異世界お悩み相談室

津雲 奏

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本日の相談 勇者パーティから追放されそうなんです

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 俺の名前はコウタ・イガラシ、異世界転移して5年目になる。なぜ、こんなところにいるのかというと、この世界の人たちが俺を無理やりここに召還したからだ。

 その昔、ちっぽけな勢力に過ぎなかった人族が、持ち前の知性と亜人たちとの協力により一大勢力になった。しかし、勢力が大きくなるにつれ人族は調子に乗ってしまい、同盟関係にあった亜人たちからそっぽを向かれ、かつてない滅亡の危機にさらされてしまったのである。

 この世界おける魔物は、身体能力に優れ、数も段違いに多かったので、人族の力だけで太刀打ちできないのは明らかだった。そこで、この危機を脱すべく、新たに開発された術式により、異世界からの人間召還が始まったわけである。

 異世界人召喚は10年前から開始となっている。俺が呼ばれる前から大変優秀な人材が召喚され、中には勇者となるものもいた。異世界から召喚されると、元の世界での個性や習性などがスキルとして最低一つは身につくことが知られていて、戦力として大いに期待されていた。彼らは優秀なスキルを手に、否応なしに戦場へとかりだされていった。

 では俺が身につけたスキルはなんだったのか。

 俺のスキルは<音声認識人形《おにんぎょうあそび》>という実に恥ずかしいスキルだったのだ。

 1対の人形を能力で創生、片方の人形を持っていれば、遠くに離れていても、もう片方に音声が伝わり会話が可能になるといったスキルだったのだが、これがお披露目式で王や貴族たちの面前、ものものしく発表された時の残念な雰囲気といったらなかった。

 何せ、異世界人は1ヶ月に1人が限度だったのである。貴重な異世界人がどのようなスキルなのかは王国にとって死活問題であり、俺は彼らの期待をど派手に裏切ってしまった(断じて俺が自分で選んだスキルではない)。というわけで俺は勝手に呼ばれたのにも関わらず、訳もわからないまま皆に糾弾されることになってしまったのだ(ああ、なんていう理不尽)。

 さらに、その後もはずかしめは続き、なぜそのようなスキルになってしまったのかまで追求されることになった。

 誰にも言いたくなかったのだが、俺は昔からお人形遊びが大好きで、高校生になってからも学校で受けたストレスをいやすために、部屋にかざっているフィギュアを両手に持って楽しく会話させていたのだ。親にも言っていなかった恥ずかしい趣味まで、公衆の面前で告白させられてしまった(なんという屈辱)。

 しかし、どの世界にも頭の良い人間はいるもので、「この人形、遠隔からの通信に便利じゃないか」という一言で場の雰囲気が一変した。

 人形を各地の重要拠点に配備し互いに連絡し合うことによって、前線の状況が司令部に刻々と伝えられ、戦況が手にとるようにわかるようになったのだ。数で劣っていた人族もこれで魔族たちと対等に戦うことができるようになる(テクノロジーってすごい)。

 勇者たちが可愛らしい人形をにぎりしめて戦場を駆け回り、相手に奇襲をかけ、大軍に囲まれそうになっても脱することができたりと八面六臂の大活躍を見せ、ついに、王国初の平和が実現したのだった。

「お父さん、お母さんやりました。こんな僕でも世界を救った英雄となりました」

 俺は終戦の報を聞き無事やり遂げた充実感で胸がいっぱいになったが、この高揚感も長くは続かなかった。戦勝式では皆に誉め讃えられ、城の中での贅沢な暮らしを満喫していた俺は、1ヶ月もすると解雇されてしまったのだ。

 もともとスキル以外では役立たず。その上、俺がいなくても人形はそのまま支障なく使えたので、緊急時に何かあっても特に問題がない。王国が平和になってしまった今、単なるごく潰しとなってしまった俺が解雇されるのは時間の問題だったのだ。

 それなら元の世界に返してくれよとも思ったが、元の世界に戻す技術はまだ開発されていないということだった。
 
 かくして俺は人形を全て没収され、わずかながらのお金を渡されたのちに、城から追い出されてしまった。(最後は王族を除く、城の皆が盛大に集まり、丁重に送り出されたので格好だけはついたが、追い出された事実は変わらない)

 途方に暮れた俺と一緒に解雇されたのが、女剣士のジーナ・ハルペル、そして、魔術師ケンジ・サカキバラである。

 ジーナはライオンのたてがみのようなぼさぼさの金髪(キューティクルはすでに失われていると思われる)、筋肉ではち切れそうな体にもうしわけ程度の革鎧というきわどい格好をしていた(全然セクシーではない)。王国一の剣士ではあったが獰猛《どうもう》な性格がアダとなり、平和になった現在は単なる厄介者になった人物だ。

