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03
「やあ、ジョシュ」
訓練が終わり、まだ人が残っている第三部隊の演習場で、アスフォデルは場違いな美しい笑みを浮かべていた。
隊員たちは興味津々といった感じで無遠慮にこちらを見ている。ギロリと睨みを効かせると、急いで顔を逸らしていたがそれでも尚気になるようでチラチラと視線を投げかけてきた。
こんな人が多い所で声をかけないでほしい。俺は眉間に皺を寄せてアスフォデルに向き合った。
「騎士団の演習場はあっちだぞ。もうボケたのか?」
王国軍の基地は事務棟と呼ばれる中央の建物を境に東西に分かれており、それぞれ東が騎士団、西が魔術師団の区画となっている。その中でも第三部隊の演習場は端の端。騎士団の区画からは最も遠い位置にある。
「君に会いに来たに決まってるよ」
「そうか。用がないなら帰れ」
少なくとも俺は用がない。追い払うような仕草をする俺をものともせず、アスフォデルはポケットから一枚の紙を取り出した。
「もうすぐ建国祭だろ? 当日暇かい? 演劇のチケットを貰ったんだけど、良かったら一緒に行かないか?」
演劇の言葉に釣られて目をやると、そのチケットの文字に目を疑った。
王都で人気の劇団のスター達が集まり、建国祭の当日限定で開催する特別な公演のチケットだ。チケットは抽選となり、俺も参加したのだが外れてしまった。倍率は10倍以上だったと聞く。その幻のチケットが、目の前に……!
「俺の周りに演劇が好きな人がいなくてね。もし嫌じゃなければと思ったんだけど……」
俺が演劇好きなのは誰も知らないはずだから、奴が俺の所へ持ってきたのは偶然だろう。その日は仕事も無いし正直すぐにでも飛びつきたいが、餌に釣られるようで癪でもある。俺が躊躇っているとアスフォデルは眉を下げて視線を外した。
「突然のことで困るよね。では他の人に――」
「い、行く!」
思わずそう答えると、アスフォデルは蕩けるような笑顔を向けた。
「良かった! では当日、正門の前で待ち合わせしよう。朝10時に迎えに行くよ」
「えっ?」
アスフォデルは戸惑う俺をそのままに颯爽と立ち去っていった。観劇は午後のはずだ。なんでそんな早い時間に?
建国祭の当日は春らしいうららかな陽気の日だった。王都での人手が増えるため普段基地にいる軍人の三分の一程度はその警備に駆り出されている。俺は当番ではないので約束通り門の前でアスフォデルの到着を待っていた。
基地の前から続く通りは普段より活気にあふれ、家々の前に飾られたオーナメントが祭りの雰囲気を醸し出している。毎年建国祭の日は警備か休暇かの二択だが、休暇であってもわざわざ込み合う街に出る気にもならず、兵舎で引きこもっていることが多かったから、この雰囲気は新鮮だった。
行きかう人々をぼんやり眺めていると、侯爵家のエンブレムのついた馬車が門の前に停まった。
「ジョシュ、お待たせ。さあ、行こう」
中からかっちりと着飾ったアスフォデルが出てきて、俺の手を引いた。促されるまま隣に座ると、服装の差が顕著に目立って居心地が悪かった。
「観劇の前に寄るところがあるんだ」
「お前一人で行けよ」
「ジョシュが居ないと意味がないんだ」
馬車が止まったのは貴族御用達の仕立て屋の前だった。
「ここでジョシュの礼服を買うよ」
「俺の!?」
「王立歌劇場のボックス席は暗黙の了解でドレスコードがあるんだ。今の服だと悪目立ちしてしまうよ」
俺の服は一般的な平民の着るような服だ。普通の席ならこれで問題無いのだが、確かに貴族が座るようなボックス席には相応しくないかもしれない。
「だが……」
正直なところ金が無い。それに一揃えとなると俺のひと月の給料でも足りるかどうかだ。
まさかこれを狙っていたのか? 俺が金が無いのを見越して、観劇に行けると喜ばせておいてから結局当日になって行けないと言外に伝えてくるだなんて。ぐっと握りこんだ拳を見つめる。なんて嫌味なやつ――いや、浮かれて騙された俺が悪いのか。
アスフォデルは悪びれもせず拳を解くように手を取ると、指先で俺の顎を掬った。
「俺の都合で来てもらったんだから、今日は全部俺に払わせて欲しい」
