。
「俺が、貴方の剣となり盾となる」
国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。
シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。
短編版【けもみみ番外編】卒業の朝〜政略結婚するつもりで別れを告げた宰相子息ユリウスは黒豹エドワードの策略に嵌る〜
降魔 鬼灯
BL
銀の髪が美しい銀狼獣人ユリウスは宰相家の一人息子だ。
留学中、同室になった黒豹獣人のエドワードと深い仲になる。
子供の頃からエドワードに想いを寄せていたが、自国では同性の婚姻は認められていない。しかも、文官トップの宰相家と武官トップの騎士団長家の仲は険悪だ。
エドワードとは身体だけの関係。そう言い聞かせて、一人息子のユリウスは、帰国を期にエドワードと別れ政略結婚をする決心をする。
一方、エドワードは……。
けもみみ番外編
クロードとアンドレアに振り回される学友2人のお話。
騎士団長の初恋を実らせるつもりが、うっかり恋に落ちました~心の声が聞こえる第五王子は街で人気の占い師~
まんまる
BL
現王の第五王子として生まれたノア(21)は見た目こそ王族の血を濃く引いているものの、王城では影が薄く、いてもいなくても誰も気付かないような存在だ。
そんなノアは生まれつき他人(ひと)の心の声が聞こえる能力を持っていて、こっそり王城を抜け出しては、それを活かして街で占いをやっていた。
18歳で始めた占いも気付けば3年が経ち、今ではよく当たると評判の人気の占い師になっていた。
そんなある日、ノアが占いをする《金色(こんじき)の占いの館》に第一騎士団の団長、クレイン侯爵家の嫡男アルバート(32)が訪ねてくる。
ノアは能力を使って、アルバートの『初恋の相手に会いたい』と言う願いを叶えるようとするが、アルバートの真面目で優しい人柄に触れいくうちに、ついうっかりアルバートを好きになってしまう。
真面目で一途な騎士団長×前向きに生きる国民思いの第五王子
いろいろツッコミ所があるお話ですが、温かい目で読んでいただけたら嬉しいです。
( )は心の声です。
Rシーンは※付けます。
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
身代わりの出来損ない令息ですが冷酷無比な次期公爵閣下に「離さない」と極上の愛で溶かされています~今更戻ってこいと言われてももう遅いです〜
たら昆布
BL
冷酷無比な死神公爵 × 虐げられた身代わり令息
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました
水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。
新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。
それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。
「お前は俺の運命の番だ」
彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。
不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる