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第七章―選択の末路―
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しおりを挟む「……先生、シリルさんを呼んでもらえませんか?」
「……それで、君はどうするの?」
先生はそれ以上感情を乗せずにただ尋ねてきた。
今から賭けをしよう。
これからが決まる賭け。
私自身、もう自分で自分のことが分からなくなってきている。
先生のことを許さず、逃げ続け、自分の中のもう一人のワタシの存在を無視し続けるのか。
孤独の中にいた先生の傍にいてあげたい、与えられなかった愛情をたくさんあげたい、そう感じるままに先生とこのまま一緒にいるのか。
優柔不断さを発揮して、これ以上色んな人を振り回すのはやめよう。
今回の杉原さんの件だって、私が最初からどちらかを貫いていれば、きっと、いや絶対起きなかったはずのことだ。
たとえ今回の賭けでどちらかになっても、私はその選択を後悔なんてしない。
先生の手をとらない方になれば、どんな手を使っても逃げる。
逆に先生の手をとる方になれば、これまでの行いは全部水に……流すことはできないけど、それでもちゃんと先生と向き合う。
だって、それが私の選んだ道だし、それに私は一人じゃない。
そうだよね? お父さん。お母さん。
この賭けは先生自身の行動にかかっている。
私がこれから言う言葉。
それを聞いて先生がシリルさんを呼んでくれるかどうか。
「シリルさんに日向と会わせてもらいます。すぐにでもこの手紙を見せたいから。……それから先生。あと六年。日向が、弟が成人する日まで待ってください」
「……」
「その後は先生とずっと一緒にいます」
先生は眉をひそめた。
それでも、これは譲れない。
日向の親代わりとして、ちゃんとあの子が成人した姿を見届けなけば。
「……あと六年。君が心変わりしない保証は?」
「心変わりしたらどうしてくれても構いません。どちらにしろ、日向達とずっと一緒にいるのは無理だろうし」
「僕を、愛してくれるの?」
「愛せるよう頑張ります」
先生はぎゅっと唇を嚙み締めた。
様々な思いがせめぎ合っているのが分かる瞳で私を黙って見降ろした。
選ぶのは、どっち?
「……分かった。シリルを呼んでくる。十年以上待ったんだ。あと六年待って小羽が愛してくれるっていうなら、我慢する」
「……先生」
「どうせ小羽ちゃん、僕達と一緒にしか生きられないしね」
「……」
ジョエル君が私の考えに気付いていたのか、チクリと釘をさしてきた。
でも、大丈夫。
だって、この賭け、先生の勝ちだもの。
私を信じてシリルさんを呼んでくれれば先生の勝ち。
私を信じ切れずにシリルさんを呼ぶことを拒否すれば私の勝ち。
先生は私とジョエル君、杉原さんを残したまま部屋を出て行った。
「あんまり彼を虐めないでやってよ」
「……ごめんなさい」
ドアが閉まると、ジョエル君にどこか嬉しそうでもある声音で責められた。
「小羽さん。それが貴方の選んだ道ですか?」
「……はい」
「そう、ですか。なら、僕がこれ以上首をつっこむのはいらぬお節介というものですね。背後に控えている死神様もいらっしゃることですし」
「そうそう。野暮ってもんだよ」
杉原さんはゆっくりとベッドに寝転がった。
ふぅっと決して軽くはない溜息もついている。
「……すみません。本当は少々気を張っていたようです。休ませていただいてもいいでしょうか?」
「そう。まぁ、そうだろうね。小羽ちゃん、部屋を出ようか」
「え。でも、先生が……」
ジョエル君が私がいる方へ回り込み、グイグイと背中を押してきた。
確かに杉原さんを休ませたいけど、先生が戻ってきてないのに移動してしまったら先生は私達を探さないかな?
私が部屋を出るのを躊躇っていると、ジョエル君はキョトンとして目を瞬いた。
「彼が君がいるところを見誤るわけないでしょ? 大丈夫だよ。それこそ地獄の果てだって見つけるから」
「……。杉原さん、じゃあ、ゆっくり休んでくださいね?」
「ありがとうございます」
地獄の果てだなんて、全くシャレにならないけど、先生だったら実際にやりそうだから怖い。
そしてそれを当然だと思っているジョエル君もまた同じ。
なんのことはない会話でも、この二人にかかればこちらの精神的にアウトなものにすり替わっていることもしばしばある。
言葉の綱渡りはこれからも綱渡りであり続けるらしい。
……慣れ、なのかなぁ。
諦観を胸に、私はジョエル君と部屋を後にして、ジョエル君が歩いていく先について行った。
部屋の一室で待っていると、先生がシリルさんを連れて戻ってきた。
「……決めたんだな?」
「はい」
私が頷くと、シリルさんは目を瞑って上を向いた。
しばらくそうしたまま、動かない。
「ちょっと、そろそろ繋げてくれない? 僕だって小羽ちゃんのこと姉さまに教えてあげなくちゃいけないんだから」
「ちょっと待て。向こうが眠らなきゃ夢の中には入れないだろ」
「そこをどうにかするのが君でしょ?」
「毎度毎度無茶言いやがる。……まどろみくらいなら持っていける。だが、そう長くはないぞ?」
それで十分だ。
今はとりあえず、この手紙を日向に見せたいだけ。
家に帰ればいくらでも話はできる。
「大丈夫です。お願いします」
「分かった。ただ、そいつは置いていけよ?」
シリルさんが指さしたのは私が抱っこしていたコハクのことだった。
確かに、小さな動物にどんな影響があるか分からない。
私はコハクをそっと床に下ろした。
「ニャー」
「大人しく良い子で待っててね?」
コハクは私の手に身体をこすりつけた後、ソファの上に飛び乗り、丸くなって目を閉じた。
うん、良い子だ。
「それじゃあ行くぞ」
「はい」
前と同じようにシリルさんの手を握り、ぎゅっと目を閉じた。
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