俺が言い返す前に礼服一式を渡されて試着室に押し込まれ、そのまま着せ替え人形のように着替えさせられた。
グレーのトラウザーズを履き、クラバットを巻いた白いシャツの上からシルクで出来た黒のベストを身につけ、さらにその上にベストと同じ生地のフロックコートを羽織る。仕上げに髪を後ろで一つに括ると、鏡にはまるで貴族のような姿の俺が映っていた。
「よくお似合いですよ」
店員の言葉にアスフォデルは満足そうに頷いた。
「この一式を頂こう」
「待てよ。俺は金が無いって――」
「俺が払うからお金の事は気にしないで」
「でも、どう見ても高いだろ?これ……」
噂に漏れ聞くこの店の相場は俺に全く縁がないような金額だった。飯も高かったとはいえこの服は言葉通り桁違いだろう。おいそれと買ってもらうようなものでは無い。
「プレタポルテだからそれほど高くはないよ」
こいつの高くないは全く当てにならない。俺が渋っていると、アスフォデルは暫く思案していたが、やがて思いついたと言うように顔を上げた。
「じゃあ、またこうして一緒に出掛けてくれるかい?」
「お前……もしかして……」
何故俺にここまでするのか。それに対する一つの解に辿り着き、俺はアスフォデルの翠の瞳をじっと見つめた。
「友達いないのか?」
アスフォデルは一瞬固まると、すぐにへにゃりと表情を崩した。
「はは、そうだね。こうして心を許せる人は他に居ないかな」
普段見せないような表情に心臓が跳ねて思わず顔を背けた。鼓動を落ち着けながら考えを巡らす。貴族の人間関係は面倒だと聞く。普通の友人関係を知らないのかもしれない。それとも貴族の友人関係とはこのように金を使う事で成り立っているのか?
昼食にと連れてこられたのは、この前の店とはまた別の高そうな店だった。
個室に通されると次々と料理が運ばれてきた。
「ここは鴨肉を使った料理が有名でね。中でもメインの――」
アスフォデルの解説を興味深く聞きながら料理に舌鼓を打つ。相変わらずの詳しい説明は聞いていて楽しかったし、料理はどれも見た目も味も素晴らしかった。
「そろそろ時間だね。行こうか」
支払いをする様子もなく馬車に乗った。金はと聞くともう払ったと言われて言葉が出なかった。
きらびやかな佇まいの王立歌劇場の正面玄関前は貴族、庶民が入り混じった多くの人々でごった返していた。俺たちの乗った馬車はそんな人々を横目に劇場の裏側へ回ると、そこには重厚な雰囲気の門があった。アスフォデルが脇に立っていた男にチケットを見せる。
「アスフォデル様、ようこそお待ちしておりました」
男は深く一礼し、門を開けた。
毛足の長い絨毯の敷かれた貴賓用のロビーは着飾った人々で溢れかえっていた。確かに、ここで庶民の服装なんか着ていたら悪目立ちどころの話じゃないだろう。アスフォデルは慣れた様子で案内を受けている。俺もなるべく堂々とした足取りでそれに続いた。
通された席は隣とカーテンで仕切られており、一人掛けの高そうなソファが二つ置いてあった。周りから見えない安心感と物珍しさにキョロキョロ見回すと、小さく笑われた。
「おい、笑うな」
「まあまあ。ほら、始まるよ」
拍手とともに照明が落とされ、幕が上がった。
「はぁ……良かった……」
興奮冷めやらぬまま劇場を出ると、もうすっかり日が傾いていた。しかし、街中に飾られたオーナメントがランプの役割を果たし、あたりを優しく照らしていた。
「ディナーの予約がしてあるんだ。ここからすぐ近くだから歩いて行こう」
光を背景に柔らかな表情を浮かべるアスフォデルは、先程の演劇に出てきたどの俳優よりも美しかった。つい見とれていると、手に温かいものが触れた。アスフォデルの笑顔がいたずらっぽいものに変わる。
「おい、手……」
「はぐれるといけないから。ね」
祭りもいよいよ佳境に入り、昼間より人出が増えている。広場へ向かう人々の流れに逆らって、アスフォデルに手を引かれながらレストランに連れていかれた。
「素晴らしい芝居だったね」
「ああ。中盤のシーンの殺陣も良かったし、歌も良かった。あの会話がラストシーンに刺さるとは……」
食事をとりながら先程の劇について話した。