 もう一人のケンジは同朋の異世界人、長身、やせ型、メガネをかけ黒いローブで体をまとっている男だ。黒魔術師として優秀なだけでなく、<半沢直樹《じゅうばいがえし》>はこの世界でも有数なスキルだった。与えた攻撃が10倍になって返ってくるので、奴に攻撃を仕掛けるのは命取りとなるのだ。しかし、こいつは嫌味な性格で一緒に組んだ仲間が次々と辞めていくといった事態が発生し、平和な時代になったときに、これ幸いとお役御免クビとなったのだ。
 
 酒場で意気投合し、ノリで協力を約束してくれた村娘、エルナ・エテルナと、この三人が始めた仕事、それが異世界お悩み相談室だったのである。



 「こんにちは、パーソナリティのコウタ・イガラシです。今日はどんな相談者がやってくるか楽しみですね、ご意見番のジーナさん、ケンジさん」
 
 俺は目の前の二人に話しかけたが、ジーナはあっちを向きながら足をテーブルに置いて鼻毛を抜いている。ケンジはこちらを冷ややかに見てふんと鼻を鳴らすだけだった。食卓テーブルで向かい合わせに座っている三人、そしてテーブルに置かれてある熊のぬいぐるみ(追い出された後にスキルが進化し録音機能までついている)。

 なかなかシュールな状況でついに異世界相談室が始まったのだ。

「はーい、こちらエレナでーす。用意はいいですかー」

 元気な声が人形から聞こえてくる。明るさだけが取り柄の彼女だったが、まともな人間は彼女だけだった。大切にしなければ。

「はい、聞こえてますよ。では今日の相談者さん、お願いします。年齢はおいくつですか?」

「18歳です」

「種族名を言ってください」

「人族です」

「はい、では状況を説明していただけますか」

「あのー僕、実は異世界から召喚されまして」

「おっ、これは奇遇ですね。僕もなんです」

「ありがとうございます。で、僕、勇者パーティに属しているのですが、最近人間関係がうまくいかなくて、それで悩んでいるんです」

「はい、そうですか。それはどういったきっかけで」

「僕、スキルが<死亡遊戯スロット>っていうんですが、出た目がそろえばアイテムを出せるんです。外れると出てくるものも微妙な感じなんですが、絵柄がそろえばいいアイテムが出ます。7がそろうと伝説のアイテムなんかが出せたりします。それで、お披露目の時に出たんです。七のゾロ目が」

「それは大変良かったですね。俺の時なんて散々でしたよ」

あのお披露目での光景はちょっと忘れられない。

「そうですか、その時はとても喜ばれまして、王様も満足されていたようでした。それで僕も気分良くなっちゃって、意気揚々と勇者パーティに参加することになり、まあ、パーティに参加して戦場に出ていったんですね」

「ほう、それはご苦労様でした」

「まあ、勇者パーティなんでね、皆さん優秀なわけですよ。どんどん敵を倒していってね。あまり苦戦なんてしないわけです。僕は日本人だから全然戦いには向いてなくて、とりあえず、物陰に隠れてばかりいたんですよ」

 異世界人の中で日本人は一時期人気だったことがある。まともに戦場で戦える人は皆無だったが、スキルが皆個性的で、召喚する側も物珍しかったみたいだ。しかし、当たり外れがひどかったので、結局途中からすたれてしまっていた。

「僕は戦いが一段落ついてから、休憩時間中にスキルを発動するわけです。戦闘で役立つ武器やアイテムを出すために。本当は城の中のような安全な場所でやればいいことなんでしょうけど、経験値がたまらないとスロットできないんで、パーティに帯同する必要があるんですよ。でもね、なかなか、いい目が出なくって」

「そうですか、なかなか難しいですもんね、目押し」

 俺は元いた世界でなけなしのコインが吸い込まれていくさまを思い出していた。

「そうなんです。僕も元の世界では結構やった方なんだけど、なんか違うんですよスロットの動きが。それで、うまくいかないことが多くて。例えば、よくわからないデザインのツボだったり、仏像だったりが出てくるんですよ。特定の宗教に肩入れしているわけじゃないんですが」

「なるほど」

「で、みんなが戦い終わって疲れている状態で、休憩中しかやれないもんだから変にみんなの注目が集まって、そこでハズレばっかり引くと空気が冷たくなるのをもろに感じるんですよ。表情がどんどん険しくなって。いたたまれなくなるから、さらに目押しを失敗して」

