銀の弾丸と鮮血の赤ずきん

睦月 雪

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赤ずきん編

月夜の「赤ずきん」5

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「今日はありがとね?こんな時間まで」
プレゼントが決まる頃には辺りはすっかり暗くなっており、人通りもかなり少なくなっていた。結局、その知り合いにはピンクの飾り紐のストラップを買うことにした。いわゆる吉祥結びと呼ばれる飾り紐で中心に赤い石が添えられている。最後まで不安がっていたが、生真面目なアリアが本気で選んだものであれば必ず喜んでくれるだろう。
 さて、そろそろ勇気を振り絞る頃合いだ。右手に握ったラッピング済みの「それ」の感触を確かめ、息を吸い、少し躊躇って言葉にする。
「「あ、あのさ!」」
出た言葉はアリアのそれと重なる。
「さ、先にいいよ?私のは大した話じゃないから」
「いや俺のもそんな大した話じゃないから」
 しばらくの沈黙。だがそれは決して重苦しいものではなく、見ている人がいれば焦れったく感じる雰囲気すらある。
「あのさ」
再び勇気を振り絞り、アリアに話しかける。
「これ、似合うかなって思ってさ……あげるよ」
やっとの事で伝えた言葉は震えていて、表現自体も稚拙ではあったが、伝えられたことに間違いはない。当の彼女はと言えば、口をポカンと開け何が起こったかわからない、と言った様子だ。
「アリア?」
「あ、ああごめん。驚いちゃって」
声をかけると我に返ったようで、しかし顔から驚きの色は消えない。
「こういう時って普通は付き合わせた人が付き合ってくれた人に渡すものでしょ?セシルから貰うなんて考えてもみなかったから」
「細かい事はいいんだよ。それより似合うかどうかの方が心配だ」
何故か顔を赤らめるアリアに思わず照れ隠しをする自分。だが先程のアリアの言い方からするとまるで――
「うん、その前に、これ」
一言一言噛み締めて言う彼女から手渡されたのは、奇しくも今手渡した物と同じラッピングの小さい包みだ。彼女をチラリと見れば開けるように促してくる。なるべく丁寧に包みを開けると細長い箱に銀色のネックレスが入っている。小さい銀色の十字架がついており、真ん中には紫色の石がついている。
「お店の店主さんが言うには、紫色の石って癒しの効果があるんだって。今朝のセシルなんだか疲れてそうだったからちょうどいいかなって」
「――」
昨日の事をアリアは知らないはずだ。それなのにアリアは一目でこちらの変化に気づいた。それにはさすがに感服せざるを得ない。
「そんなに分かりやすかった?」
「ええ、とっても。セシルってすぐ顔に出るから。私も開けていい?」
頷くと、彼女も丁寧に包装を開け、中身を取り出す。
「――きれい」
「気に入ってくれたようでよかった」
「うん。本当にありがとう」
眩いばかりの笑顔を浮かべて今しがた受け取ったばかりのヘアゴムで髪を結び直す。
「どう、かな?」
「――すごい可愛い」
もちろん、ヘアゴムが変わった所で前から彼女を見つめているのだから違いなど分かるはずもないのだが、灯に照らされながら髪を結び直す彼女は、それが月の光でなくとも十分優雅で思わず言葉が飛び出てしまった。
「……帰ろっか」
「……そうするか」
口から出た言葉に互いに顔を赤らめ、しばらくしてやっとの事で出した言葉はそんな言葉だった。

 駅を目指して歩き始めてからというもの互いに話をする事もなく、ただただ歩き続けていた。だが、ふと前を歩くアリアが足を止めた。
「あ、あのさ!」
「何?」
切り出した彼女は突然大きな声をあげる、が続かない。彼女は懸命に言葉を探している。であれば、途中で何か言うのは野暮という物だろう。
「わ、私セシルの事が――」
その言葉は知っている。続きも想像がつく。だが、だがしかし、言葉の続きは聞いてはいけないものだ。それは、自分なんかには似合わないし釣り合わない。この胸の疼きがきっと彼女が思ってる事と同質の物で、それが確信に近いものだったとしても、今の自分にそれを受け入れる度胸もなければ器もない。彼女は何を見たのか苦しそうな顔をして、無理やり微笑んで言葉を紡ぐ。
「――やっぱり、なんでもない」
「……そっか」
お互いに自分のしようとしていることの意味が分かっているからこそ、お互いに触れられない話なのだ。振り返り前を歩く彼女の背中は近いようでとてつもなく遠い。
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