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05
昼飯を終え公園を出る。腹ごなしがてら街をブラブラしていると、本屋の入り口に平積みされていた本に目を奪われた。
「ネージュ・ルシーの新刊……!」
ネージュ・ルシーは俺が一番好きな作家で、既刊は全て持っている。そこに置かれていたのは名探偵リベラシリーズの新作と短編集だった。どちらも読みたいが、今月本に使える金はあと1冊分しかない。2冊を手に取り迷っていると後ろから声が掛かった。
「ジョシュ、迷ってるの?」
「買ってくれなくて良いからな!」
前回の流れからして買いかねないので先に釘を刺しておく。アスフォデルは苦笑しながらそうじゃなくて、と口を開いた。
「俺もその作家のファンなんだ。1冊ずつ買って貸し合わないか?」
「良いのか?」
アスフォデルの提案に一も二もなく飛びついた。それにしてもアスフォデルが大衆小説を読んでいるなんて知らなかった。貴族はお堅い文学にしか興味ないと思っていたが、ただの偏見だったな。
相談の結果俺は名探偵リベラシリーズの新作、アスフォデルは短編集を買った。
「折角だし読んでいかない?ほら、そこにカフェがあるし」
「ん、そうだな」
アスフォデルに示された店は紅茶の専門店だった。中に入ると壁一面に世界中の紅茶が置かれていた。
「凄い品揃えだな……」
メニューには何ページにも渡り紅茶の名前が載っていた。紅茶好きとはいえそこまで金をかけられない俺は紅茶の種類に疎い。どれにしようか決めあぐねていると、アスフォデルがメニューの最初のページを開き、指差した。
「このオリジナルブレンドがお勧めだよ」
「アスフォデルはこの店、来たことあるのか?」
「ああ。俺は紅茶が好きだから、王都にある専門店は一通り行ったことがあるんだ。中でもここは一押しだよ。品揃えも味も王都一だと思う」
アスフォデルがそこまで言うのならと勧め通りオリジナルブレンドを注文して本を開いた。読み始めてから暫くして、紅茶が運ばれて来た。本に集中していた俺は何気無く紅茶をカップに注ぎ、持ち上げた。
「……! これは……」
芳しい茶葉の香りは僅かに果実のような爽やかさも感じられ、ふわりと鼻腔に広がった。澄んだ琥珀色の液体を一口含むと華やかな香味の最後に心地よい渋みの余韻が残った。
「良い香りでしょ?」
「ああ。こんな紅茶初めてだ……」
本に栞を挟み、紅茶に向き合って味わった。これは片手間に飲んで良いものではない。ふと正面を見ると、アスフォデルも目を伏せて紅茶の香りを堪能していた。長い睫毛に彩られた目元は僅かに緩み形の良い口元は緩く弧を描いている。
「この香りが大好きなんだ」
愛おしげな物言いにドギマギして視線を外した。
その後はお互い無言のまま、紅茶を飲み終わると再び本を手に取りその世界に没頭していった。
「面白かった……!」
「ジョシュも読み終わった?」
アスフォデルの声にハッと顔を上げると、窓の外はすっかり暗くなっている。時計を確認すると、ちょうど夕食どきだった。
「もうこんな時間か。すまん、集中してた」
「良いんだよ。俺もついさっきまで読み耽っていたし」
読了したらしいアスフォデルと本を交換し、大事に鞄に仕舞った。
「短編集の方はすごく面白かったよ。そっちは?」
「こっちもいつも通り素晴らしかった。奇抜なトリックや驚きの展開が……ネタバレになるから詳しく言えないのが残念だな」
息つく暇もなく起こる事件の数々、その意外な犯人、最後のどんでん返しなど、ネージュ・ルシーらしさ満載の作品だった。ファンなら楽しめること間違いなしの名作だ。早くアスフォデルにも読んでもらいたい。
「読み終わったら持っていくよ。感想はその時に」
「ああ。俺もその時までには読み終わっておくよ」
今まで周りに本を読むやつなんていなかったから、アスフォデルと感想を語り合えるのが楽しみだ。
「夕飯は酒場でいいか? 俺の行きつけなんだが」
「構わないよ。ジョシュに任せる」
大通りから離れ、路地へと入った。薄暗い路地を行った先に目的地はある。鈴蘭亭と書かれた木の扉を開くと、静かな路地に中の喧騒が響いた。
「よっ、やってるな」
「おっ、ジョシュア!誰だい?その美人さんは?」
