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救出 マリアベル

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中立国家『ピーリス王国』

哺乳類、鳥類、爬虫類などの動物を祖先とする人種を原種である『原人種』
妖精、精霊などの精神生命体を祖先とする人種を『精人種』
魔物と呼ばれる魔素により生まれた魔物を祖先とする人種を『魔人種』

この三つの人種が比較的平和に暮らすのがこの国である。
パープルリッチ領の大都市アメジス。


「んふ~~~~~」


待機室の一室で不機嫌な女性がいた。
女騎士マリアベルは女性のみで構成された『ヴァルキリー隊』と呼ばれる部隊を任されている。
どこの街の女騎士隊もこう仰々しい名前が多いが不機嫌な理由とは無関係である。
今日は月に一度の夜警の日である。
彼女は原人種の中でも馬の先祖返りでありピンと立った馬耳としなやかな白髪が美しい。目鼻立も整いスタイル抜群!!程よく大きな胸が鎧から少し自己主張している。馬の先祖返りであるためか鼻息が特徴的で言わずもがな脚力と持久力を受け継いでいるのだが、だいたい一月に一度発情期が存在する。先祖返りの宿命だ。
余談ではあるが男性の先祖返りは発情期以外は聖人君子のように全く性欲がないそうだがいいのか悪いのかよくわからないものだ。女性の先祖返りは受け継ぐ力が強ければ強いほど性欲が強いと言われる。
そう、マリアベルは今発情期で気が立っているのだ。
17歳という若さで総勢20名の一部隊を率いるのはこの先祖返りの力があってこそと本人も承知の上である以上発情期に夜警の任がかぶろうと我慢一択。


「んふ~~~~、ふ~~~~~~」


マリアベル率いる女騎士は男より数が少ないため夜警の頻度が少ない。
いくつか理由もあるのだが大きな理由はこのパープルリッチ領の周辺を縄張りとしている盗賊団に夢魔が首領を務める『色欲の団』というもの達がいるからだ。
構成員は20人前後とその悪名に比べると少ない人数なのだが、首領である夢魔に完全に魅了されると男であればどんなことも言いなりに、女であれば色に溺れてしまう。
と言っても完全に魅了されるまでには男で2日、女で3日はかかると言われている。
完全魅了にかかれば色欲を満たしてくれる夢魔の命令を自分の命を顧みず従うというのだから20人でも少ないとは言い切れない。
先日得た情報によると首領のパタヤ、首領を補佐するライラ、パタヤの娘サキュラの3人もの夢魔が所属しているそうだ。まだ完全に魅了される前の女性を助け出せた隣町から得られたこの情報が届いた時には戦慄した。

男性騎士が震え上がったのは言うに及ばず。ヴァルキリー隊の面々からも顔色が悪くなるものが幾人もいた。
男は魅了に合えば自傷を最悪の場合命を断つ覚悟を女は純潔を散らす覚悟を決めたと町で噂されていたな。



マリアベルはそんなことを思い出し「ふっ、阿呆らしい。」と小さく呟く。



女性騎士は魅了に対する抵抗力が高いのでこの盗賊団が現れるといち早く召集がかかり討伐に赴く。夢魔がパタヤ一人だと思っていた頃は私も幾度か剣を交えたが、長期戦になると奴らは自分の体液を詰めた小瓶をあたりに撒いてこちらの集中を乱しつつ逃げの一手だ。あの夢魔の体液こそ魅了の元凶なのだ。魔力を込められた体液のに起きを嗅ぐと丸一日変な気分になるので男性騎士と共同戦線を組むことなどないのだが3人も夢魔がいると知れればそうも言ってられなくなるだろう。次の討伐は男性騎士と共同戦線になるはずだそう思うとため息しか出ない。
もし直接体液が触れると考えると目も当てられない地獄絵図であろう。


「ねぇ聞いた?」
「なになに~~~?」
「色欲の団の件。」
「あ~~あれねぇ。もうやばいよねぇ~~。どうするぅ?いやどうもしないけどぉ。あの日だったらまじ最悪だよねぇ?」
「ね~。まぁ私は先祖返りじゃないけど先祖返りの人たちは大変だろうねぇ~」
「そうそう。私ら魔人種でもにたようなもんなんだよねぇ~~」



