『デビルマン』について

平 一

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2 逆転の物語展開

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 第一に逆転の物語展開であるが、この作品の世界では物語の進行に伴い、読者や登場人物キャラクターからみた、物事の美醜や真偽、善悪、強弱が全て次々と、逆転していく。

 それらは欲求、事実認識、意思決定、現実行動という、知的な生命活動の各段階において、活動対象や活動自体がもつ性質である。私的あるいは卑俗なものから高尚あるいは社会的なものまで、欲求を満たすものは美と総称することができ、醜はその対義語である。事実認識が正しければ真、誤っていれば偽。意思決定が公益にかなえば善、損なえば悪。現実行動の能力が高ければ強、低ければ弱となる。

 一般にヒーローもの作品では、読者は主人公の立場に置かれる。その多くは人格や外見が優れている。敵は性格や容姿だけでなく、名前までも恐ろしげなことが多い。そして、主人公の意思は基本的には善すなわち社会正義をめざし、彼はそれを実現するために真実を発見し、他の人々や偶然に助けられながらも、自らの力で悪を倒す。敵はよこしまな目的を果たすべく、時には人々に偽りを吹き込んだりしながら健闘するが、力及ばずして敗れ去る。しかし、『デビルマン』においては、そうした美醜、真偽、善悪、強弱という属性が、ことごとく転倒していくのである。

 まず美。ここでは登場人物が、通常考えられるような形で他の人物や読者の欲求を満たすかを見る。まず、主人公の明は悪魔デーモンと戦うため、自ら醜い悪魔の姿をもった悪魔人間デビルマンに変身する。その友人である了は、彼をデビルマンにするために、背徳的で暴力的な悪魔の宴サバトを開く。しかしその後の明には、自身が倒した醜いはずの悪魔のしかばねが、この上もなく美しく感じられてならない時があった。悪魔の密かな侵略が進行すると、彼らに入れ替わられた部下が上司を、親が子供を食い殺すようになる。いよいよ宣戦が布告されると、警官や自衛官に化けていた悪魔が公然と市民や同僚を虐殺し始める一方、明に従う不良少年達が牧村一家を守ることとなる。しかし戦況の悪化に伴って、一般市民も悪魔の恐怖から逃れようと魔女狩りのような人間狩りを始め、醜い悪魔の心をもったけだもののような存在と化してゆく。そして悪魔の指導者は、美しく輝く十二枚の翼を備えた天使である。最終的には物語全体が悲劇的な結末を迎えるが、それも主人公は絶望の末に惨死、人類は滅亡し、悪魔達も姿を消して、全てが無に帰するという究極のバッドエンドに至る。

 つぎに真。明は、自分がデビルマンにされた本当の理由も、自分をデビルマンにした友人、了の正体も知らなかった。了自身、知らなかったのである。また明は、悪魔の一斉攻撃もその作戦の恐ろしさも、予測できなかった。そして、黙示録にいう神の軍団とはデビルマン軍団であると、信じて疑わなかった。しかし知人の少女サッちゃんの時と同様、牧村家に迫る危険を知ることができずに一家を惨殺されてしまった彼は、もはや戦いの意味さえも理解しようとすることなく、最後の戦いに赴いてゆく。人々は、悪魔が実在していたことも、それがなぜ突然来襲してきたのかも知らない。高名な科学者の雷沼教授は誤った思い込みから悪魔人間説を発表し、人類を自滅に追いやる端緒たんしょを作り出してしまう。悪魔達も、なぜ明を殺してはいけないか知らなかった。それは悪魔王ゼノンにとっても、予想外の事情によるもあのであった。神々でさえ、悪魔の好ましからざる進化や、それでも彼らが必死で生きたいと願ったことなどは、知ることができなかったのかもしれない。まことに救いようのない話である。

 そして善。悪魔は仲間同士で争い、神々と戦い、人間を滅ぼそうとしたが、彼らにも情状酌量の余地がなくはない。悪魔にも愛情や友情があった。カイムはシレーヌにその命を捧げ、明を捕えた悪魔の一人は、カイムの仇を討つためなら悪魔王に逆らうことも辞さないと言った。また世界の創造主たる神々は、自分の作り出した知的生物が気に食わないからといって滅ぼそうとする、少なくとも悪魔の側からみれば冷酷な異星人である。もちろんそれは、悪魔に襲われたのに結局は助けてもらえなかった、人間からみても同様であろう。神々は、悪魔軍団とデビルマン軍団が共倒れになるのを待っていたようにもみえる。人間にしても、悪魔達からみれば、自分達が眠っている間に地球にはびこり汚した害獣のような存在であったわけだし、悪魔恐さに自分を狩り出す側に置こうとして、デビルマンはもとより普通人まで虐殺していった者達には、悪魔のことが言えるわけもない。デビルマンも、過ぎたことは水に流して人間の誤解を解こうと努め、それが駄目なら悪魔と同化し、生きのびるという戦略もあったはずだが、「地獄に落ちろ、人間ども!」と同胞達を見限った末に、悪魔との自滅的な戦いになだれこんでいく。あるいはいみじくも了が言ったように、その体内を流れる悪魔の血が、彼らをもまた理屈抜きの闘争へと駆り立てていったのかもしれない。神々の一人であり、悪魔を守るために同胞と戦ったサタンでさえ、記憶を消して人間として生活していた時期、本能の赴くままに一人の悪魔を殺したようである。神々もまた、例外ではないのだろうか。そのサタンは最後に、「力の強い者が弱い者を滅ぼしてよいわけがないのに」と明に詫びている。悪魔の首領が「自分のしたことは神々のした悪行と同じだった」と反省しているのは、面白い。殺された善良な人々もまた、歴史上の事件において過去多くの人々がそうであったように、事態の意味を主体的に知って対処しようとはしていなかったようにみえる。この物語においては、誰一人として無傷ではいられないのである。

 最後に強さ。弱虫の明はデビルマンとなって悪魔を倒していくが、シレーヌとの戦いでは絶対絶命の窮地に陥る。助かったのは、サタンの意思のおかげだったのかもしれない。その後も魔将軍ザンに嘲弄ちょうろうされ、大魔王ゼノンに恐怖を禁じ得ず、サイコジェニーによって虜にされてしまう。平手美樹も、悪魔や暴徒の前には一人の少女にすぎない。逆に、体力の弱そうな少女は魔将軍の傀儡かいらいであり、番長達に大蜘蛛を取りつかせた。悪魔王より上位の大魔神も、神々の到来には恐れおののく。人類最強の武器である核ミサイルは、自滅のために使われそうになるところを、神々の力によって消滅させられてしまう。しかし人類は結局、自らの心の弱さゆえに滅び去る。悪魔軍団とデビルマン軍団は相討ちのようになって、神々は最後まで戦いらしい戦いの力を見せない。この作品には、力による勝利者もいない。
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