憧れのゲーム世界へ

胸脇苦満

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猛烈な勢いで疾走すること数分

レインは今酸素不足となり息を切らしながら馬車ほどのスピードでエルルを走らせている。


「ゼェゼェ…ん、ハァ~…調子乗りました、すいません。」


そしてナターシャの非難がましいジト目を背中に受けるのに耐えられずに謝る。

「はぁ…全くこのような乗り物を考えついたかと思えば子供のようにはしゃいで……すごいのかすごくないのかよくわかりませんね。はぁ~」

謝るくらいならやるなと言わんばかりの呆れたため息を冷や汗まじりに受ける。
プルシアーナは初めこそ悲鳴をあげていたがスピードが落ちてからはなんだか楽しそうにしている。

「お、お姫様になった気分です。」
「おねぇちゃん!すん~~~~ごかったね!早かった!!たのしぃ~」
「えぇえぇ!さすが私が名付けただけはあります!!このエルルがあればどんな場所でも突き進んでくれますよ!きっと!!」

なんか好き勝手いってんなぁと思いながら息を整えるレインは無計画にスピードを上げて疲れた体に鞭を打つ。

(あぁ~だりぃ~こんな全力で自転車漕いだの何年振りだ?)

ゲームの頃にはなかった息切れに精神的疲労を感じるレインはみるみる暗くなる森の中だらだらとペダルを回す。
ゲームでのスタミナ切れなど急に体に負荷がかかって動きにくくなるだけで特に疲労感と言うものは感じなかった。
だが今は現実とかし、軽い足のだるだと全力の無酸素運動を続けたために息切れして体は大して疲れていないが精神的な疲労を感じているのだ。

「うわ~。くっら~~~。前見えねぇ~~~」

一気に暗くなった森に思わずそうこぼしてしまう。
月の薄明かりも木々に鬱蒼と茂る葉によって遮られて所々明かりが指す程度なら仕方ないことであろう。

「あぁそうでしたね。今明かりを出します。暗き闇を照らす旅人の道しるべたれ『トーチ』。どうでしょう?」
「オォ!結構明るい。ありがとうございます。」
(トーチ?あぁ基礎魔法か…あれ?基礎魔法って詠唱するっけ?う~んあぁ設定でなんかあったような気がする。NPC用のやつだっけ?)

これまた聞きなれない詠唱にちょっとした違和感を覚えるが普段から大して詠唱することのなかったレインはどうでもいいとばかりに聞き流す。
確かにゲームの設定上は基礎魔法に詠唱は存在するが、冒険者は基礎魔法限定で無詠唱化できるという隠れ設定があった。それは手の甲にある刻印による付与効果であるのだが、この設定を知るのは一部の設定マニアか魔法研究をしてるプレイヤーぐらいである。しかも『ガイアース』が現実と化した今では刻印から基礎魔法無詠唱化の付与効果が消失している。後続の冒険者たちの刻印が変わっている原因の一つもここにあるのだが、どういうわけか消えてしまった。
以来失踪したとされるプレイヤーでこの世界に迷い込んだものは詠唱破棄又は無詠唱のスキルがない場合はこの基礎魔法を使うための詠唱が必要になるのだがレインにはどうでもいい話である。

ゲーム時代にはもっと暗かったように思うトーチの明るさに感動するレインは気だるげに漕いでいた自転車のペダルに力を込めて回し始める。今では単騎でかける馬の速さとそう変わらない速度が出ている。
たまに地面の凹凸や小石を跳ねてガタンと大きく揺れることはあるが、普通の馬車よりも音・振動共にほとんどないためかナターシャ以外の女性陣は深い眠りに入ってしまった。

「この乗り物は素晴らしいですね。もしよろしければ私共に売っていただくことってできますかしら?」
「え?あぁこれですか?あぁ~どうしよっかなぁ~~でもなんか付与ついちゃってますからねぇ~~。あ!新しいの作るのはいいですよ~」