「俺のダチだよ」
店主を適当にいなして奥のテーブルに座った。好き嫌いは特にないと言われたので適当に何品か見繕い、麦酒を頼んだ。
「乾杯!」
ジョッキを合わせて一気に飲み干す。喉に冷たい水脈が一筋通って体中に染み渡るようだった。
「アスフォデルも結構いける口なんだな。麦酒はよく飲むのか?」
「そうだね。たまに飲むかな? 頻度は多くないけど嫌いじゃないよ」
「意外だな。貴族ってのは麦酒みたいな安酒なんて飲まないもんだと思ってたよ」
「確かにそういう人も多いね。でもこの前第一部隊の――」
くだらない話で盛り上がりながら一杯、また一杯と酒が進んでいき、気付けば夜はとっぷりと更けていた。
「ジョシュア~ちょっと飲みすぎじゃねぇの? またここで一晩明かすつもりか?」
「ん~、大丈夫大丈夫」
店主に声をかけられたが適当に返事をして机に突っ伏した。天板のひんやりした感触が気持ちいい。頬を擦り付けていると頭の上で何やら会話が交わされていた。
「俺が部屋まで送っていきます」
「すまねぇな、兄ちゃん」
「ではお会計を――」
机がぬるくなってきたころ、肩を揺すって起こされた。
「さあ、帰るよ」
「わかった……」
アスフォデルに支えられ、ぽやぽやしながら良い気分で歩いた。
「アスフォデルって本当良いやつだよな~いつもは床に転がされるだけなんだぜ?」
「あはは、ジョシュのことは放っておけないからね」
喋りながらだらだら歩いていると、いつの間にか部屋の前に着いていた。
「今日はありがとな! 俺、アスフォデルとなら親友になれそうだよ」
「こちらこそありがとう。ところで、ジョシュ。親友同士なら名前で呼び合うべきだと思うんだけど」
「んー?そうだなぁ。んじゃ、これからはフレデリックで」
「フレッドでも良いけど……今はそれでも良いかな」
えらいと言わんばかりに頭を撫でられる。その温かい手が心地良くて目を閉じてされるがままになっていると、ちゅっと頬に柔らかいものが触れた。
「楽しかったよ。またね、ジョシュ。おやすみ」
「おー。またな、親友よ!」
俺はふわふわした心地のまま部屋の中へ入ると、そのままベッドへ突っ伏した。
「ネージュ・ルシーの新刊……!」
ネージュ・ルシーは俺が一番好きな作家で、既刊は全て持っている。そこに置かれていたのは名探偵リベラシリーズの新作と短編集だった。どちらも読みたいが、今月本に使える金はあと1冊分しかない。2冊を手に取り迷っていると後ろから声が掛かった。
「ジョシュ、迷ってるの?」
「買ってくれなくて良いからな!」
前回の流れからして買いかねないので先に釘を刺しておく。アスフォデルは苦笑しながらそうじゃなくて、と口を開いた。
「俺もその作家のファンなんだ。1冊ずつ買って貸し合わないか?」
「良いのか?」
アスフォデルの提案に一も二もなく飛びついた。それにしてもアスフォデルが大衆小説を読んでいるなんて知らなかった。貴族はお堅い文学にしか興味ないと思っていたが、ただの偏見だったな。
相談の結果俺は名探偵リベラシリーズの新作、アスフォデルは短編集を買った。
「折角だし読んでいかない?ほら、そこにカフェがあるし」
「ん、そうだな」
アスフォデルに示された店は紅茶の専門店だった。中に入ると壁一面に世界中の紅茶が置かれていた。
「凄い品揃えだな……」
メニューには何ページにも渡り紅茶の名前が載っていた。紅茶好きとはいえそこまで金をかけられない俺は紅茶の種類に疎い。どれにしようか決めあぐねていると、アスフォデルがメニューの最初のページを開き、指差した。
「このオリジナルブレンドがお勧めだよ」
「アスフォデルはこの店、来たことあるのか?」
「ああ。俺は紅茶が好きだから、王都にある専門店は一通り行ったことがあるんだ。中でもここは一押しだよ。品揃えも味も王都一だと思う」
アスフォデルがそこまで言うのならと勧め通りオリジナルブレンドを注文して本を開いた。読み始めてから暫くして、紅茶が運ばれて来た。本に集中していた俺は何気無く紅茶をカップに注ぎ、持ち上げた。
「……! これは……」
芳しい茶葉の香りは僅かに果実のような爽やかさも感じられ、ふわりと鼻腔に広がった。澄んだ琥珀色の液体を一口含むと華やかな香味の最後に心地よい渋みの余韻が残った。
