【完結】何故か突然エリート騎士様が溺愛してくるんだが

香山

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二章

12

 数日間の事後処理を終え、フォンタニエ王国へ戻った。いつも通りの日常。俺は護衛任務の間に溜まった書類の処理に追われていた。
 朝一に執務室へ入り夕方になるまで缶詰めになる日々。ミルトゥ殿とは任務が終わってから一度も会っていない。想いを確かなものと自覚してしまった以上、彼とは合わない方が良いだろう。彼を見て、言葉を交わして、その肌に触れて……そうしてこの思いは育ってしまったのだから。
 昼休みを知らせる鐘が鳴る。いつもの癖でつい視線が窓の外に向いてしまう。青々とした葉が生い茂る薬草畑には今日も誰の姿も見えない。あの葉の大きさ、そろそろ収穫しないとまずいだろう。薬草の事を考えると心配だ。それでも彼の姿を見なくて良かったとどこか安心した自分がいた。
 持ち込んだサンドイッチを齧りながら書類へ目を戻す。

「これは……彼に直接渡さないといけないか」

 3か月前から密かに計画されていた、魔術師団第三部隊との合同演習の最終確認の書類だ。この計画は互いの副隊長――俺とミルトゥ殿が中心になって動いているから、近いうちに彼と話をする必要がある。
 承認のサインをしようとペンを手にしてふと手が止まった。濡れるような漆黒のペン。あの時は何故これに惹かれたのかよくわからなかったけれど。

「そうか、俺はあの時既に……」

 こんなものにまで彼の面影を追ってしまうなんて我ながら重症だ。
 気を取り直して承認のサインをした時、目の端に黒い人影が見えた。慌てて窓の外を見ると、恋い焦がれた長い黒髪が見えた。急いで来たのだろうか、白い頬をわずかに上気させて薬草畑へ駆け寄ると、その葉を何枚か摘み取って満足そうに微笑んだ。
 その笑顔にぎゅっと胸が苦しくなる。諦めなくてはいけないと、そう意識すればするほど彼の事が心の奥深くに埋まっていく。
 頭を振って窓から視線を外した。彼を選ばないと、自分で決めたんじゃないか。





 週末、俺は兄に呼び出されて実家へ帰った。ここのところ仕事が忙しかったから実家に帰るのは年始の挨拶以来だ。機嫌よく俺を出迎えた兄に促され、サロンで話をすることになった。

「兄上、お話とは?」
「まあまあ。とりあえずお茶でも飲んで」

 兄の指示で壁際に控えていた侍女がティーセットを運んできた。ふわりと広がるかぐわしい紅茶の香りに、ほっと息を吐く。

「良い茶葉ですね……香りも味も素晴らしい」
「おや、紅茶が分かるようになったのかい?」

 兄の言葉にハッとした。確かに家で飲む紅茶なんて以前は興味なかった。今なら香り高いそれは一級品の茶葉だと分かる。それは間違いなく彼の影響だった。
 兄は答えない俺の様子に片眉をあげると、そろそろ本題に入ろうか、と美しい所作でティーカップを置いた。

「お前も結婚を考える時期だと思うのだが。結婚もなかなかいいもんだぞ。子供も可愛いし」

 薄々予想していた話題だが、改めて口に出されると身が硬くなる。
 5年前、貴族にしては遅めの結婚をした兄は典型的な政略結婚だったが、最初の見合いの時に一目惚れしたと言い放ち、それ以来義姉一筋の姿勢を崩さない。義姉も兄の事を憎からず思っているようで、2人の子宝にも恵まれている。
 そんな兄夫婦の様子をずっと見てきたから、政略結婚に抵抗はなかった。その筈だった。

「ほら、釣書が沢山来ているよ。フレデリックはモテモテだなぁ」

 満面の笑みを浮かべた兄が机の上に冊子の山を置いた。現状のアスフォデル家にとって、どの家と関係を結ぶのが良いのだろうか、兄の希望があるのなら叶えたい。

「アスフォデル家に良い縁談なら俺は誰でも構いません。兄上はどの家と縁を結ぶのが望ましいとお思いですか?」
「私はなるべくフレデリックの意向に沿いたいと思っているんだ。だからお前が選びなさい」
「そうですね……」

 紅茶を一口飲んで、釣書の束を上から順番に確認していく。
 一番の高位貴族はモラン公爵家だが、あの家には前から黒い噂がある。その次はプラスロー侯爵家か。事業の事を考えるとオシュ伯爵家も良さそうだ。平民だがペルシエ家へ婿入りすればペルシエ商会の幹部になれる。それも良いかもしれない。だが、皆いまいち決め手に欠ける。
 その旨を伝えると、兄は俺の目をじっと見てから一つ大きく頷いた。

「今すぐ決めなくても良いよ。伴侶は一生ものだからね。しっかり考えるように」
「……わかりました」

 冷めてしまった琥珀色の液体には、俺の情けない顔が映っていた。



 いくつか釣書を持たされ、兵舎に戻った。何だかんだ理由をつけたが結局は結論を先延ばしにしただけだ。本音を言えば結婚なんてしたくなかった。俺の気持ちが彼に受け入れられなくても良い。ただ勝手に慕情を抱く自由が欲しかった。
 けれども、兄への恩返しの為、家のためにも俺は有用な婚姻を結ばなくてはならない。それはずっと前から覚悟してきたつもりだ。
 以前は結婚相手なんて誰でもいいと思っていた。その考えは相手に失礼かもしれない。でも、俺は相手が誰でも相手を尊重して穏やかな家庭を作ることができる自信があった。
 この想いを、愛する気持ちを知ってしまった今、その自信は泡のように消えてしまった。心に想い人を抱えながら結婚相手と向き合うなんて、そんな器用な事が俺に出来るだろうか。それとも今は自覚したばかりだから辛いだけで、もう少しこの気持ちが落ち着けば結論が出せるのだろうか。
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