夜も更けて暗い中眠気と戦いつつエルルを漕いでるレインはナターシャの話を適当に相槌しながら走っている。
ナターシャもレインが適当に話しているのはわかっていてその間にエルルを売ってくれるようねだってみると案外簡単に新しいのを作ると返事が返ってきた。言質はとったとばかりに口角を上げるナターシャ。

「そうですか。では材料はこちらで準備いたしますね?お代はどういたしましょうか??」
「え?あ~そうですねぇ~…じゃぁ材料費はそっち持ち出し技術料でしょ?…あ!やっぱり作った後で決めま~す。」

馬車の相場がわからないレインの適当な返事ではあるがここで代金の交渉ができなかったナターシャは腐っても冒険者であるとレインの評価を上方修正する。
真夜中の森の中レインのあずかり知らぬところでちょっとした攻防があったが空が白んでくる頃には森を抜けることができた。
どうやら盗賊(仮)たちは森の道なき道を通って最短距離を進んでいたのだろう。森の何箇所かで道のない場所に車輪の跡があったのだ。
とはいえ後ろから追ってくる気配はなくモンスターとも一度も戦闘にならなかったために案外すんなり森を抜けられたと拍子抜けする。

森を抜けてしばらく道なりに走ると壁に囲まれた街のようなものが小さく眼に映る。
森からは勾配がきつい草原であったために大きく迂回して進むことになりそうではあるが一度休憩を取っても昼までには着くだろうと目算する。

(一体どの辺りで襲われたのだろうか?)

ちょっと予想はつかないが後ろに広がる森はかなり広大で街を取り囲むような形で広がっている。
反対側には森は見えないが草原を挟んで西と北は森のようだ。何度かあったカーブを考えると道が直進してるわけはなく、比較的平坦で緩やかな坂道(プレイヤー基準)が続いていた。3刻つまり3時間であの距離を走るのは明らかに不可能なのだ。
森をショートカットといっても危険な道を突き進んだのは容易に理解できる。

(そこまでして襲うってことはやっぱりパトラ目当てってことだよな?)

なんか厄介ごとに巻き込まれてる予感を感じながらちょっと面白くなってきたレインはあくびを噛み殺しひたすらペダルを回す。

「ふあ~。ん!ん~~~っ」
「んぅん」
「おねぇちゃんおしっこ。」

太陽が半分ほど顔を出す頃にはみんな目を覚ます。
正直ちょっと仮眠をとりたいレインだが寝起きの女性というのも乙なものだと眠気を押しのけ覚醒する。

(ん?おしっこ?)
「え!ちょっ!たんま!すぐ止めるから!!」

危うく聞き逃しそうになった発言に慌てて漕ぐのをやめるがブレーキの効きが悪い。

「あ!ちょ!思ってたんと違う!!」

ザザザザザーーーーー

普通の自転車と同じように考えていたレインは焦りつつ必死にブレーキをかける。
それもそのはず。自転車と比べると素材はもちろん重さが全然違う16歳のレインは制動距離というものを知識でしか知らないのだ。
ザリザリと滑りながら止まるエルルに内心焦りつつやっとの思いで止めたエルルにほっと一息吐くとプルシアーナがロアナを小脇に抱えてエルルの陰に隠れる。
パトラも頬を少し染めつつしれっとエルルの陰に隠れナターシャが意識をそちらに向けないようにとレインに話しかける。話し声で音が聞こえないようにというコンボ付きの連携プレーである。

「レイン様」
「はい」
「ここで一旦休憩にしましょう。レイン様もお疲れでしょうから一度休憩を取って朝食というのも悪くないと思います。幸い私の魔法袋には食料が残っていますのでこの人数分ぐらいであれば食事の用意もいたします。パンと干し肉など保存食ばかりでお口に合うかどうかはわかりませんがいかがでしょうか?」
「え、えぇお願いします。」
「はい。承りました。では準備いたしますね?っとその前に少し失礼いたします。」