休憩中の隊員もそのことを話しているようだ。
夜の警備で疲労を溜めた状態では魅了にかかりやすくなるために正直夜警をするのは勘弁願いたいのだがそれは言うまい。
発情期である今を棚に上げているがそれはそれこれはこれだ。



カーンカーンカーン
カーンカーンカーン

三回連続した鐘の音が聞こえる。街の外での異常を知らせる鐘の音だ。
そろそろ『色欲の団』が活動する時期というのに外で厄介ごとか!!
「んふ~。これで明日現れたなら本当に純潔を散らしかねないな。ふんす」とひとりごちる。


街の城壁に上がると衛兵と騎士が慌ただしく走り回っている。
門の付近には馬を用意しているようにも見えるがそこまですることなのか?
マリアベルは足早に城壁の司令部へ向う途中遠くの丘、森と丘の間あたりが赤々と燃え上がる様に足を止める。


「あ、あれはナナヤ村か!!ふん」


まずい!!ナナヤ村でしか生産できない蜂蜜は高級品で王族にも献上されるものだ。
その中でもローヤルゼリーと呼ばれる蜂蜜は最上級ポーションに使われる素材であると聞く。
腕をも生やすと言われる最上級品だ!!

希少な養蜂家ジョブかつあの場所固有の草花、口伝の技術が合わさって初めて作られるものをここで失うわけにはいかない!!


夜の火事程度なら数名の騎士と衛兵を派遣する程度だがあの村だけは特別!
この慌ただしさに何事だ、少し落ち着けなどと思っていた自分が恥ずかしい。
司令部へと向かい今回派遣されるメンバーを確認しておこうと駆け出す。


馬にまたがると城門が開くのを今か今かと焦る気持ちを落ち着かせながら睨みつける。
今回派遣されるのはこのパープルリッチ領『第3騎馬隊』騎兵30、「ヴァルキリー隊」騎兵20、その他工作・輸送部隊20と共に第一陣として向う。夜明けには伝令を出して二陣、三陣が来るはずだ。
見張り台から二台の馬車らしきものと騎馬が村より森に向けて駆け出したと報告が上がってくる。
こうなると盗賊の可能性が出てくる。嫌な予感に背筋が冷たくなる。
この領いや!国でも重要な村にこれでも少ないと思えてくるのはマリアベルだけでないはずだ。


門が開き『第3騎馬隊』隊長バーナム殿の奇声が街に響き駆け出す。


「イケェェェェ!!」


近所迷惑甚だしいがことは国の緊急事態と言っても過言ではないが最上級ポーションを生産できないとなるとこの戦争がいつ起こっても不思議でない今、国の一大事となる。
中立の平和主義を貫くピーリス王国といえど戦争が全くないということなどないのだ。
マリアベルたちヴァルキリー隊も続けとばかりに声をあげて走り出す。
マリアベルは気が立って興奮気味であるためか、それとも性欲を誤魔化すためか人一倍大きな声をあげている。


「ィヤァァァァァ!!」



ダダダダダダダ


夜の帳の中松明が舗装されていない道をつき進む。
ナナヤ村まで馬で6時間と呼ばれているがそれは川にかかる橋を通ってのこと。
夜になると川の水位が下がり騎士団しか知らぬ馬で駆けれる場所が一箇所できるのだ。
ここを通れば約半分の時間で済む。もっというと騎士団の乗る馬は駿馬揃い、それを考えると2時間弱もあれば到着するだろう。


瞬く間に近づく火の海とかした村
工作輸送隊と『第3騎馬隊』10名と『ヴァルキリー隊』10名を切り離し馬車の後を追う。

しばらくすると前方を走る馬車二台と馬に乗る人影を見つける。どうやらこいつらが犯人だろう。
近づくにつれて盗賊たちの声が聞こえてくる。


「…………………パタヤ姉さん!!」

「二手………」
「はい!!」


え!今パタヤって言った!?
馬車の方から聞こえてきた声にぎょっとする。どっちの馬車だ?
どっちの馬車にパタヤが??いや!ライラとサキュラも一緒かもしれん。


「『色欲の団』だ!ヴァルキリー隊を二つに分ける!!半数をバーナム殿!!ふん!!」
「おぉ!こっちも二手に分かれるぞ!!半分はマリアベルの指揮に入れ!!俺は幌馬車を追う!」
「承知!!ふん。箱馬車を追う!続け~~~!!」


