【完結】何故か突然エリート騎士様が溺愛してくるんだが

香山

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「お前……いつからここにいんだ?」

 今は待ち合わせの20分前だ。待たせないように早めに来たつもりだったが、すでにアスフォデルは涼しい顔で立っていた。

「今来た所だよ」
「にしても早すぎだろ」
「ジョシュから誘ってくれたからね。楽しみすぎて早く来てしまったよ」

 少しバツが悪いのをごまかすように、偉そうな態度でアスフォデルを先導した。

「今日は俺が平民の健全な友人関係ってもんを教えてやるって約束だからな。財布に小銭は入れてきたか?街で金貨なんて出したら困惑されるぞ」
「ふふ、分かってるよ。ありがとう、ジョシュ」



 俺が向かったのは大きな植物園だった。一般客向けの入口を通り越して従業員用の勝手口から入る。

「よう。来たぞ」
「おー、ジョシュア。待ってたぜ」

 俺が声をかけると倉庫のような空間の奥から薄汚れたツナギ姿の男が現れた。

「おっと、そちらは……」

 ニヤニヤと見られる。

「俺のだ。アスフォデル、こいつはここの管理人のゲールだ」
「ゲールだ。白金の騎士様のお噂はかねがね」
「フレデリック・アスフォデルです」

 ゲールはニヤついた笑みを崩さないままアスフォデルの手を両手でとり、がっしり握手をした。
 ……長い。

「挨拶はもういいだろ。頼んだやつはどこだ?」
「ジョシュア~そんなピリピリすんなって。お前の騎士様を取ったりはしないからさ」
「……何か隊長にでも吹き込まれたな?」
「例のやつはこっちだ。ついて来な」

 半目で睨む俺を鼻にもかけず、ゲールは奥へと進んでいった。
 ゲールに案内された先には、3つの鉢植えがあった。

「これで全部だ。確認してくれ」
「グロリオサ、セルペンティナ、ホータニアか……どれも解毒薬になる植物だね」
「結構詳しいんだな」

 アスフォデルの言葉には素直に感心した。この植物たちはどれも遠くの国原産の植物で、俺がわざわざ取り寄せてもらったものだ。この国まで伝わってきたのは最近のことで、植物図鑑でも滅多にお目にかかれない。それを名前だけでなく薬効まで知っているとは。

「ああ、興味があって前に色々調べたんだ」

 俺は改めて植物へ向かい合った。葉や花の状態を確認する。特に目立った傷も枯れもなさそうだ。
 俺は立ち上がるとゲールに大きく頷いた。

「オーケーだ。じゃあゲール、基地の方へ送っといてくれ」
「まかしときな。折角なんだし園の中も見てけよ。今回は気合入れて配置換えしたんだぜ?」
「ん?そうだな……」

 確か前回園の方を見たのは半年ほど前のことだったか。この植物園は季節ごとに花の入れ替えや大規模な配置換えを行っている。ゲールの造園センスはさすがのもので見るたびに感嘆するのだが、輪をかけて気合を入れたとなると自然と期待も高まる。
 だが、今日は一人じゃないのだ。俺一人で決めることは出来ない。チラリと振り返ると、アスフォデルは俺の意図を組んだのか小さく頷いた。

「俺は見てみたいな」
「んじゃあ見てやるか!」

 恩着せがましくそう言うとゲールは大げさに喜んだ。

「ジョシュアはともかく白金の騎士様に見ていただけるのは光栄だねぇ。さあ、こっから入れよ。金はいいからさ」

 ゲールの勧めで従業員用の入り口から入ると、そこは温室の中だった。

「凄いな……」

 一歩踏み入るとむっとした熱気と、植物と水の匂いに包まれた。迷路のように植えられた南国の珍しい植物が折り重なるように濃い緑の葉を広げている。魔道具を使っているのだろうか、室内なのに植物の上には雨が降っていた。

「確かに気合入ってんな」
「植物の種類もさることながら展示の仕方が素晴らしいね」
「ああ。滝まである……」

 流れる水音を聞きながら順路を周っていると、あたかも本当の熱帯の森林にいるような気になった。
 温室を満喫して外に出ると、広い庭園があった。貴族の家にありそうな、きちんと整えられた格式高い様式の庭園だ。

「またここは雰囲気が良いね」

 艶やかな薔薇が植えられた花壇でつくられた通路は落ち葉一つ無く掃き清められていて、時折甘い薔薇の香りがふわりと香った。ところどころに置かれたテーブルセットでは、カップルが寄り添って座っていた。