「わかります」

「結局、最後までろくなアイテム出なかったんですよ。終戦になって、ようやっと終わったと思ってホッとしてたら、勇者パーティは戦いが終わっても解散せずに行動を共にするようにって、上層部に言われまして」

「いや、いいじゃないですか、解雇じゃないんだから。給料出るでしょ給料」

 俺だったら意地でも定年まで粘るのだが。しかし、定年ってこの世界あったかな。

「それが全然良くなくて。みんなと同じ厩舎《きゅうしゃ》に寝泊まりしているものだから、顔を合わせるたびに嫌味言われるわけですよ、お前は役立たずだの、無能なハズレスキル持ちだの、給料泥棒だのなんだのと、特に魔術師《ブス》と治癒術師《デブ》の女の子たちはそれはもうひどく口が悪くて、そのうち勇者さんからもお前のような無能は出ていけと言われてですね。机の上に辞表用の紙が置かれていることがあって……」

 俺はなんだか身につまされる思いがした。

「僕も男です。悔しいので名誉挽回したいんですが、戦いは終わっちゃたんで、挽回の機会はすでになくて」

「辛いですね」

「それでも、なんとか仲良くなろうと思っているんですが、うまくいかないんです。もう限界なんです。どうしたらいいんでしょうか?」

「わかりました。では相談員のジーナさん。お願いします」



回答者「ジーナ・ハスぺル」

「まず聞くが、お前は戦士か?」

「えっ」

「戦士なら戦いから逃げるな、立ち向かえ!」

ドンッと机を叩くジーナさん。あまりの迫力に俺は飛び上がってしまった。

「戦うといっても……」

 人形から当惑している声が聞こえてくる。

「戦士は如何なる戦場でも逃げることは許されん、戦場放棄は重罪だ。逃げるくらいなら死ね」

「でも、何と闘えば」

「決まってるだろう、勇者パーティ全員と戦うんだ。今すぐいけ!」

「いや、ジーナさんいくらなんでも」

 なんといっても勇者パーティだ。単独ではかなうべくもない。それに、勇者リチャードは異世界出身(英語圏と思われる)で、歴代最強とも言われている勇者だった。一度、話をしたことがあるが(俺は英語が苦手でびびっていたが、異世界では何故か言葉が通じる)、黒々としたマッチョボディのスキンヘッド男で、昔見た動画の中で部下をしごいている鬼軍曹のような奴だった。

「勇者だろうが関係ない、戦いもしないで相談にくるなんて軟弱者め」

 いや、それならそもそも相談に来ないじゃんと俺は思ったが、鬼のような表情をしているジーナさんにはとてもじゃないが言えなかった。

「はい」

「そろそろ結論に入りましょう」

これ以上罵られても相談者がかわいそうだ。早く打ち切らねば。と俺は思った。

「戦って死ね、以上!」

 ジーナさんはキッパリ言い放った。



回答者 ケンジ・サカキバラ

「えー、この頭のおかしい女の言うことはすっかり忘れてください。いいですか」

「なにぃ」

 ジーナさんは立ち上がってケンジを見下ろしている。一触即発の状況になる現場。いや、こんなところで戦われても困る。大体ここ俺の家なんですが。

「まあまあ、お二人とも座って座って」

 返事はない。

「大体、知性のかけらもない人間に、いや人間以下かな、相談者やらせている方がおかしいのですよ」

 ジーナさんが剣に手をかけている。筋肉がモリモリに盛り上がってプルプル震えていた。対するケンジは涼しい顔で座ったままだ。

「僕のスキル知ってました? 返り討ちにあいますよ」

「はっ、その前にぶっ殺しちゃえばスキル発動しないだろ」

「はー(ため息)、空っぽの頭でも考えてはいるんですね、それはよかった。でも、僕、スキルだけで生きてきた人間じゃないんで、あなた、死にますよ」

「あー、上等だ。やれるもんならやってみろや」

「えー、僕の相談どうなるんですか?」

 人形から聞こえて来た声で少し正気に戻ったジーナさんは、またドカッと座り直した。多少理性のかけらはあるようだ。かけらだけは。

「大切なのは、どのくらいあなたが彼らに対して恨みを抱いているかなんですよ」

「いや、その恨んでいるというわけでは……」

「いいですか、いろんなことを言われてるんですよ、クズとか、馬鹿とか、死ねとか、生きる価値なんてないとか。それはそれはひどいことを言われているんです。これは人権侵害です。どんなことをやり返されても文句は言えないわけですよ」

