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序章
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しおりを挟む「……ぇ」
声が聞こえる、気がする。
どこか遠くで鈴が鳴るような音もしている、気がする。
「……らえ」
声が近くなった。
それはまるで、耳元で誰かが……
「応えと言うておろうが! この童!」
「ぎゃっ!」
まさしく耳元で叫ばれ、私は思わず声のする方へ握り拳を繰り出してしまった。
しかし、それはスイッと宙をかき、代わりに何かで拳を叩かれた。
「い、痛い……」
目を開けると、そこは煌びやかな世界が広がっていた。
天井と思しき場所は全て金細工で、緻密な細工が施されている。
まぁ、それだけなら正直、かの国の王宮はもちろん、侯爵邸にも何室かはそういう部屋があった。
それよりも驚いたのは、頭に棒みたいな飾りを何本も刺した、見たことがないくらい綺麗な女の人が私の顔をジトリと見下ろしていたことだった。
ある程度まとめているにも関わらず、さらにうねるように長く光り輝く金色の豊かな髪。知的さを感じさせる淡い黒の瞳。目鼻立ちがスッと整っていて、誰もが一度出逢えば忘れるのが難しくなる、そんな色白の面立ち。何枚服を重ね着しているのか分からないけれど、その一枚一枚がどれも高価なのだろうと一目で分かる見たことのない豪華な衣装。
遠い異国の王女様だと言われれば、断然納得がいく。
そんな人と目が合ってしまった。
「ご、ごめんなさい!」
距離的に私がさっき拳を振り上げてしまったのはこの人に対してだろう。
すぐさま跳ね起き、頭を下げて謝った。
「アレがどうしてもと言うから引き取ってみれば、とんだじゃじゃ馬じゃな」
「アレ?」
女の人は私の疑問には答えてくれず、スッと衣擦れの音をたてて立ち上がると、スルスルと部屋の奥に進んでいく。
それを目で追っていると、女の人が振り返り、まだ座り込んだままの私を見て眉根を寄せた。
「何を呆けておる。さっさとこちらへ来ぬか」
「は、はいっ!」
何が何だかよく分からないけれど、とにかくこの女の人の機嫌を損ねるのはまずい。
あまり気が長くないようだし。
私は言われるがまま、女の人の後を追った。
そこに座れと言われて、指された場所に腰を下ろした。
なんだか床が少しブヨブヨとしている。クリーム色で、一センチほどの間隔でうねりを作っている。
これは何でできているんだろう?
「畳がそんなに珍しいかえ?」
「たたみ?」
「まぁ、異国人ゆえそうかもしれぬな」
女の人がたたみといった床はなんだかいい匂いがする。
目を閉じてその匂いを吸い込んでみると、またそれが格別なものになった。
「さて、落ち着いたところでこれからの話をする」
「は、はい」
女の人が傍にあった肘置きにもたれかかり、私をじっと見つめてきた。
その視線になんだか姿勢をさらに正さないといけない気がして、そーっと限界まで姿勢を良くしていく。
「童。名は?」
「あ、アナスタシアと申します」
「ふむ。それはそうだろうな。異国の者だしな。……だが、それではこの国ではその名を名乗るのはまずい。そうさなぁ……」
細顎に手を当て、女の人はしばし考え込んでしまった。
そして急に膝を打ったかと思うと、持っていた扇で私の方を指した。
「決めた。そなたの名は今日から璃桜だ」
「りおう?」
「瑠璃……そなたの国でいえば何と言ったか、そう、らぴすらずりとか言ったか。それのこの国での名と、私の一番好きな花の名を合わせてみた。我ながら良い名づけよ」
「りおう」
私の名前は、りおう。
あの人がつけてくれたアナスタシアって名前じゃなくなる?
そう考えた時、ツーっと頬に涙がつたった。
「これ、泣くでない。そなたの願いを叶えるためには必要なことなのじゃ」
「私の、願い?」
女の人は難しい顔をして目を細めた。
きちんと話を聞かなければならないのには変わらない。
それでも、私の願いを叶えてくれると聞いて、現金なもので涙はすっとひいていった。
「そなたの命は既に絶えておる。ゆえに今のそなたは魂のみでこの場にいる」
「魂だけなのに、感覚ってあるものなんですか?」
火あぶりにされたんだから死んで当たり前だし、命を落としたっていうところは別に不思議じゃない。
でも、さっきだって、女の人に拳を叩かれて痛かったし、畳の匂いだって嗅げた。
ついつい不思議に思って尋ねてみた。
「ハッ。そのようなこと、わらわの神域にいるうちは造作もないこと。死んでようが生きていようが、わらわの懐に入ればどちらも大差ないわ」
「しんいき? しんいきって……」
「ここはそなたが生まれ育った国がある世界とはまた違う理のある世界。その中の一つの国の、数多の稲荷を束ねる総本山。そなたにも分かりやすく言えば、神の住まう地ぞ」
「か、神……神様、なんですか?」
女の人は唇を三日月型に引き上げ、ニタリと笑った。
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