「オープンカフェになっているんだ。今日みたいないい天気の日には丁度いいね」
「成程、この庭なら客受も良さそうだしな」

 ゲールは庭造りもさることながら、こういった金儲けのセンスが抜群に良い。赤字続きの経営を黒字に転換させた功績で管理人に抜擢されただけの事はある。

「植物園は広いから休憩にも使えるね。結構歩いたけれどジョシュは疲れていないかい?」
「ん。俺は平気だ」

魔術師とはいえ俺も軍人の端くれだから、これくらいでバテるほどヤワじゃない。軽く返事をして順路の先へ足を進めた。



植物園を出ると美味そうな匂いがしてきた。
ゆっくり見ていたので既に昼飯向けの屋台が立ち並ぶ時間だ。

「そろそろ飯にしようぜ。いつもは屋台で買って外で食べるんだが、アスフォデルはそれで大丈夫か?」
「大丈夫だよ。今日は天気もいいし、楽しみだな」
「よし。じゃあ行くか」

 通りは昼を買い求める人々で活気にあふれていた。道沿いに色とりどりのパラソルが並び、そこから空腹を刺激するにおいが漂っている。アスフォデルは物珍しそうにキョロキョロ周りを見回していた。

「各自好きなもんを買ってそこの公園で食べようぜ。んじゃ、解散」

 こういうところで一人で買い物するのもまた経験だろう。俺はアスフォデルを置いて屋台の方へと向かった。
 様々なものが売っていて目移りするが、俺は少し迷ってサンドイッチを買うことに決めた。主食とおかずが一度に補え、値段も安い貧乏人の強い味方だ。本当はさっきから良いにおいで主張している肉の串焼きが食べたかったが、それとパンを買うとなると昼食の予算をオーバーしてしまう為、泣く泣く諦めた。とはいえサンドイッチも美味しいので別に不満は無いが。
 買うものが一つだったので俺は先に公園へ入り、ベンチへ陣取った。
 広い芝生のある公園では子供連れの家族が遊んでいたり、スポーツをしている集団がいたり、一人で本を読みふけるやつがいたりと思い思いの行動をとっていた。
 戦いとは無縁の平和な日常。俺はこれを見るのが好きだった。
 第三の任務は直接的に街と関係があるわけではない。しかし、俺らが魔物を討伐することで間接的にではあるが街の人々の命を救っているのだと誇りに思える。尤も、これは隊長の受け売りだが。
 そんなことを考えていると、俺の上に影が差した。

「おまたせ。じゃあ食べようか」

 掛けられた声に視線を上げると、アスフォデルはあの肉の串焼きとパンを手に持っていた。
 隣に座ったアスフォデルの持つ肉から魅惑的なにおいがしてついゴクリと唾をのんだ。

「ジョシュ、一口食べるかい?」
「いや! いい。大丈夫だ」

 羨ましそうに見ていたのがバレてしまっただろうか。そう思うと恥ずかしくてつい強い口調で断った。しかしアスフォデルは笑みを崩さないまま俺の右手を指さした。

「じゃあサンドイッチを一口もらっていいかな。それも気になってたんだ」

 そう言うが否や俺の返事も待たずに口元に肉を差し出してきた。

「早くしないと冷めてしまうよ。さあ、食べて」

 こんなに強引な奴だったか?……強引な奴だったな。最初のころを思い起こして遠い目になった。
 アスフォデルは肉を差し出したままじっとこちらを伺っている。本当に俺が食べるまでこのままでいそうだった。俺はどうにでもなれと勢いよく肉にかぶりついた。

「っ! ……うまい」

 程よく焼けた肉はしっかりとたれに付け込んであるのか中はしっとりと柔らかく、歯で簡単に噛み切れた。噛むほどに肉汁とわずかに甘いたれのうまみが口いっぱいに広がる。この前の洒落たレストランでの食事とはまた違った方向性で絶品だ。つい頬が緩んだ。
 アスフォデルはそんな俺に満足そうな笑みを浮かべると、俺が食べたところを上書きするように一口齧った。

「……本当だ、美味しいね。たれの味かな?ほんのり甘い味付けが癖になりそうだ」

 爽やかな笑みと相反して唇を舐めとるしぐさが妙に艶めかしく感じて思わず目をそらした。
 気を取り直して俺も食事をしようと改めてサンドイッチに向き合ったが、はたと気付いてサンドイッチを差し出した。
 アスフォデルにも一口やる約束だった。ちぎって渡すのは困難だから、俺みたいに一口齧って返してくれればいい。

「一口やるよ。ほら」

 受け取れと押し付けようとしたが、アスフォデルは顔を寄せると俺の手から直接食べた。パンや野菜を噛み切る感触が手に伝わってくる。いつもは同じくらいの目線のアスフォデルの頭が俺の目線の下にあるのは妙な感じだった。
 じっと見つめていると、視線に気付いたのかアスフォデルがこちらを見上げた。上目遣いに心臓が跳ねて慌てて顔を背けた。

「ん、これも美味しいよ。ありがとう」
「そ、そうか。良かったな」

 そのままサンドイッチに齧りついたが、味なんて分からなかった。
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