ナターシャはそうまくしたてると自身もエルルの陰へと消えていく。我慢してたようだ。
入れ違いに三人が帰ってくるとパトラがレインのすぐそばに寄ってくる。

「覗いても黙っててあげますわよ。」

こそっと耳打ちするパトラに少し焦るレインをプルシアーナが何かあったのかと心配そうに顔を覗き込む。

「おつかれですよね?私たちは後ろで寝てて御免なさい!次は私が頑張りますから!!」
「い、いや大丈夫だから!それに昨日大怪我だったでしょ?ちゃんと休まないとロアナちゃんが心配するよ?」

うっすら谷間のある胸の前でぎゅっと拳を握りしめて意気込むプルシアーナの可愛さに動揺するレインは胸元を注視してしまう。モロに見えるよりこうして服を着てる方がエロいんじゃないかと『着エロ』という言葉を思い出す。
地球では女の体であったがために直接下着姿や裸を見る機会も多かった。体育の着替えやプールに温泉と恥ずかしげもなく着替える姿にどうも魅力を感じなかったがこれはなかなかと元気が湧くようだ。
いや!元気というより何か居心地の悪いそわそわとする感じだ。
尿意?もあるがなんかちょっと違う。座りの悪い何か硬いものを感じる。

「あれ?どうなさいました?」

ふと気がつくとナターシャがすぐ後ろから声をかけてくる。

「へ?あ、いや。ちょっと尿意がね。我慢してたから…ごめん!」

そういうと中腰になって小走りでエルルの陰に隠れる。
ふと地面を見ると濡れた後が四ヶ所見つかり微かなアンモニア臭が漂っている。

「う!」

さらに腰が引け違和感の正体に気づく。

(こ…これが噂に聞く……朝○ちか!!)

ちょっとした勘違いをしているようだが当たらずとも遠からずな回答を得てちょっと嬉しそうなレイン。
男の心を持っていたが体はずっと女であった。一時期それはそれで楽しんでいた頃もあったがやはり男の体には憧れはあり、それはこの現象にも憧れていたのだ。

(ふふっ!あぁいいなぁ。)

変態のように口角が上がるレインはさっさと小便を済ませようとズボンを下ろすが一向に出る気配がない。

(な!何で!!)

焦る気持ちとは裏腹にどんどん硬くなる現象に高揚している自分がいる。
エルルの向こう側には料理をしてちょっとした会話に花を咲かせる女性陣。
何という背徳感!!

「スゥ~ハァ~」

一度大きく深呼吸すると少し気分が落ち着く。チロチロと出始めたかと思うとあさっての方向に飛び出す。

(お!おぉう!なに?どういうこと!!え!?え?)

どんどん勢いを増す排尿に焦り飛沫がちょっと手に掛かる。

(わ!汚ねぇ!)

今更母が「朝だけでもいいから便座に座ってよ!」と父に怒っていた理由を実感する。
夢にまで見た飛沫をふるい落す行為をした後ズボンを履き直すと手についた飛沫を眺める。

「汚ねぇな…『クリエイトウォーター』」

杖なしで基礎魔法を発動させると掌から水が溢れ出す。
手をこすって洗い流すとイベントリのタオルで水気を拭いて何事もなかったかのようにみんなの元へと合流する。

「遅かったですわね。」

パトラの第一声に少し動揺する。

「え?あ、あぁちょっと夜中ずっとエルルを走らせて足がね…」

意味のわからない苦しい言い訳をするレインに「ふ~ん」と興味なさげに相槌を打つと会話に戻る。
するとスッとナターシャがレインに近づき耳元で
「殿方というのは大変ですね。ただ、私やあの女性達を使うならならまだいいですがパトラ様でよからぬことを考えないようにしてくださいね。」
と釘を刺される。
レインはツーっと背筋に冷たいものが流れ、ただ首を縦に振ることしかできなかった。
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