劇の内容はこの国に伝わる英雄譚をベースにアレンジしたものだった。伝説の聖杯を手にした勇者が姫と共に邪悪な古代竜を封印する物語だ。
今までずっと観劇は一人で行っていたから、こうして終演後に感想を語り合うのは初めての事だった。自分では気付けなかった細かいところや他人の視点での考察はとても興味深かった。
「にしても、何で勇者は聖杯にあんな事頼んだんだろうな。ふつう姫の怪我よりも古代竜の討伐の方が優先されるだろ。あの時素直に力を求めておけばもっと簡単に古代竜を封印出来たのに」
ストーリーの都合上とはいえそこは納得いかなかった。
「それは、大切な人を救う為の願いだからね。理屈じゃなくそっちを選んでしまうのは理解できるよ」
「そんなもんか……?」
「セリフには無かったけれど、彼は彼女を愛していたんだろうね」
俺は思わず顔をしかめた。どんな話でも恋愛的な文脈が入ると途端に難解になる。今日の物語は良いが、本筋が恋愛の物語は正直苦手だ。
馬車が正門前に停まる。最後まで完璧なエスコートをされ、俺は門をくぐった。
「今日は楽しかったよ。また誘って良いかな?」
「あのさ」
俺は改まってアスフォデルに向き合った。
「別に全部金払わなくても、友達付き合いくらいしてやるから」
今日の体験はアスフォデルがいなければ出来なかった、まさに一生に一度の体験だろう。でも。
「友達ってもんは金なんて無くても無いなりに工夫して遊んだりするもんなんだよ。だから今日みたいに金使うのはもう辞めろ」
俺だって友達が多い方じゃない。けれども、こうして片方だけが金銭的な負担を抱えるのは健全な関係じゃないと思うんだ。俺がじっと見つめると、アスフォデルは僅かに目を見開き、こぼれるような笑顔を浮かべた。
「嬉しい。俺と友達になってくれるんだね」
その笑顔に何だか落ち着かなくなり、わざとぶっきらぼうに言った。
「……庶民的な遊びしか出来ねぇけどな」
「ジョシュと一緒ならきっと何でも楽しめるよ。けれど、庶民的な遊びに詳しくないんだ。色々教えてくれる?」
「ああ! 任せろ」
こうして俺たちの友人関係が始まった。
訓練が終わり、まだ人が残っている第三部隊の演習場で、アスフォデルは場違いな美しい笑みを浮かべていた。
隊員たちは興味津々といった感じで無遠慮にこちらを見ている。ギロリと睨みを効かせると、急いで顔を逸らしていたがそれでも尚気になるようでチラチラと視線を投げかけてきた。
こんな人が多い所で声をかけないでほしい。俺は眉間に皺を寄せてアスフォデルに向き合った。
「騎士団の演習場はあっちだぞ。もうボケたのか?」
王国軍の基地は事務棟と呼ばれる中央の建物を境に東西に分かれており、それぞれ東が騎士団、西が魔術師団の区画となっている。その中でも第三部隊の演習場は端の端。騎士団の区画からは最も遠い位置にある。
「君に会いに来たに決まってるよ」
「そうか。用がないなら帰れ」
少なくとも俺は用がない。追い払うような仕草をする俺をものともせず、アスフォデルはポケットから一枚の紙を取り出した。
「もうすぐ建国祭だろ? 当日暇かい? 演劇のチケットを貰ったんだけど、良かったら一緒に行かないか?」
演劇の言葉に釣られて目をやると、そのチケットの文字に目を疑った。
王都で人気の劇団のスター達が集まり、建国祭の当日限定で開催する特別な公演のチケットだ。チケットは抽選となり、俺も参加したのだが外れてしまった。倍率は10倍以上だったと聞く。その幻のチケットが、目の前に……!
「俺の周りに演劇が好きな人がいなくてね。もし嫌じゃなければと思ったんだけど……」
俺が演劇好きなのは誰も知らないはずだから、奴が俺の所へ持ってきたのは偶然だろう。その日は仕事も無いし正直すぐにでも飛びつきたいが、餌に釣られるようで癪でもある。俺が躊躇っているとアスフォデルは眉を下げて視線を外した。
「突然のことで困るよね。では他の人に――」
「い、行く!」
思わずそう答えると、アスフォデルは蕩けるような笑顔を向けた。
「良かった! では当日、正門の前で待ち合わせしよう。朝10時に迎えに行くよ」
「えっ?」
アスフォデルは戸惑う俺をそのままに颯爽と立ち去っていった。観劇は午後のはずだ。なんでそんな早い時間に?