「良い香りでしょ?」
「ああ。こんな紅茶初めてだ……」
本に栞を挟み、紅茶に向き合って味わった。これは片手間に飲んで良いものではない。ふと正面を見ると、アスフォデルも目を伏せて紅茶の香りを堪能していた。長い睫毛に彩られた目元は僅かに緩み形の良い口元は緩く弧を描いている。
「この香りが大好きなんだ」
愛おしげな物言いにドギマギして視線を外した。
その後はお互い無言のまま、紅茶を飲み終わると再び本を手に取りその世界に没頭していった。
「面白かった……!」
「ジョシュも読み終わった?」
アスフォデルの声にハッと顔を上げると、窓の外はすっかり暗くなっている。時計を確認すると、ちょうど夕食どきだった。
「もうこんな時間か。すまん、集中してた」
「良いんだよ。俺もついさっきまで読み耽っていたし」
読了したらしいアスフォデルと本を交換し、大事に鞄に仕舞った。
「短編集の方はすごく面白かったよ。そっちは?」
「こっちもいつも通り素晴らしかった。奇抜なトリックや驚きの展開が……ネタバレになるから詳しく言えないのが残念だな」
息つく暇もなく起こる事件の数々、その意外な犯人、最後のどんでん返しなど、ネージュ・ルシーらしさ満載の作品だった。ファンなら楽しめること間違いなしの名作だ。早くアスフォデルにも読んでもらいたい。
「読み終わったら持っていくよ。感想はその時に」
「ああ。俺もその時までには読み終わっておくよ」
今まで周りに本を読むやつなんていなかったから、アスフォデルと感想を語り合えるのが楽しみだ。
「夕飯は酒場でいいか? 俺の行きつけなんだが」
「構わないよ。ジョシュに任せる」
大通りから離れ、路地へと入った。薄暗い路地を行った先に目的地はある。鈴蘭亭と書かれた木の扉を開くと、静かな路地に中の喧騒が響いた。
「よっ、やってるな」
「おっ、ジョシュア!誰だい?その美人さんは?」
「俺のダチだよ」
店主を適当にいなして奥のテーブルに座った。好き嫌いは特にないと言われたので適当に何品か見繕い、麦酒を頼んだ。
「乾杯!」
ジョッキを合わせて一気に飲み干す。喉に冷たい水脈が一筋通って体中に染み渡るようだった。
「アスフォデルも結構いける口なんだな。麦酒はよく飲むのか?」
「そうだね。たまに飲むかな? 頻度は多くないけど嫌いじゃないよ」
「意外だな。貴族ってのは麦酒みたいな安酒なんて飲まないもんだと思ってたよ」
「確かにそういう人も多いね。でもこの前第一部隊の――」
くだらない話で盛り上がりながら一杯、また一杯と酒が進んでいき、気付けば夜はとっぷりと更けていた。
「ジョシュア~ちょっと飲みすぎじゃねぇの? またここで一晩明かすつもりか?」
「ん~、大丈夫大丈夫」
店主に声をかけられたが適当に返事をして机に突っ伏した。天板のひんやりした感触が気持ちいい。頬を擦り付けていると頭の上で何やら会話が交わされていた。
「俺が部屋まで送っていきます」
「すまねぇな、兄ちゃん」
「ではお会計を――」
机がぬるくなってきたころ、肩を揺すって起こされた。
「さあ、帰るよ」
「わかった……」
アスフォデルに支えられ、ぽやぽやしながら良い気分で歩いた。
「アスフォデルって本当良いやつだよな~いつもは床に転がされるだけなんだぜ?」
「あはは、ジョシュのことは放っておけないからね」
喋りながらだらだら歩いていると、いつの間にか部屋の前に着いていた。
「今日はありがとな! 俺、アスフォデルとなら親友になれそうだよ」
「こちらこそありがとう。ところで、ジョシュ。親友同士なら名前で呼び合うべきだと思うんだけど」
「んー?そうだなぁ。んじゃ、これからはフレデリックで」
「フレッドでも良いけど……今はそれでも良いかな」
えらいと言わんばかりに頭を撫でられる。その温かい手が心地良くて目を閉じてされるがままになっていると、ちゅっと頬に柔らかいものが触れた。
「楽しかったよ。またね、ジョシュ。おやすみ」
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俺はふわふわした心地のまま部屋の中へ入ると、そのままベッドへ突っ伏した。
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