ダダダダダ

バーナムと別れたマリアベル達だが、すぐに馬車が方向転換し一瞬行き先を見失った。
音を頼りに追いかけていくと森に隠れて矢や石つぶて、水の玉が飛んでくる。
小癪にも魔法を使えるものがいるようだ。


反撃をするもこう暗い森ではあまり派手な魔法も使えないので最下級魔法での応戦のみなのが口惜しい。
とはいえ私は魔法はちょっと苦手なので大きな魔法は使えないのだが……
しばらく応戦すると盗賊どもが引いていく。


「隊長~マリアたいちょ~~。こっちに馬車の跡がありますぅ。」


喋り方が間抜けに見えるがこれでもヴァルキリー隊でも優秀な索敵係で吸血鬼のリューネ魔人種だ。双子の妹がいてそっちは今馬車を追って別れたもう一つの隊にいる。


「よし、いくぞ!ふん!!」


リューネの指す方向に馬を進めると流石は第3騎馬隊ともいうべきかヴァルキュリー部隊をすぐさま追い抜き先導してくれる。まぁ私たちは夜中の行軍、追跡には慣れていないのでこれは私たちに気を使ってくれているからなのだが、リューネはちょっと不機嫌のようだ。


「あそこ!誰かいるぞ!」
「馬車だ!!」


先頭を走る騎馬が奴らを見つけたようだ。


「馬車が乗り捨てられてるぞ!!」


スンスン
なんだこの匂いは?下腹部が疼き気分が高揚する。
は!これは発情した男女の匂い!
顔が熱く火照るようだ。
リューネも気づいたようで顔を真っ赤にして鼻息を荒げている。
吸血鬼であるリューネも匂いに敏感だからな。そういえば今日は新月だったな。闇が深くなる新月は吸血鬼にとっての発情期じゃなかったか?力が一番不安定で人肌が恋しくなるとか…あ、でも満月の時も興奮するんだったか?


「中に囚われてるものがいるはずだ。」
「は!解放します!!」


益体もない事を考えている間に騎馬隊の上官が指示を出している。
これはまずい!!


「待て!!ふん」


馬車の扉を止めている鎖を取ろうとする騎士を制止する。


「どうしました?」


何を追いかけていたか覚えていないのか!
それともこの匂いにやられてるのか?


「この盗賊は夢魔パタヤの『色欲の団』のはずだ。ふん!かすかに男女の匂いが馬車から匂う。奴の体液に当てられてるやもしれんのに迂闊に男が近づくな!!ふん!!」


この不愉快でいて体を熱く頭をとろけさせる匂いに苛立ち呑気な騎士を叱責する。


「は!それではもう……」
「案ずるな。ふん。まだ完全に自我を失うほど魅了されていないはず。時間を置けば正常に戻るだろう。ふん。それより奴らをここで逃がすな!今がチャンス!!ここは女である私と直属で受け持つので先に行け!!ふん!!」
「承知!ゆくぞ!!!」


男性騎士達はこのチャンスにやっと気づいたようで一度頭を振って盗賊を追いかけていく。
やはり匂いで判断力を低下させてたようだ。
全くこれだから。


「んっふぅ~~~。」


なんだろう体がちょっと火照ってくる。
男どもが行ったのを確認するとリューネと馬車に近寄る。
口角が自然と上がるような気がしたが気のせいだろう。鎖を外して扉を開く。
扉が開くと馬車の中からムワッと生暖かい空気とともに濃厚な男女の匂いが身体を包み込む。


「すぅぅぅはぁぁぁぁ」
「うぅ、ぐすっ」


扉のそばには一人の男性がいた。
外の空気をまいっぱい吸い込むと安心したような顔をしている。すぐ後ろでは泣いている女性と気を失い突っ伏している女性。体を抱いて何かに耐えている女性もいる。

バタン

近くの男性が気を失ったようだ。助かったという安堵からだろう。男性が倒れたのを期に他の女性陣もバタバタ倒れていく。これも助かった安堵からだろう。
男性はまだ幼さの残る顔に目には涙を浮かべつつも口元は少し笑っている。
あぁこれは危なかっただろう。かなり魅了されてしまっている。後ろにいる女性達もどうやら似たり寄ったりなようでかなり危険だったようだ。もしかしたらパタヤだけに犯されたのではないかもしれない。あぁかわいそうに私が慰めてあげないと!