建国祭の当日は春らしいうららかな陽気の日だった。王都での人手が増えるため普段基地にいる軍人の三分の一程度はその警備に駆り出されている。俺は当番ではないので約束通り門の前でアスフォデルの到着を待っていた。
基地の前から続く通りは普段より活気にあふれ、家々の前に飾られたオーナメントが祭りの雰囲気を醸し出している。毎年建国祭の日は警備か休暇かの二択だが、休暇であってもわざわざ込み合う街に出る気にもならず、兵舎で引きこもっていることが多かったから、この雰囲気は新鮮だった。
行きかう人々をぼんやり眺めていると、侯爵家のエンブレムのついた馬車が門の前に停まった。
「ジョシュ、お待たせ。さあ、行こう」
中からかっちりと着飾ったアスフォデルが出てきて、俺の手を引いた。促されるまま隣に座ると、服装の差が顕著に目立って居心地が悪かった。
「観劇の前に寄るところがあるんだ」
「お前一人で行けよ」
「ジョシュが居ないと意味がないんだ」
馬車が止まったのは貴族御用達の仕立て屋の前だった。
「ここでジョシュの礼服を買うよ」
「俺の!?」
「王立歌劇場のボックス席は暗黙の了解でドレスコードがあるんだ。今の服だと悪目立ちしてしまうよ」
俺の服は一般的な平民の着るような服だ。普通の席ならこれで問題無いのだが、確かに貴族が座るようなボックス席には相応しくないかもしれない。
「だが……」
正直なところ金が無い。それに一揃えとなると俺のひと月の給料でも足りるかどうかだ。
まさかこれを狙っていたのか? 俺が金が無いのを見越して、観劇に行けると喜ばせておいてから結局当日になって行けないと言外に伝えてくるだなんて。ぐっと握りこんだ拳を見つめる。なんて嫌味なやつ――いや、浮かれて騙された俺が悪いのか。
アスフォデルは悪びれもせず拳を解くように手を取ると、指先で俺の顎を掬った。
「俺の都合で来てもらったんだから、今日は全部俺に払わせて欲しい」
俺が言い返す前に礼服一式を渡されて試着室に押し込まれ、そのまま着せ替え人形のように着替えさせられた。
グレーのトラウザーズを履き、クラバットを巻いた白いシャツの上からシルクで出来た黒のベストを身につけ、さらにその上にベストと同じ生地のフロックコートを羽織る。仕上げに髪を後ろで一つに括ると、鏡にはまるで貴族のような姿の俺が映っていた。
「よくお似合いですよ」
店員の言葉にアスフォデルは満足そうに頷いた。
「この一式を頂こう」
「待てよ。俺は金が無いって――」
「俺が払うからお金の事は気にしないで」
「でも、どう見ても高いだろ?これ……」
噂に漏れ聞くこの店の相場は俺に全く縁がないような金額だった。飯も高かったとはいえこの服は言葉通り桁違いだろう。おいそれと買ってもらうようなものでは無い。
「プレタポルテだからそれほど高くはないよ」
こいつの高くないは全く当てにならない。俺が渋っていると、アスフォデルは暫く思案していたが、やがて思いついたと言うように顔を上げた。
「じゃあ、またこうして一緒に出掛けてくれるかい?」
「お前……もしかして……」
何故俺にここまでするのか。それに対する一つの解に辿り着き、俺はアスフォデルの翠の瞳をじっと見つめた。
「友達いないのか?」
アスフォデルは一瞬固まると、すぐにへにゃりと表情を崩した。
「はは、そうだね。こうして心を許せる人は他に居ないかな」
普段見せないような表情に心臓が跳ねて思わず顔を背けた。鼓動を落ち着けながら考えを巡らす。貴族の人間関係は面倒だと聞く。普通の友人関係を知らないのかもしれない。それとも貴族の友人関係とはこのように金を使う事で成り立っているのか?
