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退屈な日々の揺らぎ1

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 世界は雑音に満ちている。えんぴつの走る音、チョークが黒板を叩く音、内緒話、ありとあらゆる音が昼下がりの平穏を乱すには十分なほど騒々しい。とはいえ、自分に限ってはそれだけではない。久しぶりにヘッドフォンをずらすと鼓膜を叩く音は倍以上になる。いつもの生活音にはないハープを思わせる優しい音、つんざくような鋭い音、その他多種多様な音が一気に押し寄せ思わず吐き気を催すほどだった。
 どうやら生まれつき耳がいいらしく、ヘッドフォンなしでは他人の心が聞こえてくるのだ。心が聞こえる、といっても他人の喜怒哀楽、悪意や善意が分かる程度で漫画よろしく他人が心の中で思っていることがすべてわかるわけではない。それでも、すさまじくうるさいことに変わりはない。
 こんな俺を避けてか、両親は物心ついた時にはおらず、学校でも関わりを持つ人はほとんどいない。それこそ、授業中にヘッドフォンをつけて机に突っ伏していても誰も突っ込まないくらいだ。個人的にはつまらない学校の授業を窓際の日当たりのいい席で寝てるだけで終えられるのだから、楽で助かる。

 脇腹を少し小突かれて目を覚ましてみれば、もう授業は終わったらしく、教室はがら空きだった。どうやらとてつもなく長いこと寝ていたらしい。寝ていることは日常茶飯事だがここまで長く寝ていたのは久しぶりだ。
「ちょっと、まだ寝てたの?」
そう問いかけるのは一人の少女。どうやら部活終わりらしく、長い栗色の髪を後ろで一つにまとめたジャージ姿という出で立ちだ。
「……西園寺か」
「ええ、西園寺よ」
彼女の名前は西園寺飛鳥。隣の席のおせっかいな奴だ。どのくらいおせっかいかは、部活後にわざわざ教室に人を起こしに来る時点でお察しである。
「まったく、今日の授業もずっと寝てるんだから……ほら、今日のノート」
「いつも言ってるが――」
「ええ、いつも言われてるけど、それでも押し付けるわよ」
ため息交じりの一言を遮りなおも押し付けてくるノートを渋々受け取る。
いつもこうだ。なんとこのノート自分のノートのコピーとかではない。わざわざ、授業中に俺用に取り直しているのだ。以前、聞いた時には「人によってわかりやすさは違うのだから、取り方を変えるのは当たり前」とか言っていた。そのことを知っているから、わざわざ受け取ったりするのだが。
「ノート受け取りたくないくらいならちゃんと授業を――」
「あすか~~まだ~~~?」
「今行く!」
遠くから聞こえた声に二つ返事で答えると「また明日」と簡潔に挨拶をして彼女は去っていった。
渡されたノートをパラパラめくると最後のページに「夜に安眠するコツ」と題して、ポイントがいくつか書いてあった。パッと見ただけでもわかりやすく、きちんとわかりやすくまとめられており、熊らしきキャラを添えるくらいにはかわいげを残すことを忘れない、そんな気配りに満ちたページだった。が、
「やっぱりあいつ絵下手だな」
その熊キャラは造形も何もかもが崩壊していておどろおどろしく見えていた。
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