 そんなこと言われていたっけ。

「そしてですね、あなたが十分なヘイトを感じてきたらですね。彼らの髪の毛を集めるわけです。きちんと、一人一人別にして集めるんです。混ぜてはいけません。一本では効果が薄いので、少なくても数本づつ集めるんです」

「勇者さんは髪の毛生えていないんですが」

「それであれば、どこの毛でも結構。でも、本当は髪の毛がベターなんですけどね。仕方がありません」

「それで、どうするんですか?」

「人数分だけわらで作った人形を作成するんです。あまり上手でなくてもいいんですが、男性、女性それぞれ多少特徴をつけた方がいいかもしれません」

「……」

さすがに呆れているのか、声が聞こえなくなってきた。

「それで、それぞれのわら人形に毛を埋め込むんです。あっ、別に名札はいりません。大丈夫です」

「……」

「それで、深夜になったら、木へ打ちつけるわけです。釘を使って、恨みを込めながら。絶対に人に見られちゃいけませんよ。効果が自分に返ってきますから。わら人形の作り方がわからなければ僕のところに来てください。一体あたり、10万ゴールドです。もし髪の毛を持っていただければ業務委託も可能です。その際は上乗せとしてもう10万ゴールド必要です」

「……」

「大体、数日で効果が出てきます。平均で三日くらいですね。大体相手は釘を打ちつけた部分から死ぬほどの痛みを生じ、最終的には死にいたります。これで勇者パーティは全滅です。相手さえいなくなれば問題もなくなります。パーフェクト」

  ケンジはこちらを見てドヤ顔している。いや、全滅させちゃったらまずいだろ、色々な意味で。

「黙って聞いてりゃいい気になりやがって、そんなやり方は卑怯じゃないか。男なら正々堂々と戦え」

 ジーナさん再び立ち上がる。

「その発言は男女差別ですよ。男ばっかりに文句言って、大体あんた女でしょ、性別的には、いちおう」

 ケンジは相変わらずクールだ。

「やるか、この卑怯者」

「やりましょうか。このメスゴリラ」

 ついにケンジも立ち上がり、互いに顔を近づけてガンを飛ばしあっている。何か間違いがあっては困る。間違いがあっては(色んな意味で)。

「いや待ってください、二人とも。今度は僕がアドバイスします」

 俺はすーと深呼吸をした。



回答者 コウタ・イガラシ

 「あのー、まだ聞いてますか?」

 「はい、大丈夫です」

 少しほっとした声が聞こえてきた。

 「俺は良くわかるんですよ。あなたの気持ちが、俺も一時期ハズレスキル、ハズレスキルってののしられてね。辛いんですよね、来たくてきたわけじゃないのに」

 「はい、そうです」

「でもね、スキルって活用の仕方で全然違うんですよ。しかも一回伝説のアイテムまで出したわけでしょ」

「はい」

「それでね、もういいじゃないですか、やめちゃっても。あなたは十分がんばりました。あなたにはあなたの輝く場所がある。人を恨んでもしょうがないじゃないですか」

「はい」

「結構いいスキルだと思いますよ俺は。一回ここから離れてやりなおすんです。違う場所で生きて、じっくり目押しをやって、いいアイテムが出たら売ったりして商売するってのはどうですか?」

「でも、経験値がないと」

「まだ魔物は国境線には出るんだし、小物をコツコツ倒せばいいじゃないですか、それを元手にでかくあてましょうよ、伝説のアイテムを。人生成り上がるんです」

「はい、なんか希望が見えてきました」

「人生はまだまだこれからです。俺だって解雇された時は目の前真っ暗闇でした。恨みもしました。でも、今は自分のスキルを活かして、こんな仕事をコツコツやってまあなんとか生活できてます。大丈夫です。前向きにいきましょう」

「わかりました。ありがとうございます」


「今日の一言行きますよ。『人にしがみつかない。自分にしがみつけ。人を恨んでも自分にとって決してプラスにはなりません。自分が成り上がることをまず第一に考えましょう』 以上、ありがとうございました」

 決まった。俺はとても充実した気持ちで相談を終えた。しかし、目の前の二人は微妙な顔をして俺を見ていたのであった。

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 この後、相談者は勇者パーティを追放され、どこかに消えてしまった。彼が再びこの世界の表舞台に上がってくるのは3年後。彼はスキルによって、魔王として成り上がり、魔族を率いて王国を壊滅させてしまうことになる。

(詳しくはこちらを参照 新異世界相談室~ハズレスキル持ちと言われ追放された僕が、魔王となってこの世界を支配しちゃいました。今さら許してくれと泣きついてももう遅い)

 いや、俺のせいじゃないってば、俺のせいじゃ。
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