すずしろの浅漬け

すずしろ

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君子危うきに近寄らず

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次兄が高校生の時の事です。

登校してきた友人の顔や手が擦り傷だらけなのに驚いて聞くと
「俺昨日、○○○の屋上から飛び降りちゃってさ。」
と、軽く返されました。

○○○というのは、今はもう建て替えられて無いですが、都内の中心地に近い所にあった自殺のメッカと呼ばれた商業施設です。

何でも彼の中学の時の友人がそこから飛び降りて亡くなったそうです。
でも、明るくて元気で悩みなんて蹴っ飛ばしていくような人だったし、遺書も無かったため、何が彼をそうさせたのかわからなくてご遺族も憔悴しきっておられたとか。
彼自身も信じられない気持ちのまま、葬儀の2週間後の昨日現場に行ってみたそうです。

「ここからアイツ落ちたのか。悩み事とかあったのかなあ。」
日曜なのに不自然なほど人のいない屋上と、その下の道路は、車の影すらありませんでした。

嫌な場所だなあ・・・
そう思って高いフェンスに指をかけ下を覗いたところまでは自覚があるそうで、

「しまった!」
次の自覚は飛び降りた瞬間。
身体は宙を舞っていて、縋る場所すらありません。

しかし、電線でバウンドし、街路樹に引っかかり、枝がクッションになって奇跡的にかすり傷だけで着地できたそうです。

「お前、話作ってんじゃねえよ。」
まさかの事にからかわれたと思った兄は言ったそうですが、本当だと彼は言い張ります。

「覗いた後フェンスに上った記憶がないんだよ、何が起きたかなんて、俺の方が知りたいよ。気が付いたら空中なんだぜ。それもやたらとゆっくり落ちていくんだよ。屋上に人影みたいのが見えたような気がしたけど、『しまった!やられた!』としか思えなくてさ。電線やら木やらに引っかかって、地面に四つん這いの状態で落ちてさ、茫然としてたら、それまで誰もいなかったのに、どこから湧いたか通行人が駆け寄ってきてさ、屋上から見た時はいなかった車もたくさん走ってたんだよ。で、救急車呼ぶっての止めて、大きな怪我もないから帰ってきた。」

真剣に訴える友人を見て、流石に兄もこれは嘘ではないと思ったそうです。

「呼ばれたんだろうなあ、多分アイツも。そして、今まで飛び降りた人たちの何割かも。」

亡き友人を偲んで行ったとは言え、いわくつきの場所は近寄らない方が良いよなと、強運持ちの彼は言ったそうです。
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