「んふ~~~~」
「隊長?顔赤くないでっすか?それにリューネさんも肩抱いて震えてどうしたっす?」


馬の手綱を木に結んできたのだろう。後ろから歩いてくる部下達の気配がする。


「んふ~。あぁ、かなり危なかったようだ。さすがにこの短時間でここまで進行してるとは思わなかった。ふんす。」


あぁかわいそうな。そんなに濡れて!
体が冷えてはいけない!!私が抱いて温め…イヤイヤ!
自分もこの匂いに当てられ始めていることに気づいたマリアベルは頭を振って思考を破棄する。
このままここにいるのはまずい!!
この馬車よく見ると床が濡れて小さな水たまりもできている。こんなに…ゲフンゲフン!
落ち着け!理性を保て!!


「んふぅ。この馬車は奴らの体液が染みついてるようだ!んふ。この者達を連れて一度ナナヤ村に戻るぞ!!んふ~」
「は!!」


危ない!
本当に危ないとこだったとひたいの汗をぬぐい倒れている男性に手を伸ばすが頭がくらくらする。
他のみんなも鼻息を荒げ目を爛々と輝かせている。
やばい!!


「んふぅ。待て!ここはこの馬車ごと戻ろう。村の近くまで行ったん戻った方が良さそうだ。この地に匂いが充満時てしまっている。ふんす」


私の言葉に返事するだけの余裕があるものはいなかったが指示は通っているようでテキパキと馬車の準備をし始める。
一度扉を閉めて鎖で固定するとすぐに出発する。
まさかここまで理性を乱されるとは思わなかった。前にパタヤと戦ったのは昼間であったが夜だとこうも魅了されやすくなるのかと恐怖を覚える。あとを追ったもの達は無事だろうか??だんだん心配になってくる。





ムズムズと疼く体に不快感を覚えつつ村の近くまでやってくる。
どうやら火事の消火はほぼ終わっているようで野営準備も済んでいる。
村から少し離れた場所に馬車を止めると扉を開く。やはりこの匂いに体が、頭がおかしくなりそうだが今は鎧を着るために胸を潰す布で鼻を押さえているのでさっきよりだいぶんとましだ。
手早く捕まっていた9人を馬車から降ろすと馬車を魔法でもやす。こんな危険物あってはならない!!

気を失ってるものを馬に固定して何人か子供はおんぶして村へと向かう。
村に着くと残したヴァルキリー隊の10名と二手に別れた時の5名がいた。


「んふぅ。別れた方は討伐できたのか?」


悶々とする気持ちを抑えて5名の指揮を任せていた副長ミレーナに歩み寄る。


「いえ、それが馬車から子供を投げて囮にされ…我々は囮にされた子供二人を保護し一度帰還しましたわ。」
「ンフ~。そうか…私たちも似たようなものだ。子供にけがは?」
「すぐに処置いたしましたので後遺症の残るようなものはないかと思いますわ。あと、村に残したもの達からの報告ですが…生存者………なし……ですの。」


な!ではこの村の生き残りは11人ぽっちと言うことか……おい!どう言うことだ!これでは……


「第二陣が先ほど着きましたのでアメジスへ私のフクロウを飛ばしましたら救助者を移送するようねとのことですわ。」
「んふぅ。わかった。馬車の準備を!戻り次第ヴァルキリー隊の兵舎で介抱しよう。こちらの救助者は夢魔の体液が染みついてるようだ。」
「な!!そんな……こちらの二人は無事でしたのに……ではマリア隊長が救出したものは隊の兵舎へ私たちの方は衛兵と言うことにいたしましょう。」


それからすぐ9人と2人を別々の馬車へと乗せアメジスへと走り出す。
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