昼食にと連れてこられたのは、この前の店とはまた別の高そうな店だった。
個室に通されると次々と料理が運ばれてきた。
「ここは鴨肉を使った料理が有名でね。中でもメインの――」
アスフォデルの解説を興味深く聞きながら料理に舌鼓を打つ。相変わらずの詳しい説明は聞いていて楽しかったし、料理はどれも見た目も味も素晴らしかった。
「そろそろ時間だね。行こうか」
支払いをする様子もなく馬車に乗った。金はと聞くともう払ったと言われて言葉が出なかった。
きらびやかな佇まいの王立歌劇場の正面玄関前は貴族、庶民が入り混じった多くの人々でごった返していた。俺たちの乗った馬車はそんな人々を横目に劇場の裏側へ回ると、そこには重厚な雰囲気の門があった。アスフォデルが脇に立っていた男にチケットを見せる。
「アスフォデル様、ようこそお待ちしておりました」
男は深く一礼し、門を開けた。
毛足の長い絨毯の敷かれた貴賓用のロビーは着飾った人々で溢れかえっていた。確かに、ここで庶民の服装なんか着ていたら悪目立ちどころの話じゃないだろう。アスフォデルは慣れた様子で案内を受けている。俺もなるべく堂々とした足取りでそれに続いた。
通された席は隣とカーテンで仕切られており、一人掛けの高そうなソファが二つ置いてあった。周りから見えない安心感と物珍しさにキョロキョロ見回すと、小さく笑われた。
「おい、笑うな」
「まあまあ。ほら、始まるよ」
拍手とともに照明が落とされ、幕が上がった。
「はぁ……良かった……」
興奮冷めやらぬまま劇場を出ると、もうすっかり日が傾いていた。しかし、街中に飾られたオーナメントがランプの役割を果たし、あたりを優しく照らしていた。
「ディナーの予約がしてあるんだ。ここからすぐ近くだから歩いて行こう」
光を背景に柔らかな表情を浮かべるアスフォデルは、先程の演劇に出てきたどの俳優よりも美しかった。つい見とれていると、手に温かいものが触れた。アスフォデルの笑顔がいたずらっぽいものに変わる。
「おい、手……」
「はぐれるといけないから。ね」
祭りもいよいよ佳境に入り、昼間より人出が増えている。広場へ向かう人々の流れに逆らって、アスフォデルに手を引かれながらレストランに連れていかれた。
「素晴らしい芝居だったね」
「ああ。中盤のシーンの殺陣も良かったし、歌も良かった。あの会話がラストシーンに刺さるとは……」
食事をとりながら先程の劇について話した。
劇の内容はこの国に伝わる英雄譚をベースにアレンジしたものだった。伝説の聖杯を手にした勇者が姫と共に邪悪な古代竜を封印する物語だ。
今までずっと観劇は一人で行っていたから、こうして終演後に感想を語り合うのは初めての事だった。自分では気付けなかった細かいところや他人の視点での考察はとても興味深かった。
「にしても、何で勇者は聖杯にあんな事頼んだんだろうな。ふつう姫の怪我よりも古代竜の討伐の方が優先されるだろ。あの時素直に力を求めておけばもっと簡単に古代竜を封印出来たのに」
ストーリーの都合上とはいえそこは納得いかなかった。
「それは、大切な人を救う為の願いだからね。理屈じゃなくそっちを選んでしまうのは理解できるよ」
「そんなもんか……?」
「セリフには無かったけれど、彼は彼女を愛していたんだろうね」
俺は思わず顔をしかめた。どんな話でも恋愛的な文脈が入ると途端に難解になる。今日の物語は良いが、本筋が恋愛の物語は正直苦手だ。
馬車が正門前に停まる。最後まで完璧なエスコートをされ、俺は門をくぐった。
「今日は楽しかったよ。また誘って良いかな?」
「あのさ」
俺は改まってアスフォデルに向き合った。
「別に全部金払わなくても、友達付き合いくらいしてやるから」
今日の体験はアスフォデルがいなければ出来なかった、まさに一生に一度の体験だろう。でも。
「友達ってもんは金なんて無くても無いなりに工夫して遊んだりするもんなんだよ。だから今日みたいに金使うのはもう辞めろ」
俺だって友達が多い方じゃない。けれども、こうして片方だけが金銭的な負担を抱えるのは健全な関係じゃないと思うんだ。俺がじっと見つめると、アスフォデルは僅かに目を見開き、こぼれるような笑顔を浮かべた。
「嬉しい。俺と友達になってくれるんだね」
その笑顔に何だか落ち着かなくなり、わざとぶっきらぼうに言った。
「……庶民的な遊びしか出来ねぇけどな」
「ジョシュと一緒ならきっと何でも楽しめるよ。けれど、庶民的な遊びに詳しくないんだ。色々教えてくれる?」
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